第17話

駅に着くと、彼女は既に待っていた。…デジャヴという奴だろうか、こんな状況前も経験した気がする。


「お待たせ」


俺が声をかけると、彼女の表情は明るくなる。…別に暗かったわけじゃないけれど。


「昨日はあの後何してたの?」


そう聞いても曖昧な返事が返ってくるだけで、桐野と何の話をしたのかは話してくれなかった。


「…でもとにかく、負けてられないんです」


とにかく今日の彼女はやる気に満ちていた。それならばと、俺は全てのプランを丸投げした。昨日と同じだ。人の好きなことをするのについて行くのは好きでも、自分がしたいことについてきてもらうのは苦手だ。だから遊びに行く時は、全部やってもらえるのが一番いい。


「じゃあ、行きましょう!」


率先して歩き出した彼女を追いかけるように、俺も歩き出す。

彼女が案内してくれたのは、家から三駅先の、どこかはよく知らない場所だった。


「私達の学校がある駅です!」


降りる時に、彼女が教えてくれた。

ということは今日は、彼女が乗り越えたい過去のお手伝いだろうか。それもまた、大事なことだと思う。


彼女は楽しそうに歩いていて、俺も何となく楽しくなる。


「ここは通学路なんです。いつもあの子と歩いてた」


懐かしそうな目をして、彼女はそう言った。

俺は何も言わず、ただ確かめるように歩いた。


もちろん、あの子が学校に通うところなんて今まで見たこともない。何度か会ったことはあっても、路線が逆方向だったから、通学路を歩いているところなんて想像もできない。


だけどあの子のことだから彼女と楽しそうに歩いていたんだろう。そんなことを思いながら、あの子も歩いた道を辿る。こう書くとあの子は歴史上の偉人みたいで、遠い存在だなぁと思ったりもする。…俺より先に人生ゲームをゴールしたんだから、実際遠いけど。


学生は駅の中にあるデパートや駅からすぐ近くのコンビニ、喫茶店、ゲームセンターで時間を潰すんだ、というようなことを話す彼女とともに、まず喫茶店に入った。


「ここのコーヒーが美味しいって言ってました。私は苦いの苦手だから、いつもミルクティーを頼むんですけど」


ミルクティーの方はホットかアイスかの違いしかないものの、一口にコーヒーと言っても、種類が沢山ある。アメリカンであったりブレンドであったり、その他豆の名前のついたものであったり。


何を飲んでいたのかは分からないが、とりあえずブレンドを頼む。

軽食などは何も頼まずに、飲み物だけ頼んで勉強会をするのが頻繁だったみたいだ。


「…はぁー、美味しいですねぇ」


俺もそろそろ大学に出なきゃなぁ。この間電話した限りでは、まだ留年はしないらしかった。夏休み前まではちゃんと講義に出ていた自分を褒めてあげたいくらいだ。


「あの子、こういう静かな所が好きだったんですかね」


生きている間に、何が好きで何が嫌いかという話題は沢山するんだろうが、肝心なことというのはどうにも難しい。雑談の中にヒントはあっても、はっきり聞かなきゃ分からないからこそ肝心だから。


「だからあの子は俺の部屋が好きだったのかもね」


俺は決して口数が多い方ではない。家にいる時なんかは特に。


「黙っていても気まずくならない関係性が好きだったんですよ、きっと」


確かに、と俺も同調する。

黙っていることが気まずくなる人っているもんなぁ。人との関わりが少ないことの最大の利点は、そういう浅い付き合いの人間が増えていかないことだ。


「あの子、クラスでは飄々としたクールな子みたいに思われてたんですけどね」


ニュース番組のことだろうか?クラスの中心人物に仕立て上げたいマスコミの印象操作みたいなものは、確かに俺も感じていた。


「…でも、世間には誤解されたままでいいのかもしれませんね」


私達だけが、あの子を覚えていられれば。彼女はそう言って、窓の外を見る。


…俺達だけが、か。

又聞きの情報を鵜呑みにしたり、あの子に関するどこか一部を誇大したり、そういうことを多分、あの子は望んでいないだろうから、確かにそれでいいのかもしれなかった。


「ほら、時間がなくなっちゃうよ」


彼女がお手洗いに行ってきます、と言って席を外している間に、俺は会計を済ませた。…別に大した額でもないんだけど、こういうことをしてみたかったから。


彼女が過去を乗り越えたいと思うのと同じように、俺もそうしたかった。


「…そういうこと、誰にでもするんですか?」


質問されて、恥ずかしながら今日が初めてだよ、と返す。彼女はそうですか、と言ってまた先を歩き始めた。


「次はここです!」


連れて行かれたのは、小さなゲームセンターだった。クレーンゲームやアーケードゲームをスルーして、彼女はプリクラ機の前で止まった。…よくわからない空間だ。ハサミやペンが用意された机があって、その両隣をプリクラ機が囲んでいる。


「…これ、俺も撮るの?」


答えは分かっていた。彼女ははい!と元気に返事をする。

ひとつため息をついて、彼女の選んだプリクラ機に入っていく。


彼女が画面を操作するのを見ながら、俺はただひたすら撮り終わるのを待っていた。一枚終わるごとに表情やポーズを変えるよう言われ、それに従っていく。


ようやく終わったようで、彼女はタッチペンを持ち始める。

なんだか色々選べるようだ。


「薊さんもなんか書いてください!」


言われ、仕方なく彼女にならってデコレーションをしていく。

一枚にかけられる時間はあまりなく、限られた時間でどれほどデコレーションできるか、というゲーム性が人気の秘訣だったりもするんだろうなと思う。


描き終わるとプリクラ機の外側に印刷された写真が出てきた。…あぁ、これを一枚一枚に切り分けるためのハサミなのか、と入口のハサミの用途を知った。


「できました!」


彼女は俺に自分のプリクラを見せてくる。


「わざわざ見せてくれなくても、俺も同じの持ってるから」


俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに笑った。

それからアーケードゲームで遊ぶことになった。彼女はゲーム全般が下手で、軒並み俺が勝った。あの子と同じように、彼女もゲームに対するリアクションが激しい。


「これ!欲しいです!」


彼女はクレーンゲームのぬいぐるみを欲しがった。…あの子が置いていったものと、同じシリーズだ。


「じゃあ、俺が取るよ」


そう言って、100円…ではなく、6回挑戦できる500円投入してゲームを開始する。

3回失敗する間、彼女の方がゲームにのめり込んでいて、とても面白かった。


4回目でやっと取れたので、彼女に手渡す。彼女はそのぬいぐるみを嬉しそうに抱き締めて、ありがとうございますと言ってくれた。喜んでくれたようで何よりだ。


店の外に出ても、彼女はぬいぐるみを抱き締めたままだった。電車の中でも、別れ際も。俺が冗談で無くさないようにね、と言うと、彼女は絶対無くしません!と強めに返した。


帰り道、今日のことを思い返す。一日を通して思ったのは、あの子はきっと楽しかっただろうな、という事だった。

あんなに面白い友達がいて、楽しくないわけがないだろうから。


だからこそ、あの子が死んでしまった理由がまた分からなくなってしまったように思えた。

何があの子を自殺まで追い込んだのか、俺には到底理解できないのかもしれないとまで思った。


…なんで君は死んじゃったんだろうなぁ。


シャワーを浴びてすぐに、ぬいぐるみに話しかける。

やっぱり返事はなくて、元の位置に戻す。

もっと、あの子のことを知らなきゃなぁ。そう思って、眠りについた。

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