番外・独演

私は、きっとこの場の誰よりも賢く、誰よりも上手に、その人生を送っている。


私には、そんな自信があった。小学校も中学校も、科目をこなすだけの簡単な作業だった。ただ大人の言う通り生きればいいだけ。それだけで家族は喜ぶし、それだけで私の評価は上がる。こんなに単純にできているのに、何でそれをしないんだろう。他の同級生に、そんな冷めた目を向けていた。


高校生になっても、何も変わらなかった。選択肢が多少増えるだけで、同じように生きればいいだけだった。

強制的に部活動はやらなきゃいけなかったので、私は囲碁将棋部の見学に行った。別に興味があったわけではないけれど、一番目標がなさそうだったから。


老朽化の進む旧校舎の一角に挨拶をしに行くと、そこにいたのは数人の男子だった。


その内の一人が、私に話しかける。


「…新入生?よろしく」


…人の目というのは、口くらいにものを言う。初対面の人間は大体、見た目を評価するような目をするものなのに。この人は私に対して、些細な舞台装置みたいな目を向けて、すぐに視線を本に戻した。


変な人だけど、やりやすそうだと思った。


それ以外の人はやっぱり、私の見た目を評価するような目付きだった。…別に嫌なわけではないけれど、いい気分はしなかった。


だから私は、私に興味のないその人に部活の説明を求めた。案の定何の目標もなさそうだった。…何も見えていない人間の、逃げ場みたいな場所だと思った。


次の日、私は入部届けを持って部室に向かった。昨日とは違う何人かが暇を潰している。部室の隅に、あの人はいた。私は入部届けを手渡した。


「これからよろしくお願いします」


作りものの笑顔を責めるでも褒めるでもなく、よろしく、と興味なさげな返事をされる。


「一応…俺、須貝薊」


すがい、あざみ。頭の中で、それを記憶しようと反芻する。

なんだか女の子みたいな名前だ。本人と違って、可愛げがある。私はそれが面白くて、須貝さんの目を見て笑う。須貝さんは、何が面白いのか分からないという顔をした。


部活の時間が終わると、数人の先輩が新入生歓迎会だと言って私を連れ出した。母に今日は遅れると連絡すると、何故だか嬉しそうな反応だった。


行った場所はゲームセンターだった。クレーンゲームだとか、コインゲームだとか、先輩達は思い思いの好きなゲームをやり始める。


所狭しとゲームが置かれる場所で、隅の方に追いやられたアーケードゲーム。実は私は、このゲームに自信があった。ゲームは退屈な日々に、非日常感をくれる。だから、私はそれに没頭していた。


須貝さんは割と義理堅いらしく、君の歓迎会だから、と好きなゲームを聞いてきた。私が答えると、初めて見る笑顔で、対戦しようと言ってきた。


…結果から言えば、ボロ負けだった。人生で初めてというくらいの。須貝さんは感心したように、上手だねと言ってきた。私はムキになって、何度も何度も対戦を挑んだ。


須貝さんは毎回応じてくれた。だけど勝つチャンスやろくな隙すら与えてくれることはなく、何度やっても完敗だった。


人生で初めて、悔しさを感じた。私は次の日の部活中に、須貝さんにゲームについて聞いた。須貝さんは全てのキャラについて詳しくて、私見を語ってくれた。


ああでもないこうでもないと語るうち、放課後になった。早速実践しようぜ、と持ちかけてきたのは須貝さんだった。…結局、私の全敗だったけれど。私は何か、光明が見えた気がした。


「明日もやりましょうね!」


私が言うと、須貝さんは嬉しそうに、いいよと言ってくれた。


そんな日々を繰り返すうち、私は須貝さんだけを先輩と呼ぶようになっていた。他の部員は苗字にさん付けのまま。


先輩は高校3年生になって、部室に来るのも残り僅かだという話をされた。

…何故だか、すごく嫌だった。この日々が終わってしまうのが。当たり前を塗り替えられるのが。


ずっと退屈から逃れたかった。なのに、私はその時初めて、このままがいいと思った。

高校の思い出なんて、殆ど先輩とのゲームだけだった。それ以外に学校で行われた色々な活動の間中、先輩に勝つことだけを考えていた。


そして先輩が部室に来る最後の日、私は勝負を申し込んだ。毎日負け続けた日々もやっと終わりだな。先輩のそんな言葉が、胸に刺さった。


…結局その日も、全敗だった。泣き崩れる私。先輩はそれを負けたからだと解釈したようで、気にすんなよ、みたいな言葉をずっとかけてくれた。


でも、そんなんじゃない。私は勝てないままで終わるのが嫌だったんじゃない。

もう先輩とゲームができないのが嫌なんだ。私は泣きながら、そんなことを口走った。


そこで気付いてしまった。私は、先輩が好きなんだと。

ゲーム中にしか見せない真剣な顔も、ゲームの話をする時だけは笑顔で接してくれるのも、きっと私しか知らない一面なんだ。それを嬉しいと思うのは、私が、この人を好きだと思っているから。


それを聞いて先輩は、別にいつでも付き合ってやると言ってくれた。私は嬉しくて、また泣いてしまう。


そんな私を先輩は、自分の部屋に連れて行ってくれた。初めて入る、男の人の部屋。私は緊張していた。だけど先輩はそうでもないみたいだった。


非日常的なことが起こる他人の創作物以外のありふれた日常に、興味がないみたいだった。私は先輩が、それで悩んでいるのを知っていた。何とかしてあげたいと思った。


「いつでも来ていいから」


夜になって、そろそろ帰れと言われて文句を言った私に、先輩は面倒くさそうにそう言った。

…すごく嬉しかった。私とまた、ゲームをしてくれることが。私と過ごす日々を、少しでも楽しいと思ってくれていることが。


更にわがままを重ねて、家まで送って貰う間。私はこの人が好きだと、何度も心の中で繰り返した。


…あの日、薊が好きだと自覚した私のことを、思い出す。

私が私を自覚した、一番最初の記憶だと思う。誰がどうして欲しいと思っているか、ではなく、私がどうしたいかを、初めて自覚した瞬間だ。


あの時が今の私を作り出して、私は私でいようと思えている。

薊は、全てがあの子のおかげだと思っているみたいだけど。私が変われたのは、間違いなく薊のおかげだ。


だからこそ、私は。


絶対に、薊を救ってみせる。

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