第11話

今までの何年分、俺は泣いたんだろう。

根本的な問題は解決していないのに。

君が生きていたいと、どこかに残り続けたいと、そう思っていたのがわかっただけでも、充分に泣く理由だっただろう。


でも今日は、泣きに来たわけじゃないんだ。

あの子は生きたかった。なのになぜ、死を選んだのか。解かなきゃいけない謎はそこだ。


分かった所で達成感があるわけでも、事件が解決したりするわけでもない。ただ、俺がこの先の人生を歩む為に、俺が俺でいる為に、必要だというだけ。


たったそれだけの為に始まった、あの子の痕跡を辿る行為。生きていたあの子が誰といて、何を思ったのか考える行為。そしてあの子が生きた証を、誰かと共有する行為。


それが、あの子が死んでからしてきたことで。

そのおかげで、あの子の死を受け入れていた。いつの間にか、すとんと収まっていた。


…だからあの子は、これを残した。誰かが忘れてしまって、誰かの思いが薄れても、ちゃんと思い出せるように。


あの子が生きたこの世界に、ちゃんと足跡を残すように。


「さ、行きましょうか。あの子のお墓」


暫くして、彼女は俺に声をかける。…恥ずかしながら遊具を降りる時、子供の頃より怖いと思った。

その変化は確かな成長で、俺が年を経たことを表していた。


「…携帯、変えようかな」


座標がズレたりするのは、今日みたいに時間のある時ならいい。だけど急がなきゃいけない時に、バグが起こったら取り返しがつかない。…それに、いつまでもこんな物を持っていなくてもいいと分かったから。


「次は何にしますか?新しく出るモデルとか?」


彼女は何故か、俺が考えるよりも俺のスマホのことを考えていた。…まぁ、決めてもらうに越したことはない。俺よりも詳しそうだし。カメラが〜とか、OSが〜とか言う彼女の話を半分くらい聞き流して、また道を進んでいく。


風が吹いて、上げていた髪が目にかかる。

そろそろ髪も切り時なのかもしれない。


俺が髪をいじっていると、彼女も前髪をいじり出す。


「私も髪、切ろうかな〜。何が似合うと思います?」


…同じような事を、あの子にも聞かれたような気がする。あの時はさぁね、みたいな答え方をした気がする。


「あ〜…ショートとかいいんじゃない?」


今だって、別に分かってるわけじゃない。

ただあの時何を聞かれたのかを理解しただけだ。

あの子は、自分に何が似合うかよりも、俺の好きな髪型を聞きたかったんだと思う。確証はないけど。


だから今、俺は自分の好きな髪型を答えただけ。それを選ぶか選ばないかは、本人が決めることだ。…これも、あの子が教えてくれたものだ。気づいた時には手遅れだったけど。


「ですかね?してみようかな〜!」


彼女は嬉しそうだ。

今はそれで良しとしよう。


霊園まではそんなに遠くはなくて、あっという間に見えてきた。落ち着いた雰囲気の場所だ。

俺達の他にも墓参りをしに来た人がいて、家族でも何でもない俺達が何だか場違いのように思えた。


その中に、1人で来たであろう女性を見つけた。


「…あら、円歌ちゃん」


…その人は、あの子のお母さんだった。

彼女はこんにちは、と挨拶をして、俺の紹介もしてくれた。

また近所のお兄さんという単語を用いて。…その通称は間違いなく、俺の本名よりも知れ渡っているだろう。


自分の娘が20歳を超えた冴えない男と会っていたことについて何も思っていないのか、ありがとうございました、と言われた。


「…あの子に会いに来てくれたの?」


…あの子のお母さんは、明らかに疲れて見えた。その笑顔は悲痛で、目を逸らしてしまいたかった。

だけど、俺は目を合わせて返事をした。


辛いのは、俺だけじゃないんだ。そう学んだから。

辛いのは、俺だけじゃない。だけど、辛いことを隠すわけではない。辛いことは辛い。それは変わらないから。


じゃあ、辛さの程度?そんな訳でもない。俺より辛いから俺は頑張るとか、そういうことでもない。


大事なのは、辛いと思う心だ。辛さを抱えているという事実だ。

それを分け合って、共に乗り越えて、俺達は幸せを目指していく。


「じゃあ、行きましょうか」


あの子のお母さんに連れられて、俺達はあの子が眠る場所へ向かう。

綺麗な花が供えられていて、よく来てるんだなぁと思った。


「…何故、ここを選んだんですか?」


気になっていたことを聞いてみる。

あの子のお母さんはお墓を洗いながら答えてくれた。


「遺言…というには、ぼんやりしていたような気もするけど、あの子のお願いでここにしたの」


やっぱりそうか。


「でも、何でここにしたのかは分からないんだけどね。こっちに来てからの方が、あの子は楽しそうだったし」


…何故ここを選んだのか。それはあの子にしか分からないようだった。結局、あの子にしか分からないことだらけなのかもしれない。


この霊園は高台の中腹にあって、あの子が登った遊具よりも空は近い。


「あの子は昔から、空が好きだったから。だから自分の知る中で一番高い場所で眠りたかったのかもね」


線香に火をつけながら、あの子のお母さんはそう言った。

煙がどこまでも昇っていくのは、煙草に似ている。小さい頃そう思ったのを思い出した。


「…じゃあ、お兄さんから。あの子になにか伝えてあげて」


俺は言われるがままに、あの子のお墓に手を合わせる。

…伝えたいことなんて沢山あって、でもどれも、君に生きていて欲しかったなんてどうにもならない話だから。


だから、将来のことを伝えようと思った。君が死んでからどうだったとか、それによって何を学んだとか、そんな話を。


君の名前も、君が死んだあとに知った。君の友達も、君が死んでから知り合った。人が死ぬ悲しさだって、君が死んで初めて経験できた。


君は生きていたんだよ。生きていたから、俺達にこんなに多くのものを残してくれたんだ。

だから、生きていて欲しかったなんて言ったりしない。

…生きていてくれて、ありがとう。出会ってくれてありがとう。


君に伝える言葉は感謝だ。それも、最大限の。

誰も責めたりしないから、安心して眠ってくれ。


君が夢見た空で何を想ったか、俺がそっちに行ったら聞かせてくれ。

俺もここで生きた話を、いくらでも聞かせてあげるから。

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