第6話

生と死は隣り合わせで、生きてる限り死が付き纏う。

そんな当たり前のことを、改めて実感する出来事が起こってから何日か経って、俺達は死を知ろうと奔走していた。


新幹線を降りる。電車に乗換える必要があるので、切符は2枚用意する。両方通すのが正解なのは昨日知った。

彼女も無事改札を通ることができ、無事時間通り乗り換えることができた。


電車の様子はこちらとあまり変わらず、変わっていることといえば席に空きが多いくらいだった。

俺が座ると、彼女は迷わず隣に座ってきた。


「普通に隣に座るんだ」


びっくりして、思わず声に出てしまった。彼女は特に気にしていない様子で、なぜ?という顔をしていた。


「いや、気にならないならいいんだけどさ」


そう言ってスマホに目を落とす。SNSを眺めるのは久々だった。

笑えるようなネタもなかったので、すぐにスリープモードにする。


「薊さん、古い機種使ってるんですね」


言われてみればもう何年もスマホを買い換えていないような気がする。毎年のように新しいものが出るので、その度に変えていてはキリがないと判断したからだ。


俺のスマホはだいぶ前の機種で、もう対応しないアプリがあるくらいに古かった。


「そういえばあの子も同じ機種だったような気がします」


俺は顔の温度が上がったのを感じた。

あの子を失いたくないあまり、機種変更をやめたのがバレた気がして。


「そうだっけ?」


内心を隠して、嘘をつく。こうやって瞬間的に嘘をついてしまうのは、昔から変わっていない自分の嫌いな所だ。


「同じ機種だから変えたくないってあの子は言ってましたよ」


彼女はにやにやしながら俺を見る。俺は恥ずかしさで俯く。


「でも、あの子とそういう話できなくなっちゃったなぁ…」


遠い目をする彼女が、自分よりも大人に見えてしまって、なんだか寂しい気持ちになる。


「あの子とはいつ知り合ったの?」


彼女は少し迷うような仕草をして、それから答える。


「あの子とは小学校から一緒なんです。といっても仲良くなったのは中学生になってからなんですけど」


中学生になってから、か。


小学生と中学生で大きく変わるところは、自他を考え始めるところだと思う。

自分がどのくらいの位置にいるのか、とか。人よりできることはなんだ、とか。

今まで考えたこともなかった事が、気になり出す時期。


「あの子、ちょっと不思議というか、人とズレてるところがあって」


俺は深く頷いた。


「だから、あの子の周りってあまり人がいなくて。私もあの子と同じように一人でいる時間が長かったから、話しかけやすかったのかなぁ」


これも中学生特有の感覚だ。とにかく他人の賛同が欲しいとか、友達のいない自分に劣等感を抱いてしまうこととか。


「そのうち、色んな事で気が合うなってわかって。気が合うことで喧嘩することも多かったですけどね」


彼女の目には、懐かしさと哀しさが同時に存在していた。


「あんなに…楽しかったのになぁ」


俺とあの子の思い出なんて比にならないくらいに、彼女の頭の中には沢山の思い出が巡っているんだろうな。


俺の抱いている感情とは別物だけど、でも俺の物よりも大きな感情が、彼女の心の中には存在しているんだろう。


「ほら、もうすぐ降りる駅ですよ」


彼女は自分の心を埋めている感情に見ないふりをするように、俯いた俺に明るく声を掛けた。


「そうだね」


俺は彼女のそういう態度を肯定するように、努めて明るく返事をする。


降り立ったホームは殺風景で、降りる人もまばらだった。

単線の両側にホームがあって、何個かベンチがあるタイプの、簡素な駅舎。


その先には民家が点々とあって、広々とした田んぼと、その先の風景を遮断する山々と、青々とした空が広がっていた。


「綺麗ですね…」


彼女の呟きと、俺の頭に浮かんだ言葉は同じだった。


自然との共存。それは、俺達の暮らす街にはないもので。正しく、ここにしかない風景だった。


人間が生活を営みやすいように削られた土地に、自らの存在を誇示するように聳え立つビル。そのビルの合間に、これで文句はないでしょとばかりに造られた自然。そういう街を生きてきた俺にとって、目の前に広がっている風景は雄大で、厳粛な雰囲気があった。


