42話
「…私、強くなれましたか?」
電車の中で、彼女はそう聞いてきた。俺は返すべき言葉が見当たらなくて、言葉を失う。
「不安になるんです。変わろうって思っても、それを証明できる機会がないと」
深く頷く。だからこそ俺は、いつも誓い直している。この表現が正解かどうかは分からないが、俺の中ではそう思う。
「だから…私が強くなれたかを、教えて欲しいんです」
彼女の目は、真っ直ぐに俺を見ていた。それだけで、もう俺よりは強いんだろうけど。俺は真剣にこの一ヶ月間を思い出してみることにした。
彼女とおばあちゃんの家に行ったこと。お墓参りをしたこと。あの子と放課後に巡った場所を、一緒に歩いたこと。そして俺の部屋で、夜ご飯を一緒に食べたこと。
沢山の初めてを、彼女がくれた。俺はそれを忘れないし、大事な思い出として心の奥の方に仕舞っている。
…だけど、彼女が強くなったかどうか。それを判断できる材料は俺にはないように思えた。彼女がいつも通りに見えること。それが強くなるための努力なのだとしたら、彼女は確かに強くなったのだと思う。
だから、そう伝えるべきだと思った。今日までの彼女を認めてあげるべきだと。
「…確かに強くなれてる。大丈夫、安心して」
俺がそう言うと、彼女は笑ってくれた。花が咲くみたいに。…俺はどうなんだろう。強くなれているんだろうか。だけど聞いたら負けだという意識があって、聞くことはしなかった。
「好きですよ、薊さん。きっとあの子くらい、貴方の事が好きです」
彼女は、この間のセリフを繰り返した。一言一句違わずに。
俺はやはり、返事をすることはできなかった。だけど、それを違うとは思わなかった。
「…今、違うだなんて思わなかったら。確かに薊さんも、あの時から強くなっているのかもしれないですよ」
…やっぱり適わない。彼女にも、桐野にも、あの子にも。支えられ続けている。簡単な言葉とか、態度に。
電車は俺達が降りる駅で止まった。
駅を出ると、見えるのは市立の総合病院。それくらいに、全体的に背の低い街だ。
俺達はバスに乗って、また霊園を目指す。今度は座標もズレてはいないようだ。
霊園に着く。花はあの子のお母さんが、今日お供えしたらしい。俺達は手を合わせる為に、あの子の墓前に移動する。
「あの…春歌ちゃんのお友達?」
見知らぬ女性に話し掛けられる。年代は…多分俺の母くらいだ。生きていればの話だけど。俺達は揃って、はいと答えた。すると女性はぱぁっと笑って、メモ帳を取り出した。
「…どちら様ですか?」
彼女はすかさずそう聞いた。俺も彼女も、取材じみた事には抵抗があるから。
「あぁ、ごめんなさいね。私はこういう者で…」
石川菊枝と書かれた名刺には、なんだか仰々しい法人名が書いてある。
「…娘を病気で失って。同じ病気の子が、先日亡くなられたって聞いて、お話を聞きたいの」
同じ病気…?俺は今日見た夢に関係がある気がして、今日見たブログを見せてみる。
「…そう、このブログを書いたのが私」
女性は随分あっけらかんと、それを明かしてくれた。俺は気になっていたことを彼女に質問してみる。
「君は、あの子と話し始めたのが中学生になってからだって言ったよね」
彼女は頷いた。
「あの子がこっちに引っ越してきたのは、小学6年生の時だったよね」
俺が確認すると、彼女ははい、と頷いた。全ての歯車が噛み合ったような気がしてきた。
「一応、同級生なんです。娘さんと」
女性に告げると、表情が曇った。
「勿論、学校に聞いたとかそういうことではないですよ。ただ、夢を見て」
…自分でも、何を言っているんだろうと思いながら話を進めていく。するとやっぱり、この女性は同級生の…石川ゆきの、お母さんだった。
「…あの子の、恐らく最後の記憶だと思うわ」
石川さんは、ゆっくりと話し始めてくれた。自分の娘のことを。
幼少期から発症して、体を起こせない日の方が多かったらしい。
「…それで、病院の外を元気そうに帰っていく子供を見て、恨めしいと思うこともあった。だけどそれは筋違いだったって、ゆきを失ってから思った」
どうして自分の娘ばかり。そう思うのも当然だった。だけどやっぱり、それは間違った感情だ。
「あの子…春歌ちゃんは、希望だったの」
初めて病院の外に長期間出られた子。それが、あの子らしかった。
「だから…生きていて欲しかった。あの子が自殺してしまったこと。それはこの病気とも、無関係ではないと思うわ」
思わぬ所で、点と点が結ばれていく。…あの子は、急にいなかったことにされてしまった同級生と、同じ病気だったんだ。
「…春歌ちゃんのお母さんも、そう思っているだろうけど。最後まで、生きていて欲しかった…身勝手だけどね」
石川さんは話し終わると、俺達に話を聞いてきた。俺達はほとんど何も分からないから、やっぱり話は進まなかった。
「春歌ちゃんは、何も言わなかったのね。病気のことも、死んでしまうことも」
俺が黙っていると、彼女は泣き始めた。
「私…何も知らなかった…!」
俺はもう大人で、石川さんももちろん大人で、あの子の肩を持ってあげたい気持ちの方が大きかった。友達だからこそ、相談できないこともあると。だけど彼女からしてみれば、友達なのに相談してもらえなかったという気持ちの方が大きいのだろう。…そしてそれを、吐き出せる人ももういないんだ。
「何で…!」
彼女は繰り返しそう言った。何で。俺もそう思う。
病気のことを知ったとして、俺達は変わらなかったはずなのに。
もう一方で、こうも思う。この子は病気だから。そんな理由で、不自然に優しくしてしまうことも、またあったんだろうな、と。もちろんそれは俺より、彼女の方が露骨に。
…だから仕方ないだなんて、思えるわけではないんだけど。
「…言いづらいことだって、あるものねぇ」
そう呟くと石川さんは向こうを向いてくれた。俺も何も言わず、ただ彼女を抱き寄せた。
どちらの気持ちも分かる。だけど、それがどちらにとっても納得がいかない。そんな事がザラにあるんだと知ったのは、俺だって大人になってからだ。それに気付かずに死んでいく人だっているんだろうけど。
だけど…やっぱり立場が近い彼女に同情してしまう。できれば言って欲しかっただなんて思ってしまう。それは俺が大人になりきれていないからなんだろうなぁなんて、青空を見上げて思った。
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