コラボ配信
スクーターで5分ほど行ったところにイツキさんのホームスペースはあった。
5階建てのマンションで、床や壁のテクスチャーやロビーのインテリアがなかなか凝っている。おそらくシノのとことはちがって有料ホームスペースだろう。
イツキさんの部屋は床も壁も真っ白だった。センシティブな何かをしなければ出られない部屋みたいに見える。
彼女がメニューを開いて操作すると、周囲がパソコンの初期壁紙みたいな草原の景色に変わった。
「これって無料素材ですか?」
「ううん、有料。こういうのついつい買っちゃって、気がついたら30個くらい持ってた」
「へえ(でも再生数4……)」
イツキさんは撮影アプリや音響アプリなどをいろいろと立ちあげた。無数のダイヤルやスイッチが彼女を取り囲む。
「けっこう本格的ですね」
「こういうのも社会人の財力でついつい集めちゃうんだよね。技術はないのに機材だけプロ級になっちゃって」
「へえ(でも再生数4……)」
イツキさんがアプリをいじると、床に光るT字型の線が引かれた。
「一回カメリハしてみようか。そこに立って」
言われるがままにシノが移動すると、正面、目の高さに白い球体が浮かんだ。
「それが撮影用ドローンね。そこを見ると、視聴者と目が合うようになるから」
周囲に光が生じ、シノの体が照らし出される。シノはまぶしさに顔をしかめた。
「じゃあ、やってみようか。わたしが質問するから、それに答えてね」
「はい」
●RECの文字が視界の端に浮かぶ。
「はじめまして。名前聞かせてもらえるかな」
「シノです」
「シノちゃん。こういう撮影ははじめて?」
「はい」
「すごくスタイルいいけど、身長は何センチ?」
「170です」
「おっぱい大きいね。何カップ?」
「ちょっとわからないです……」
何だろう、この素人物AV感……。
「はい、OKでーす」
イツキさんがすばやく複数のスイッチを操作する。「いま撮ったのチェックしてみようか」
窓を開き、ふたり並んで動画を観る。
「いいね。きれいに撮れてる」
「やっぱボクってかわいいな。ムラムラしてきた。ちょっとの間、黙りますね」
「先輩の前でシコるのやめろ」
イツキさんは窓を閉じた。撮影用のコンソールを手元に引き寄せていじる。
「どうする? 公開用の動画を撮ってみる?」
「やりますか」
あらためて動画で見るシノはやはりかわいくて、これはもう世界中の人に見せるべきなのではないかと思った。かわいいシノを見たり想像したりすれば子供たちの脳は守られる。すべての銃弾にシノの顔を刻印しておけば、もったいなくて使えないから戦争はなくなる。自分の頭にぶちこみたがる奴は知らん。
「あとで編集するから、好きにしゃべって」
「わかりました」
イツキさんがシノと並んで立つ。となりで咳払いしたり深呼吸したりするので、見ている俺も緊張してきた。
「はじめるよ」
「はい」
イツキさんがメニューを操作する。一拍置いて両腕を頭上に掲げ、Y字状にひろげた。
「はろはろ~、いつも元気印、イツキで~す! そして――」
彼女は顎をしゃくり、何かを指示する。
「え?」
「ほら、自己紹介」
「あ、はい」
シノは正面の白い球体に向かって頭をさげた。「はじめまして。シノです」
「いやいやいやいや、シノちゃんさぁ――」
イツキさんがシノの肩を叩く。「もっとポップな自己紹介しなきゃダメよ。アイドルが言うようなキャッチフレーズお願い」
「わかりました」
リアルの客先で「はろはろ~、いつも元気印、スマイルアクアサービス総務部施設計画課の
「じゃあテイク2」
シノはドローンを見つめた。
「はじめまして。ハトムギ茶大好き、ミネラル増量中、シノで~す」
「うーん、まあいいか」
イツキさんの決裁を頂戴して、俺はほっとため息をついた。
「今日はなんと、わたしの後輩・シノちゃんが遊びに来てくれました~」
イツキさんが声を張る。
「よろしくお願いします」
シノはお辞儀した。
「シノちゃんはゲームとか好き?」
「むかしからよくやってます」
「そっかぁ。今日は前回の続きで『Bad Drone Death Race』をやろうと思ってるんだけど、やったことある?」
「ないです」
「でもまあ、BDDRは簡単だからさ、いっしょにやってみようよ」
「そうですね」
「よ~し、それではやっていきま~ショウ!」
今度の会議で「では斎木さんのおっしゃる方向で進めていきま~ショウ!」って言ってみたい。たぶん死ぬ(車椅子に