改札を抜けると、ロータリーらしきものがある。と言っても、バスとタクシーが何台か行き来するだけの、簡単なロータリーだ。周りにはコンビニと、喫茶店と、パン屋がひとつずつあって、どこも人が来ている様子はなかった。


ロータリーの先には、どこまでも続くように見える一本道があって、俺達はそれをなぞるように歩いていく。


「ここからどのくらい歩くの?」


聞くと、彼女はスマホのマップを見せてくれた。

それによると、どうやらあと20分程歩くらしい。


用事がない限り年中引きこもっている俺にとって、それは苦行以外の何者でもなかった。


「結構長い道のりになるので頑張りましょうね!」


彼女は元気に歩き始める。俺は後ろについて歩く。


いつだったか、あの子に少しは鍛えた方がいいと言われたことを思い出す。その日走りに行った時は、500mも走らないうちにあの子に置いていかれたっけ。


楽しい思い出だけでなく、辛い思い出もあるんだなぁと、他人事のように思う。ちゃんと分かち合いながら生きていたことが、今となっては嬉しいような、悲しいような。


「大丈夫ですかー?」


彼女が遠くから手を振る。俺も手を上げて、大丈夫だと返す。

そういえば、あの子と走った時に、母のことも思い出したんだった。


『諦めることは簡単だよ。でも諦めたら、物事の本質は一生見えない』


俺が中学生の時に言われた言葉だ。

うるさいな、そんなことわかってるよ。

俺はそんな風に返した気がする。あの時母がもう長くないと知っていたら、俺はどう返していただろう。

あの子のLINEの返事を考えた時みたいに、意味の無いことを考える。


でもその意味のないことを考えて、答えが出た時。未来の俺は損をしないかもしれない。大事なことを伝えられるかもしれない。しなくていい後悔を、しないままでいられるかもしれない。


そう思うから、俺は考えることを諦めきれずにいる。意味のないことだと切り捨てるのは簡単だけど、そうしていたらまた後悔するだろうから。


こうやって予期して、予想して、想像して、先回りしたって人間は後悔をする。何度でも失敗する。

誰かが歩いたレールをなぞってみても、結局は石に躓くか壁にぶつかる。


そうしてまた、根拠の無い誓いを立てる。『次は失敗しないぞ』と。


誰よりも挫折したし、誰よりも後悔した。

だから誰よりも強く思っている。『次は失敗しないぞ』と。


でも、次なんか無いんだ。

あの子のことが解決するまでは。


これは俺が選んだ道で、俺が諦めないと誓ったことで、究極の自己満足だ。


死んだ人間が死ぬ時何を考えていたかなんて、本人でさえも分からないものだろう。


一本道を外れ、長い長い田んぼ道に出る。

その先に一件だけある民家。それが、あの子のおばあちゃんの家らしい。


「本当に確認取らなくてよかったのかなぁ…」


彼女はおもむろにスマホを取り出し、誰かに電話を掛ける。

しばらく仲良さげに話をして、彼女は電話を切った。


「誰に電話してたの?」


聞くと、予想外すぎる答えが返ってきた。


「あの子のおばあちゃんです。今日話聞いても大丈夫ですかって聞きました」


俺は大袈裟なくらい笑って、まだ笑いを抑えられないまま言う。


「ここに来る前に電話したら良かったのに」


彼女は目を見開いて答える。


「なんで先に言ってくれないんですか!」


俺はあの子と、彼女の話がしたくてたまらなくなった。

君が死んだ理由は分からないけど、君が彼女と仲が良かった理由は充分わかったよ。


「もー!そんなに笑わないでくださいよ!」


俺達は笑顔で、あの子のおばあちゃんの家のチャイムを押した。

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