第11話 ヤスベーの選択

僕らの結婚は表立った式すら挙げてないが、関係者には知れ渡っていた。三木本教授や教会の姉夫妻、隠遁生活を決め込んでいる、僕の養父母たちへの挨拶は時間を見ては訪れていた。その中でも一番厄介と考えていた、綾佳さんの実家への挨拶が、予想以上にすんなりと事が運んだことである意味ほっとしていた。「この跳ねっ返り娘をよろしくお願いします。」日本を代表する企業グループの代行総代である綾香さんの母上は、気さくな方だった。ここ数日、南アルプスの麓にある山荘に滞在していた僕たちは、一通りの挨拶を終えて静かな二人だけの時間を過ごしていた。

「この山は学生時代に縦走したことがあったけど、変わらず良いところだね。」

「私の子供時代の遊び場よ、あの頃は野生児みたいだったから・・・今考えれば懐かしい時間だわ。」

「珍しく、年寄り染みた発言ですね、綾佳さんにしてわ。」

「え、そうですか?でも嬉しいです。哲平さんと結婚できて。これで気兼ね無く、総代の仕事に打ち込めるわ、でもその前に・・子供生んでおきたい。」

「ああ、問題ないでしょう、検診の結果ではお互いに健康体だから。」

「・・・」

「新婚旅行というか、私にとっては久々の長期休暇がとれることになったけど、何処か希望が有りますか?」

「うん、出来れば北欧に行きたい。留学していた頃、調査でしばらく滞在していた事が有ったんだけど、一寸その続きも兼ねて遊びに行きたいな。」

「ふんー、いいわね。その線で考えておきましょう。」

早朝の澄んだ空気の中、ベランダに移動して、朝食をとり始めた僕らだった。

「なにか違和感があるね、この朝食。いかにも西洋風のログハウスなのに、しかもこんな洒落たベランダで、なんで純和食、まあ嫌いじゃ無いから問題ないけど。」

「この家の仕来たりなのよ。朝は和食って決まっているの。」

「ああ、でもこの味噌汁美味しい。僕の子供のころは、あの教会の朝食だから、塩スープと硬いパンだったから。今もそうだと思うけど。ある意味羨ましいな。朝からこんなご馳走。」

綾佳さんはにっこりしながら

「ありがとう、この味噌は自家製なのよ。手前味噌って言うの。あ、でも私料理下手だからこんなに美味しく作れないですよ。」

「基本的に料理は僕がやります。梢や激の分もあるから。」

「ふん、有難いですわ。靖恵ちゃんは?」

「近々、公孫樹の家を出るみたいだよ。」

「ええ、何で!」

「結婚するらしい。」

「ええー、誰と?」

「出版社の人だけど、梢の編集とかやってくれていた関係者みたいだ。」

「え、知らなかったのは、私だけ?」

「この所、綾佳さん忙しかったからね。ヤスベーも話す機会が無かったんじゃないの?」

「当然、教授もご存知でしょう。」

「ああ、何度か、あのお屋敷に連れて行っているみたいだから。」

「泰恵ちゃんのことは、気がかりだったのよ。私が哲平さんを取ってしまったみたいで。」

「はあ、それは考えすぎですね。ヤスベーは、僕のもう一人の妹みたいな存在だから。」

「哲平さんはそうでも、靖恵ちゃんはそう思っていなかったんじゃ無いんですか?」

「梢さんが来るまでの、哲平さんへの密着ぶりは、半端じゃなかったと思うけどな。私も焦った位だから。」

「まあ、確かに他に頼るところ、より所かな、が無かったんじゃないかな。」

「うーん、そう言うレベルじゃなくて、実際、哲平さんは靖恵ちゃんから迫られたりしなかったんですか?」

「迫られる、綾佳さんみたいに?」

「恥ずかしいこと言わないでください。」

「ヤスベーの酒癖の悪さは知ってると思うけど、あの軟体動物化直前の様子て知っていますか?」

「直前の?」

「絡み魔ですね。」

「絡み魔?」

「多分誰かに絡んでいないと不安なんでしょうね。おかげで、僕のベットは大抵彼女に占領されていましたよ。教授のマンション住まいの時わね。」

「だから、迫られたって言えばしょっちゅうですかね。」

「それは、哲平さんだからじゃあないですか。」

「でも素面の時には有りませんから。そう言う感情とは違うんじゃないかな。縫いぐるみの代わりみたいなものとして捕らえていたかも。」

「そうなんですの?私は違うと思いますけど。以前、靖恵ちゃんから、言われたことがありました。競争だって。」

「競争?」

「どちらが先に恋人になれるかって。」

「ふーん、僕が鈍感だったのかな。」

「梢ちゃんの登場も大きな要因かもしれませんが、お互いに穏やかではない気持ちが続いていましたよ。私も靖恵ちゃんも。」

「梢は関係ないでしょ。妹だし。でも、こんどちゃんと言って聞かせないと、今後困りますよね。夫婦の寝所に潜りこまれては。」

「そのころ、靖恵ちゃんとも話したんですが、哲平さんて、女性に興味がないんじゃないかって。」

「はあ、」

「もちろん今はそんなこと思ってませんけど。」

「汝、姦淫することなかれ、という戒律はご存知ですよね。表現が古いかもしれませんが、僕たち兄弟や、施設にいた子供たち、もちろん親と死別した子供もいますけど、多くは、望まれず生まれてきた子供で、捨て子です。だから、遊びや、戯れの関係で異性と交わりたくはないと言うのが僕の哲学です。不幸な子供が生まれないためにも。まあ、それは、ある意味建て前的な説明にすぎませんけどね。ヤスベーや梢では仮に、結婚したにしても、どこまで言っても妹でしかないような気がします。確かに、綾佳さんとの結婚生活も、すでに綾佳さんが宣言されているように、普通の夫婦の関係でわいられないでしょう。でも、やはり、僕は、あなたなら異性を感じることが出来る。」

「嬉しいです。」そう言ってから、目の前の雄大な山並み見ていた。

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