キャッシュマネー

 ホームスペースを訪ねると、イツキさんは熱に浮かされたようにしゃべりだした。


「さっそく撮影をはじめよう。今回の企画はねえ――」


「その前に、ちょっといいですか?」


 シノは彼女のことばを遮った。イツキさんがいぶかしむような目でシノを見る。


「何よ」


「イツキさん、SNSサブチャットのフォローとフォロワーはそれぞれ何人ですか?」


「えーと……フォローが100人でフォロワーが10人だね」


「ボクはフォロー50人でフォロワーが海外のよくわからん業者除いたら1人です」


「1人って……誰なの?」


「ぱおぱおさんです」


「クッソうらやま」


「このフォロー・フォロワーをこの週末で一気に増やします。それによって動画を観に来る人も増えるはずです。いまのままではいくら更新したところで誰の目にも留まらない」


「なるほど」


「イツキさん、スフィア内にストリーマーが何人いるかご存じですか」


「知らない」


「いま検索してみたところ、国内だけで約90万人いるようです」


 窓を開いて検索し、それを回転させてイツキさんに向ける。


「けっこういるね」


「この人たちをすべてフォローする勢いでいきましょう。中には相互になってくれる人が必ずいます」


「でも、確か一度にフォロー増やすと、bot扱いされてBANされるんじゃなかった?」


 イツキさんが窓を開く。




   【実験】一度に何人フォローしたらBAN

   されるのか検証してみた

  

   あつしch  再生回数 847,815




その動画によると、300人から400人の間に越えちゃいけないラインがあるようだった。


「じゃあ、ボクたちと同レベルの零細配信者を200人、ムリめの上級さんたちを100人――これを1日当たりの目標にしてフォローしていきましょう」


「わかった」


 シノたちはそれぞれ窓を開き、次々に相互依頼のメッセージを送り、フォローボタンを押した。


 零細200人はまあいいとして、問題は上級100人の人選だ。ガチのトップ連中はまず相手にしてくれないだろう。そうなると狙い目はフォロワー1~10万くらいの者になる。


 こうした人たちはジャンルがさまざまで、どれがいいのかわからない。メイク指南とか投資の話をしている人なんかは候補からはずしてもいいだろう。


「どういう人に相互依頼してます?」


 シノはイツキさんの窓をのぞきこんだ。



   満鈴まりん@MisuzuMarinVR


   オフィスVAR所属。JS部。ストリーマーのまりんだよ。

   ゲームと一輪車が得意な12歳。にぃにねぇねは生配信に集合!

   ボイス販売中。


   フォロー 841  フォロワー 143,092



   まゆたんとら@mayutantra


   学校には行ってない。ランドセルにはカビ生えた。

   生配信は私の生き甲斐。オタクくんたちお風呂入って。


   フォロー 1  フォロワー 85,457



   サバト冥夢@Nightmare_Meimu


    elm所属。見習い悪魔ストリーマーのサバト冥夢なのじゃ。

   ソロ生配信は火・木・土の23時からじゃ。心して聴け。

   (配信日時は変更される場合があります)


   フォロー 666  フォロワー 22,946




「あっ……」


「何がだよ」


 イツキさんがシノをにらむ。


「いや……ロリキャラばっかりだなって」


「は? わたしがロリコンだって言いたいのか? 取り消せッ!」


 彼女が鬼の形相でつかみかかってきた。


「もうこれ答え合わせ完了では?」


 シノはスピード系ゾンビみたいなイツキさんの手を必死で振り解いた。


「ロリキャラ好きっていったってVR限定の話だよ」


「それでも充分やばい人だと思いますけど」


「あなた、 他人ひとのこと言えるの? リアルとアバターのギャップやばいよ?」


「それスフィアの全員死ぬやつです」


 金土日と、シノたちは他のストリーマーに相互依頼のメッセージを送り続けた。


 その甲斐あって、月曜日にはイツキちゃんねるのフォロワーが400人増えていた。


 これはイツキさんもウキウキだろうと思ってホームスペースに顔を出すと、部屋の隅で体育座りして虚空を見つめていた。


「フォロワー400人とかキャパオーバーだわ……」


「キャパっさ。あさひ市立文化センター小ホールかな?」


 ふたりで窓を開き、フォロバしてくれた人たちを確認する。2000人近くにメッセージを送ってフォロワー400人増だから、フォロバ率2割といったところだが、大半はフォロワー100人未満の零細配信者だ。そのため拡散力がなく、動画の再生数があまり増えていない。


「イツキさん、めぼしいフォロワーいます?」


「そうね……フォロバしてくれた人の中でフォロワーいちばん多いのはキャッシュマネーちゃんだね。けっこう有名な人だよ」




   キャッシュマネー@Ca$$$HMoNe¥¥¥


   スフィアのトレンド分析や収益化のコツなんかを

   動画で解説しています 6・11初主催イベント来てね!


