第12話 遭遇

 辺りに人の気配はない。

 崩れた瓦礫に、倒れた亡骸の数々。おびただしい鮮血にわずかに残る魔族の匂い。

 テネブリスは堂々たる態度で歩きながら、周囲の様子を伺う。そして現在持ち合わせている情報から、国を襲撃した正体を探る。


 この国、ウルグスはアルビオン帝国と比べると遥かに小さく、商店や住居の数も少ない。また、人口に至っては帝国の二割にも満たない弱小国だ。その大半が半日で殺されている事を踏まえると、単体の魔族で襲撃されたとは考えにくかった。


 そして人間のみならず、建物をも破壊する力を持つのは下級魔族ではありえない。数体、もしくは群れをなした魔族。そして最低でも中級以上の魔族――。


 そこまで考えを巡らせた時、周囲から浴びせられるねちっこい視線を感じ取った。


(この視線……魔族か)


 その場で立ち止まり、腰に収めた漆黒のに手をやる。

 すると、周囲の物陰から人間の子供ほどの大きさの魔族がテネブリスを囲うように現れた。その数は五体。醜悪な薄ら笑いを顔面に貼り付けている。


(ゴブリン……か。この国を襲った……にしては数が少ない。ただの残党だな)


 テネブリスはゴブリンに視線をやるが、その表情は優れていない。まるでハズレくじを引いたような物足りなさすら感じた。


「おい、勇者ぁ! この国の人間はもう全員死んだぞ! 一足遅かったなぁ! ヒヒヒヒヒ」


 ゴブリン達は癇に障る高い声で嘲るように笑う。

 数的有利な状況を理解しているのか、ゴブリン達は油断だらけだ。

 しかしテネブリスは全く意に介さない。この国の人間がどうなっていようが、そもそも最初から気になどしていないからだ。

 テネブリスの目的はただ一つ。ゆえに淡々とゴブリンへ詰め寄り、口を開いた。


「ゴブリン共、よく聞け。私は魔王、テネブリス=ドゥクス=グラヴィオールである!」


 威風堂々たる所作で、我が名を宣言する。

 魔族の頂点に立ち、数々の強大な配下を抱える凄惨たる魔王、その名だ。

 絶対的な畏怖を象徴したその名を聞くだけで、多くの魔族は平伏し、頭を垂れ、忠誠を誓う。

 驚きの表情でテネブリスを見つめるこのゴブリン共もそうなるだろう、と自信満々に薄笑いを見せるが、ゴブリンが見せた反応によってその自信は消え失せた。


「はぁ? 何言ってんだコイツ? どこからどう見ても勇者じゃねぇか! ヒヒヒヒ、笑えない冗談だぜ!」


 ゴブリンは馬鹿にしたような表情で煽る。しかし、テネブリスは表情を崩さない。

 たかがゴブリン。未来永劫、自らの配下に加える事もない下級魔族の戯言など、テネブリスにとっては何も意味ももたない。


「ふん……やはりこの姿ではそう思うか。ならせっかくだ、実験に付き合ってもらおう」


 そう言うと、テネブリスは凍てつくような笑みを浮かべた。

 そして漆黒の鞘から伸びる柄に手をかけ、ゆっくりと鞘に収められた中身を露わにする。

 現れたのは切っ先まで全てが黒く染まった刀身。形状こそただの小剣ショートソードだが、光さえも反射しないその暗黒は、尋常ならざる魔剣の雰囲気を漂わせる。


「退魔の剣・ニゲル……魔族のみを斬ることができる忌むべき魔剣。よもや私がこれを手にする事になろうとはな……」


 漆黒の剣を構えたテネブリスに、ゴブリン達はただならぬ威圧感を感じ取る。

 先程までの薄汚い表情を一変させ、すぐさま戦闘態勢を取った。


 五対一、数だけ見れば有利ともとれるゴブリン達はじわじわと距離を詰め寄り、攻撃の隙を伺う。

 相手は勇者、数で勝っていても油断はできない相手。先程まで殺していた人間とは訳が違う。

 そう考えていたゴブリンは慎重に間を詰める。


 ――しかし、慎重すぎた。


 テネブリスはゴブリンの一体に近づく。まるで散歩でもするかのように。

 いとも容易く接近すると、漆黒の刃をゴブリンの首元に突き刺した。直後、その首元から鮮血が吹き上げる。


 あっという間に一体を屠ったテネブリスは冷笑していた。その笑みは勇者が浮かべるにはあまりにも冷徹で、恐怖すら感じさせる。


 突き刺した剣をすぐさま引き抜き、崩れゆくゴブリンを見下したテネブリスは確信する。


(やはりだ……フフ、フフフ…………)


 ゴブリンを殺した直後、テネブリスの身には微量の魔力が宿った。

 オーガを殺した時と同じ感覚だ。

 身の内から湧き上がってくるような感覚。

 どこか懐かしさを覚える感覚。

 ひいては、"凄惨たる魔王テネブリス=ドゥクス=グラヴィオール"の残滓ざんしを感じさせるもの。


 そこから導き出された一つの答え。

 それは――――魔族を殺せば、かつての魔力が戻る……殺せば殺すほど、かつての力を取り戻せるということだ。


「フフフッ、フフハハハハハハハ!!!!」


 急に不気味な笑い声をあげたテネブリスに、ゴブリン達は思わず怯む。

 その隙を突くように、邪悪な笑みを保ったまま凄まじい勢いで近づく。

 接敵の刹那、漆黒の剣を二度振るうと、瞬く間に二体のゴブリンが血を吹き上げながら倒れた。


 身に纏っている白金の鎧は、ゴブリンの返り血で真っ赤に染まっている。

 血が滴る剣先を、まだ生き残っているゴブリンに向けると、邪悪な笑みを零す。そのおぞましさは、さながら凄惨たる魔王を彷彿とさせる。


「フフフ……さて、貴様で最後だ。おとなしく私の糧となるがよい。ゴブリンとて魔族の端くれ、ならその王に身を捧げるのは本望だろう? フフフ、フフハハハハ!!」


 ただならぬ狂気に、ゴブリンは一瞬で恐怖を覚える。目の前に迫る死から逃げ出そうと、慌てて背を向ける。

 しかしその直後、ゴブリンの背後から冷たい感覚が迫る。

 短い金属音が一瞬響いた後、ゴブリンは生命の終わりを迎えた。


 テネブリスの足元には、胴体が半分に切り裂かれた二体のゴブリンが横たわっている。その死体を見下すと、口元に飛び散った血飛沫を舌舐めずりした。


(もっと……もっとだ! もっと殺さねばかつての力には程遠い! 雑魚の魔族なんぞいくらでも替えが利く……そう、全ては私が魔王として再臨する為に必要な犠牲なのだ!)


 テネブリスは目を見開いて、決意する。

 凄惨たる魔王の復活、その日をこの手で掴み取る為に。


 そして、血が滴る漆黒の魔剣を振り払い鞘に収めると、糧となる魔族を求めて再び歩き出した。

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