イツキさんが大きな窓をふたつ開き、ゲームを起動する。
「ボク、ゲームパッド用意しますね」
「は~い」
俺はHMDを外部カメラに切り替え、クローゼットをさぐった。ゲームパッドは最近使っていなかったので埃まみれだった。HMDに同期させ、アタッチメントでグローブの手首に固定する。バーチャルパッドでもいいが、やはり物理スティックとボタンの方が確実にコントロールできる。
スフィアに復帰すると、イツキさんはコンソールをいじっていた。
「ちょっとテストプレイしてみていいですか?」
「どうぞ」
シノはいくつか窓を開き、攻略動画を流しながらゲームをはじめた。
このBDDRはドローンがアイテムを使って相手を妨害しつつレースをするゲームらしい。インディーズゲーム丸出しのグラフィックだが、実況に向いているのか、動画の数は多い。
サーキット3周のレースを終えて、イツキさんに声をかける。
「OKです」
「じゃあはじめよう。順番にやる?」
「対戦しませんか? せっかくふたりでやるんだし」
「そうね」
イツキさんが正面の球体を見る。「はい、それではシノちゃんと対戦したいと思います。シノちゃん、自信のほどは?」
「あまりないけど、がんばります」
さっきからシノはおもしろいことをひとつも言ってない気がする。まあイツキさんもテンションでごまかしている感じだが。
機体とコースを選択し、スターティンググリッドにつく。12機による3周勝負だ。
「スタート!」
ランプがグリーンになって、12機のドローンが一斉に飛び出す。車とはちがう、独特の加速感がある。
「ああ~、やめてやめて~」
イツキさんがCPUの機体とぶつかりあいながら最初のコーナーにつっこんでいく。
タイヤがないのでスリップはしないが、思ったよりも機体が外に膨らむ。俺はパッドのスティックを細かく動かし、コース取りを微調整した。
「よっしゃあ、アイテムゲット!」
イツキさんが声をあげてバリアを展開する。
シノは武器らしきものを手に入れたので、試しに発射してみた。一定時間前方を撃ち続けるビーム兵器のようだ。
レースは進み、イツキさんはいちいち声をあげる。動画を盛りあげようと必死だ。
シノは黙って機体の動きを観察していた。加速がいいので、ブレーキングのリスクがすくないことに気づく。敵との接触にもリスクがあまりないので積極的に攻めていっていい。
ファイナルラップ、イツキさんはあいかわらず騒がしい。
「あー、クソッ! ファァァァァック! ここでホーミングは反則でしょ! まだまだ! いけるいけるいける!」
彼女の機体がゴールに飛びこむ。「あーっ、4位! 惜しい! シノちゃんは?」
「ボクは1位です」
「は?」
イツキさんがシノの窓をのぞきこむ。窓の中ではシノの機体がウイニングランを行っていた。
「えっ、やってた? シノちゃん、このゲームやってた?」
「さっきテストプレイしたのが最初です」
「いや、うますぎるでしょ~」
イツキさんがふっと息を吐き、素にもどる。「本当にやってないの?」
「ボク、わりとゲーム得意なんですよ。ゲームしすぎで大学2留してますから。おかげであんな会社にしか入れなかった」
「わたしはあそこ第1志望だったんだが」
ゲームの窓を閉じ、エンディングの撮影に移る。
「はい、というわけでね、BDDR対戦やってみましたけれども、どうでしたか、シノちゃん」
「楽しかったです」
「シノちゃんホントにうまいんだもん。びっくりしちゃったよ。次はオンライン対戦やってみない?」
「いいですね」
「では次回、シノちゃんが世界の強豪と対決します。お楽しみに! それでは、次の動画でお会いしま~ショウ! バイバ~イ。チャンネルフォローと高評価、お願いします」
撮影が終わり、イツキさんがコンソールを出現させる。
「いや~、今日のは手応えあったわ。これまでで一番の撮れ高よ」
「それはよかったです」
俺の方でもやりきった感があった。動画を撮るということで、どうなるか不安だったが、ゲームという自分の長所を活かすことができた。
「わたしはさっそく編集作業に移るよ。今日中に動画をアップする」
「じゃあボクはさっきのゲーム練習しときますね」
ふたりは別々の窓に向かい、それぞれの作業に取りかかった。
翌日、仕事が終わってからスフィアにインすると、イツキさんからメッセージが来ていた。
昨日の動画すごい反響だよ!
