この気持ちは、恋なんかじゃない。

 ライブ会場で、アイドルが自分を見たと勘違いしたのと同じ。恥ずかしい勘違い。だからこの気持ちも、アイドルに対するときめきと同じで、決して恋なんかじゃない。


「じゃあ、気になる人とかは? それもいないの?」

 私が使っている化粧品や、教えてもらったスキンケアの方法をゆいちゃんに教えているのに、なぜかあきちゃんは、未だに恋の話にしようとする。

「いないよ。まあ、強いて言うなら……」

 私は十分なタメを作り、渾身のどや顔を作って言った。

「恋をするためにキレイになった、かな?」

 折角使い始めた化粧品も、ヘアワックスもリップクリームも使い続けてる。眉を整えるのも忘れない。

 そうだ。私は自分のためにキレイになったんだ。かつての恥ずかしい勘違いを誤魔化すように、自分で自分を鼓舞するように胸を張る。

「本当に?」

 あきちゃんの様子が、ちょっとおかしい。ここまでしつこく聞いてくるなんて、あきちゃんらしくない。

「やけに突っ込んでくるね?」

 少し顔をしかめて尋ねる。あきちゃんが、何か企んでるような気がしたから。

「だってさぁ……」

 あきちゃんが机に身を乗り出し、小さく手招きする。私とゆいちゃんは顔を寄せ、小さくなったあきちゃんの声に耳を澄ます。

「さっきからリナの後ろの男子、リナのことチラチラ見て、めっちゃあたしらの話、聞いてるんだけど?」

 私はびっくりして、勢いよく振り返る。そこには、数人の男子が集まって騒いでいた。その中の1人、席替え前に隣の席だった山下くんと目が合った。

 合ったと思った目はすぐに逸らされ、山下くんは、慌てて教室を出て行った。

 聞いていた? 山下くんが?

 騒がしい教室内。それぞれのグループで話してる内容は自然と耳に入るけど、聞き耳を立ててまで聞こうとする?

「最初は気のせいかなーって思ってたんだけど、『恋』とか『好きな人』とかのワードが出てくると、チラッとこっち……ていうか、リナを見ててさあ……」

「これはこれは……」

 ゆいちゃんまでも、にやにや笑いを浮かべて私を見る。

 2人に見られながら、私は席替え前の山下くんとのやり取りを思い出していた。


『森本さんって、なんの部活入ったん? 因みに、俺は科学部』

『歴史って、なんでこんなに眠いんやろう。森本さん、眠くならない?』

『課題あったの忘れてて、寝る前に始めて終わったの2時! 授業中寝落ちしてたら、起こしてくれる?』

『理数系は得意だから、いつでも聞いて! その代わり、英語教えてくれる?』


 山下くんは、いつも気軽に話しかけてくれた。その気軽さが心地よくて、楽しかったと今さら思う。今隣の宮嶋くんは、話すどころか私を見ようともしない。自分の存在を否定されているようで、時々悲しくなる。


「あれれぇ? 顔、赤いよ」

「ほんとだ。どうかしたの?」

 2人はにやにや笑いを深くしながら、からかうように言った。

 慌てて押さえた頬が、少し熱い。意識すると、ますます熱くなってきた。

「べ、別に、何でも……ちょっとトイレ行ってくる!」

 熱が上っていく顔をこれ以上見られたくなくて、慌てて教室を出た。




 私を見ていた人は、山下くんだった?

 トイレの鏡を見ながら、そっと右の頬を撫でる。山下くんが右隣で良かった。右の頬は、左より肌荒れがマシだったもの。

「今も、山下くんが隣だったら良かったのに……」

 前よりほんの少しきれいになった私を、山下くんに見て欲しい……そんな思いが頭をかすめる。かすめた思いを振り払うように、ぶるぶると強く頭を振る。

 山下くんが私を見ていたなんて、ある訳ない! また、勘違いに決まってる! 山下くんが話を聞いていたっていうのも、ゆいちゃんに教えていたスキンケアの方法かもしれない! うん、きっとそうだ!

 もう恥ずかしい勘違いをしないぞと自分に言い聞かせ、顔の赤みが消えたのを確認してから、トイレを出た。




「も……森本さん!」

 教室に戻る途中、声をかけられた。振り向くと、そこにいたのは山下くん。

「山下くん?」

 山下くんは、ニキビなんか1つもない顔を真っ赤にさせて、意を決したような顔をして口を開いた。

「あの……森本さんに、話があって……」

 視線を彷徨わせながら、言葉を紡ぐ。

 話って何? まさか、本当にあきちゃんが言うように……

 勘違いするな! て気持ちと、もしかして……と思う気持ちで、頭がぐるぐるする。

「放課後、1人で教室に残ってください! お願いします!」

 山下くんは、がばりと頭を下げると、踵を返して走って行った。

 呆然と山下くんを見送っていると、向こうから、宮嶋くんが悠然と歩いて来るのが見えた。

 2人がすれ違う。山下くんは宮嶋くんよりずっと背が低い。宮嶋くんは、どれだけ人がいてもすぐに分かるけど、山下くんは、すぐ他の人に紛れてしまいそうになる。だけど、私は山下くんを見失っていない。他の人に紛れない背中を目で追い続け、その背中から目が離せなくなっていた。

 どきんどきんと胸が鳴る。顔がすごく熱い。

 宮嶋くんが私の横を通り過ぎる時、初めて私に目を向けた。だけど宮嶋くんの視線には、もう何も感じない。

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彼の視線、私の視線 OKAKI @OKAKI_11

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