第33話

例えばたこ焼きパーティーなんかに憧れたことがある。鍋でも何でも、誰かの家に集まって、皆で作ったご飯を皆で食べるという行為に。


そのくらいの関係性の友人はいなかったから。そんなに他人を信用できるわけでもなかったし、友人を獲得しようと努力した訳でもないし。


だから、俺は今日みたいな日を夢見ていたのかもしれない。大袈裟でなく、心の底から。


「…薊さん、どうしたんですか?」


生地を混ぜ合わせている彼女に話しかけられて、現実に引き戻される。


「こういうの、なんかいいなぁって」


その奥では、桐野がキャベツを千切りしていた。…あまり家では料理をしないんだろうか、手際にぎこちなさがある。


「私もこういうの久々で、なんかいいなぁって思います!」


言葉にしにくい感情だ。なんかいい。言語化できるほどの強調材料があるわけではないのに好ましく思うのは、それこそが強い感情であるはずなのに。


千切りされたキャベツが、生地に混ぜ込まれる。俺は桐野におたまを手渡して、ホットプレートを持ってダイニングに向かった。


「じゃあ、焼いていきまーす」


おたまで流し込んだ生地は、ゆっくりと広がっていく。豚バラ肉を載せてしばらくすると、ぷつぷつと穴が開き始める。

焼き色がつき始めたので、裏返す。上手く行ったので拍手をもらった。


出来上がったものを3等分する。…難しい。


「お皿持ってきて」


桐野と彼女ははーいとほぼ同時に答え、そして同時に歩き出した。別に一人行ってくれればいいんだけど、まぁいいか。

一つずつお皿に載せていく。ソースとマヨネーズをかけて、最後に青のりをトッピングする。


「いただきまーす!」


彼女は小学校の給食みたいに、号令をかけた。手を合わせて、皆でいただきますと言う。


味は…まぁ、普通だった。何の変哲もない材料を使ってレシピ通り作ったら、普通に美味しくなる。当たり前の事だった。


「すっごい美味しいです!」


彼女はいつも、オーバーに俺の料理を褒めてくれる。この間作ったスペイン風オムレツも、チキンのトマトチーズ焼きも全て、あの子に振舞ったことのある俺がよく作る料理だけど、彼女にとっては馴染みのない料理なのかもしれない。


それにしたって、お好み焼きまでこんな反応をしてくれるとは思わなかったけど。彼女の笑顔がある食卓で食べるご飯はいつもより美味しいので、彼女の家のご飯はとても美味しいと思う。


「…薊って、全然やらないくせに料理得意ですよね」


桐野は皮肉っぽく褒めてくれた。…まぁ、いつものことだ。料理が出来ないから、出来る俺を見るのが悔しいんだろう。


「そういえば、まつりちゃんはなんであのコンビニでバイトしてるんですか?」


話題は桐野のバイトの話になる。


「うーん…家からの仕送りが止まっちゃって、一人暮らしするならバイトするしかなかったの」


社会勉強…って言ってなかったっけ。

もしかしたらあの時、気を使われたのかもしれない。


「なんで仕送りが止まっちゃったんですか?」


彼女は踏み込んだことを聞く。もうそんな間柄なのか。何だか嬉しくなる。


「講義にあんまり出られなくてさ〜」


へらへらと桐野は笑う。あんまり笑い事じゃないんだけど、俺も人の事は言えない。


「そもそも、なんであの大学にしたの?」


通っている俺が言うのもなんだが、俺の通う大学は別に偏差値も高くなく、規模が大きくて学科が多いわけでもない大したことのない大学だ。桐野なら、学力だけでももっとレベルの高い学校に行けたはずなのに。


「…別に、他に行きたいような学校もなかったですし」


返事が濁る。踏み込まない方がいい話題だっただろうか?


「薊さんと一緒の大学が良かったとか?」


彼女が言うと、桐野は顔を真っ赤にした。


「…え、まさかホントにそんな理由で大学決めたんですか?」


彼女は少し引いている。…俺も、ちょっと信じられないと思う。


「しょうがないじゃん!!可愛い私服で先輩と一緒の電車に乗ったり、カフェでお喋りとかしたかったんだもん!!」


桐野は真っ赤になったまま捲し立てる。俺達はそれに気圧されて、それ以上何も触れなかった。


「…それより、早く次焼いてくださいよ!」


桐野は恥ずかしさを紛らわすように、次のお好み焼きを要求した。俺はさっきと同じ手順でお好み焼きを焼いていく。次はシーフードだ。また一つずつ取り分けていく。


「円歌ちゃんは家どこなの?」


桐野の質問に、彼女は一口を飲み込んで答える。


「駅の反対側です」


そうだったのか。駅から家まではそれほど近いわけじゃないから、割と時間をかけて俺の家まで来ているのかもしれない。


「…送るよ、毎回」


あの子は同じマンションだったから大丈夫だろうと思っていたが、さすがに駅の反対側に住んでいる子を一人で帰す訳にはいかなかった。


「ありがとうございます」


彼女は素直に、俺の提案を受け入れた。こういう所が彼女の良さだなと思う。


「私は送ってもらったことないのにな〜」


桐野が言うので、今日は3人で桐野の家まで行って、そこから2人で彼女の家に向かうことにした。


ご飯を食べ終えて、ホットプレートを片づける。…次の出番はいつか分からないけど、また期待しているよ。そう言って、定位置にしまった。


生地が固まってしまう前に鉄板を水につける。そういえばテフロン加工のフライパンなんかは、使ったあとすぐに水につけないほうが良いらしい。何でも、加工が剥がれてしまうんだとか。


「窓開けて〜」


桐野に話しかけて、ベランダに通じる窓を開けてもらった。


ホットプレートを使う料理なので、やっぱり匂いは篭ってしまう。


しばらくゆっくりした後、帰ろうという話になった。…というより、俺的には心配だから早く帰って欲しかった。時刻はとっくに20時を過ぎていて、彼女のご両親なんかは心配しているはずだった。


靴を履いて、外に出る。…そういえば窓を開けっ放しだ。まぁ家は6階だし、多分大丈夫だろう。気にしないことにして、先に階段を降りた彼女を追いかけるように歩き出す。


「今日は楽しかったですねー!」


彼女はスキップをしながら、後ろにいる俺達に話しかけた。

確かに楽しかった。いつもみたいにどこかに行った訳では無いけど。

長い間あの子といたあの部屋にも、したことのないことはまだ沢山ありそうな気がした。


それをこの二人と一緒に減らしていければいいと思う。やったことのないことや、やる気にならないものを。

一人でやっても楽しくないことですら、この二人とすれば楽しくなる。そう信じられるほどの関係性だから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る