リンクが張ってあったので見てみる。
【BDDR】イツキの後輩シノちゃん登場!
果たしてその腕前は……?
再生回数 11
「うーん……」
反響(再生数11)。
まあいきなりバズって100万再生なんて美味しい話はないだろう。
スクーターに乗ってノーマルルールクラスタに移動する。
イツキさんはホームスペースで待っていた。
「いや~、すごいね。シノちゃん効果でフォロワー2人増えたわ。実に1年ぶりの増加」
彼女は我が社と県との委託契約がもう20年延長されたかのようにご機嫌だった。
「それはよかったです」
「いまがチャンスだよ。 怒濤の更新でフォロワー増やそう」
「いいですね。がんばっていきま~ショウ!」
「ショウ!」
ちなみに昨日の動画で「いきま~ショウ!」の部分のテロップは「いきま~SHOW☆」になっていた。
イツキさんがBDDRをセッティングし、撮影をスタートさせた。
「さあシノちゃん、今日はオンライン対戦やっていこう。自信のほどは?」
「昨日よりは。すこし練習したので」
「よーし、それではやっていきま~SHOW☆」
マッチングロビーはすぐに人でいっぱいになった。プレイ人口はかなり多いようだ。
「んん~?」
イツキさんが画面に顔を近づける。「こ、これは……Braddockjpさん!」
「知りあいですか?」
「有名なゲーム実況者だよ。フォロワー数30万くらいかな。これ実質コラボじゃん」
「物は言いようですね」
「あっ、宗教戦争の山本もいる!」
「誰ですか?」
「人気お笑いコンビ・宗教戦争の山本だよ。ストリーマーもやってる」
「いろんな人がいますね」
「サバト
「今度は何ですか?」
「ロリ悪魔ストリーマーのサバト冥夢ちゃんだよ。顔に似合わず毒舌なんだよな~」
「これもうトリプルコラボですね」
「いや、シノちゃんも入れて4人だからクアドラプルコラボだ! 成功の匂いしかしない! シノちゃん、いいとこ見せて」
「がんばります」
レースがスタートした。ざっと見た感じ、対戦相手の実力はピンキリだ。シノは相手にぶつけられた反動を利用して、ふたつ目のコーナー出口でトップに立った。
追ってくるのはサバト冥夢@Nightmare_Meimu。動きから見て、出走者の中ではこの人が抜けた実力を持っているようだ。
「シノちゃん、がんばれ!」
出走していないイツキさんが声援を送ってくる。
ファイナルラップはサバト冥夢との一騎打ちになった。こちらのケツにべったりくっついて離れない。コーナーでわざとインを空けても追い越そうとしなかった。こちらの持っているアイテムが読めないので、追い越してうしろから撃たれる可能性を考慮に入れているのだ。
最後の直線、サバト冥夢の機体がわずかにスライドする。エンジン音が変わる。
「やっぱりね」
アイテムのターボで急加速してきたところをシノがスライドしてブロックした。ケツに追突され、逆にこちらが加速する。そのまま先頭でフィニッシュラインを割った。
「うおおおおおおおっ」
イツキさんがキャラを忘れて野太い声を出す。「最後どうしてターボ使ってくるってわかったの?」
「アイテム持ってるのにずっと使わないんで、最後ターボで来るつもりだろうな、と。自分のうしろ5人くらいは何持ってるかだいたい当たりつけてますよ」
「すごいな……」
イツキさんとふたりでエンディングを撮り、さっきのレースを観直す。
「やばいよ今日の動画。撮れ高の銀河系だ」
彼女がはしゃいだ声をあげているとなりで、シノは床に腰をおろした。手がじっとりと汗に濡れている。レースの緊張と興奮がまだ体の奥に熱となって残っている。ゲームで真剣勝負なんてひさしぶりのことだ。
ハイドレーションのぬるい水を喉に流しこんでも俺の体から熱は去らなかった。
翌日も、仕事終わりにイツキさんからメッセージが届いていた。
やべーわ 勢いが止まらない
昨日の動画を観てみる。
【神回】あの有名ストリーマーたちとまさかのコラボ!?
