番外・独善

私は人に、必要とされているのだろうか。


常にそんなことを考える。…意味の無いことだし、それに対しての答えは、いつだってNOだ。


辛くなるだけなのだからやめたらいい。そう思われるかもしれない。だけど私は、それを考えることをやめられない。むしろやめてはいけないと習ってきたから。それが私の家の教育方針だったから。


それを意識すればするだけ、私は都合のいい人間になっていく。


人に好かれるため、必要とされるために浮かべた笑顔は、今日も空っぽだ。向こうが透けて見えるほどのそれに寄ってきてくれる人は、誰もいなかった。


それはきっと、中学生になっても変わらないんだろうと思っていた。賢さだとか運動神経よりも、どれだけちゃんと他人と関わっているかが大事なんだ。だけど私には、そういう才能がなかった。


だから、私は一人でいた。求められる時だけ、それに応じられればいいと思っていた。そんな時、あの子は手を差し伸べてくれた。


「お昼、一緒に食べようよ」


話しかけてきたのは、小学6年生の10月、こっちに引っ越してきた女の子。名前は確か…川原春歌。私がいいよ、と返事をすると、嬉しそうに笑ってくれた。


それから春歌ちゃんは、私に頻繁に話しかけてくれるようになった。下らない話も、真剣な相談も、全部私にしてくれるようになった。


私はそれが嬉しくて、私からも積極的に話しかけるようになった。…いつしか、何人か友達ができて、私の人生は充実していた。


だけど、家族への苦手意識は変わらなかった。父も母も兄も、やっぱり私なんかよりも、全然しっかりした人だったから。私なんかという思いは、私の部屋の中に充満していた。


そんな思いも、学校に行けば忘れられる。春歌といれば、そんなことを考えなくて済む。私はそんな風に、依存してしまっていた。


楽しい方を、楽な方を選ぶのが人間で、だからこそ、私の帰りは日に日に遅くなっていた。両親はそれを心配しなかった。私なんてどうでもいいんだろうな。そんな風に考える度、やっぱり遊ぶ時間は延びていった。


「…私、どうでもいい子なのかなぁ」


春歌に相談すると、否定も肯定もせず、ただ話を聞いてくれる。私にとって、それが一番嬉しかった。

隣町の河川敷で、沈んでいく陽を眺めながら、何でもない会話で時間を埋めた。私にとってそれは至福の時間だった。


受験が終わる。そのタイミングで、春歌は何かを言いかけてやめることが増えた。私は続きを促すけれど、一向に話してくれることはなかった。


私はそれが大事な何かだとは思っていなかった。大事なことなら、ちゃんと話し合える。そんな関係だと思っていたから。


合格発表の日になって、春歌は緊張した面持ちで集合場所に現れた。私は大丈夫だよ、と春歌の緊張を和らげる。電車に乗って、発表会場の高校に向かう。…やっぱり、私の両親はどちらとも来ないと言った。


高校に着くと、人で溢れ返っていた。私達はその波に飲まれながら、なんとか掲示板まで辿り着いた。私と春歌の番号は連番だったので、探しやすかった。


結果は、2人とも合格だった。春歌と抱き合って喜ぶ。同じ高校だというだけで、私達は中学の頃と同じように、友達付き合いができる。それが何より嬉しかった。


家に帰り、父と母に報告する。素っ気ない反応だった。

まぁそんなものだろうと思って、自分の部屋に戻る。


『親、喜んでくれた?』


春歌との電話はいつも、私の心を満たしてくれた。そうでもなかった、と報告すると、そっか、と返ってくる。


『あのさ…』


…やっぱり春歌は、言いかけてやめた。私は言いたい時が来るまで、それでいいと思った。


高校生活は慣れないことも多くて、やっぱり疲れてしまうけど。春歌との放課後が、楽しくて仕方なかった。


その頃から、春歌には敵わない。そう思って生きるようになった。思春期は過ぎていて、特に自己嫌悪でもなく、そう思った。


私の成績は、学年でもトップクラスだった。自己顕示でも何でもなく、ただの事実として。昔から勉強だけはできたし、春歌との受験勉強の甲斐もあって、苦手意識はなかった。


だけど、春歌はいつも赤点ギリギリだった。私はいつもテスト前、春歌と通話をした。理解できないことが少ない私にとって、春歌に合わせるのは難しかったけれど、その時間はとても楽しかった。


そんなある日。春歌の帰りが早くなった。

他の友達は、彼氏でもできたんじゃない?みたいな話をしていた。私はそれを素直に喜べなかった。


私にとって春歌はかけがえのないもので、春歌にとっての私もそうであって欲しいと思っていた。つくづく面倒な性格をしていると思う。


春歌はそのうち、誰と会っているのかという話をしてくれるようになった。…私にとってその時間は、苦痛以外の何者でもなかった。だからこそ、言葉の一つ一つが温度を持って、私の耳元で弾けた。嫌になるくらい、イメージがついていた。


だから、薊さんの家に初めて行った時も、緊張はしなかった。イメージ通りの、普通の人だった。ちょっと独特で、他者からの干渉をあまり必要としない人。だけど寂しがり屋で、関わってくれた人を適当には扱わない人。


薊さんはいつでも、私と同じ目線で話してくれた。私を尊重してくれた。だから私も、打ち解けやすかった。


…私は、傷心の中で、光を見出していたのかもしれない。欠けてしまった穴を埋めてくれる誰かを、探していたのかもしれない。


もしくは、歪んでいたのかもしれない。春歌よりも必要とされたなら、私は自分を肯定できるだろうと思ったのかもしれない。


言い表せない、焦りみたいなもの。それが、私をそうさせた。不必要に親密になりすぎた。だから私に、そんな言葉を吐かせた。


困らせるだけだとわかっていた。なのに、薊さんは表情を歪めて、そう言ってくれて嬉しい、と言ってくれた。本心は真逆なんだろうなと、そう思った。だからこそ、可能性があると思えた。


一方で、そんな自分に嫌悪感があった。春歌を亡くして、薊さんは隙だらけだった。春歌が生きていたなら、私にそんな未来はなかっただろう。私は、親友の死につけ込むような真似をして、薊さんを自分のものにしようとしていた。


そんな対照的な感情を抱えて、私は今日も薊さんの部屋のインターホンを押す。最近は、笑顔で出迎えてくれるようになった。私にとってそれは嬉しくて、痛い。無茶苦茶な感情だ。


薊さんは色んな理由で、私を外に連れ出してくれる。春歌とは見れなかったものも、いくつも見ることができた。私にとってその時間も、嬉しくて、痛い。…薊さんと過ごせば過ごすだけ、増えていく罪。


薊さんは私を咎める、断罪人みたいに見える。私にいくつもの幸せをくれて、それと同量の痛みをくれる人。


大好きだけど、一緒にはいられない。いつも薊さんを目的地に連れていくフリをして、数歩前を歩く。…それは、私への罰。


私には、まつりちゃんのように、薊さんの隣を歩く権利はない。私が薊さんと過ごす限り、それは変わらない。独善的な自分への、罪と罰。薊さんとの日々は、私にとって。

真綿で首を絞められるような、幸せな苦痛であり続ける。

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