   フォロー 135,874 フォロワー 128,962




「フォロー数すっご……。必ずフォロバしていくタイプですかね」


「キャッシュマネーちゃん、かわいいなあ。つながりた~い」


 アイコンになっているアバターはピンクのショートカットで瞳は青。幼い顔立ちをしている。首にむちうちの人がするコルセットみたいなのを着けてるのはどういうことだろう。


 サブストリームの動画をチェックしてみる。




   【サブチャ】フォロワーを増やすには○○を変えるだけで余裕でした


    再生回数 31,495



   【実践解説】動画編集を上達させるにはこれだけやればいい!


    再生回数 22,783



   【アーカイブ】買い物したので雑談 最後に重大発表も


    再生回数 45,137




「キャッシュマネーちゃん、かわいいのに意外とまじめな動画出してるね。あとで観てみよう」


「過去の見てもハウツー動画ばっかりですね。あとは自己啓発っぽいビジネス書の紹介か」


 どうもこのキャッシュマネーは教えたがりで意識高めな人のようだ。


 教えたがりに近づくにはどうすればいいか――教えを乞えばいい。単純な話だ。この手の対人スキル、職場じゃ絶対発揮しないけど。


「イツキさん、この人にメッセージ送ってください」


「何て書く?」


 イツキさんが窓を開く。


「『動画の再生数を増やしたいのでコツを教えてください』って」


「いいね。いろいろ知ってそう」


「それと、『もしよかったらコラボしてください』というのもお願いします」


「そう簡単にコラボなんてしてくれるかな」


「どうでしょうかね」


 本当にコラボしたいとかコツを教えてほしいなどと思っているわけではない。こうやって食いついておけば、向こうも「ういやつじゃ」ということになり、こちらの動画を紹介してもらえるかもしれない。チャンスはいつだって上級様から下々へと流れる。物語の因果律に逆らって下から上へドンブラコッコするなんてことはない。


 キャッシュマネーにメッセを送り、イツキさんと実況するためのゲームを物色しはじめた。といってもサブライムのゲームストアを見るのではない。人気の実況動画を観て、再生数が伸びそうなゲームを選ぶ。


 なんかずれてるな、と感じる。「ゲームをする」という、本来楽しくて仕方のないことでさえ、会ったこともないどこかの誰かの目を気にしてしまっている。


「シノちゃん、ちょっと――」


 イツキさんが窓の前に立ってシノの視線を遮った。


「どうしました?」


「キャッシュマネーちゃんからさっそく返信来たよ」




 メッセージありがとうございます。キャッシュマネーです。


 再生数を増やすコツということですが、やはり旬のネタを扱うことですね。今だと2ALクラスタの治安悪いところに行ってロケするというのが流行りです。以前そういうトレンド分析を動画にまとめましたので、よろしければご覧ください。


 また、コラボにお誘いいただきありがとうございます。ちょっとしばらくはスケジュールが厳しいのですが、いつか機会があればよろしくお願いします。




「体よく断られてますね、これ」


「返信くれただけでもありがたいよ」


 イツキさんがうなずく。「教えてもらった動画を観よう」


 窓を開いて動画を再生する。


 動画の中のキャッシュマネーは背が低くて、動きがわちゃわちゃしていて、イツキさん好みのロリっ娘だ。現にシノのとなりで動画を観る彼女の眼光は獲物を狙うハンターのそれである。


 キャッシュマネーのトークはなかなかうまい。ことばの使い方からして、何となく中身は若い人のような気がする。意識の高い大学生といったところか。


 動画の内容はバズった2ALロケ動画の紹介と解説だった。取りあげられた動画は2ALクラスタの路地裏に行ってみるというのが1本、ナンパしに行くのが1本、住民に喧嘩を売りに行って逃げまわるのが1本だ。


「やっぱ2ALって怖いねえ」


 動画が終わっておすすめ動画が表示されている窓を見つめながらイツキさんが言った。


「そんなに危なくないですよ」


 VRでもリアルでも、人通りのないところに行ったりナンパしたり喧嘩を売ったりすればなんらかのトラブルは発生しうる。それで「怖い」と言われても、そこの住民は困ってしまうだろう。


 2ALクラスタはシノのホームだ。紹介された動画に出てきたようなことは毎日見ている。


 ストリーマーたちが「はじめて見た」と大騒ぎしているものをシノはよく知っている。


 興味の湧かないゲームをやるより、好きで住んでる場所を歩きまわる方がいい。シノは俺と同じでやりたいことしかやらない女だ。


「イツキさん、ボクたちも行きましょう、2ALクラスタへ」

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ボクは再生数、ボクは死 石川博品 @akamitsuba

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