そして衝撃の結末……!【BDDR】
再生回数 15
「うーん……」
勢い(再生数15)。
まあ地道にやっていくしかない。
スクーターでイツキさんのホームスペースに行く。まるで通いの彼女みたいな気分だ。
すでにイツキさんはコンソール全開で撮影の準備をしていた。
「フォロワーまた2人増えたよ。収益化いけるぞこれ」
「期待してます」
まるで夢追い人の男を支える彼女みたいな気分だ。
「今日は趣向を変えて、 百合営業をしていきたいと思う」
「百合営業……ですか?」
「いまそういうのがウケるんだよね。せっかく女の子ふたりなんだし、やってみようよ」
「はあ」
「シナリオ書いてきたからさ、このとおりにやってみて」
「わかりました」
イツキさんのやる気に圧倒されつつ、撮影に入った。
「はい、またBDDRやっていきますけども、今日はわたしたちふたりで対戦して、負けた方が勝った方の言うことをひとつ聞くっていうのはどう?」
「いいですね」
「絶対に負けないぞ~。じゃあ、やっていきま~SHOW☆」
レースはやらせとか一切なしでシノが圧勝した。
「クソ~、負けた~」
イツキさんが悔しがっているのはやらせである。
「負けた人は勝った人の言うこと聞くんでしたよね?」
「そ、そうだけど……」
いたずらっぽく笑うシノ(やらせ)にイツキさんは怯えたような表情を浮かべる(やらせ)。
「じゃあ……ボクにキスしてください」
「えっ……」
イツキさんが口に手を当てる(やらせ)。
「言うこと聞くって言いましたよね?」
「う、うん……」
「じゃあ早く」
「わかった……」
イツキさんはおずおずとシノに顔を近づけ、頰に口づけた。シノは満面の笑みを浮かべ、イツキさんに抱きつく。
「じゃあ2回戦はじめましょうか」
「え~!? もうシノちゃんとゲームするのはこりごりだよ~☆」
撮影が終わり、シノとイツキさんはその場にくずおれた。
「これキッツ……」
「自分で
昼間、書類を期日までに出さなかった件で斎木さんからかなり詰められたのだが、こんなアホなコント書く人の説教とか次から余裕で受け流せる。
「やばいな~。この動画公開したら見つかるな~。世間に見つかっちゃうな~」
イツキさんがニヤつきながらコンソールをいじる。
俺はあとでシコる用にイツキさんがシノにキスしてるスクショを保存した。
翌日、またもイツキさんからメッセージが来ていた。
これ完全に上昇気流に乗ったわ
動画を観てみる。
【BDDR】イツキがシノにまさかの……キス!?
2人対戦で禁断の罰ゲーム!【百合回】
再生回数 26
「うーん……」
上昇気流(再生数26)。
これ、いつになったらカネになるのかわからんな。やり方を変えなくてはならないだろう。
ホームスペースを訪ねると、イツキさんは熱に浮かされたようにしゃべりだした。
「さっそく撮影をはじめよう。今回の企画はねえ――」
「その前に、ちょっといいですか?」
シノは彼女のことばを遮った。
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