ロサ森林編

第11話 錯綜する思い

 あれから馬車は休むことなく走り続けている。

 普通の馬なら、ある程度の距離を走る毎に数十分の休憩を挟むだろうが、この馬は違った。

 というのも、蹄にあてがう様に装備された魔装具が、馬の疲労を限りなくゼロにしていたからだ。

 馬自体は他の馬と特に変わりはない。しかし装着させてある魔装具が、この馬を特別な馬に仕立て上げていたのだ。


 その馬車に揺られながら、テネブリスは荷車に備え付けてある小さな窓から外の様子を伺う。

 遠くに見える空は薄明が広がりつつあった。この様子では、じきに朝日が顔を出すことだろう。

 クラルスいわく、明け方には目的地へ着く手筈となっている。

 つまり、目的地のウルグスまでは、もうすぐそこという事だ。


 テネブリスは視線を車内に移し、隣で眠ってるアルキュミー達を横目に入れる。そして口元に手をやりながら、ある違和感を抱いた。


 ――静かすぎる。


 襲撃を受けたにしてはこの静けさはおかしい。早朝という時間を考慮しても、その静けさは異様だった。

 テネブリスはかつてのとしての経験から、この静けさの理由をおおまかに予想する。

 恐らく生存者はいたとしてもごく僅か。物資や食料も荒らされているか奪われてるかのどちらかだろう。そしてこの静けさ、襲った魔族の大半は既にこの国から引き上げているだろう。とすると――


 視線を再び外に移し、テネブリスは冷静に結論を出す。


 ――この国はもう、終わっている、と。



 * * *



 やがて馬車の進む速度が落ちる。ゆっくりと動きが止まった事で、目的地に到着したことを悟った。

 アルキュミー達も馬車の僅かな動きの変化で浅い眠りから覚め、荷車の窓から外の様子を確かめる。


「着いた……けど、なんか静かね」

「あぁ、まるでもぬけの殻だ」

「この静けさ……逆に不気味ですね」


 流石は勇者の仲間というべきか、アルキュミーら三人もこの静けさに違和感を感じている。しかし、テネブリスは意に介さずそそくさと馬車から降り立つ。

 外へ出ると、早朝らしい澄んだ空気が鼻孔をくすぐる。だが、その空気の奥には今まで幾度となく嗅いだ凄惨な匂いが紛れているのを、テネブリスは見逃さななかった。


 その匂いを辿り、細々とした木々が並ぶ砂利道をしばらく進むと、テネブリスの視界に無残なウルグスの現状が目に入る。

 国境であっただろう重厚な門扉は跡形もなく崩れ去り、その奥にはおびただしい血と倒れた人間で地面が埋めつくされているのが見えた。そこからは鼻を刺すような異臭が漂ってきている。

 馬車を降りた時にほのかに感じた、凄惨な匂いの正体だ。

 やはりか、とテネブリスは眉間にしわを寄せる。


 少し遅れてアルキュミー達がやって来ると、飛び込んできたその無残な光景に両手で口を覆うようにして言葉を失った。

 溢れ出る無念さを滲ませながら、フェルムはクラルスに祈りを捧げるよう促す。


「くそっ、間に合わなかったか……! クラルス……祈りを捧げてやってくれ……」


 フェルムの言葉に軽く頷き、クラルスは聖なる祈りを捧げる。

 神官である彼女の責務であり、悲惨な死を遂げた者への最期の慈悲だ。


まつろわぬ魂よ、安らかなる祈りを以て、正しき在り処へ還り賜え」


 祈りが終わると、俯き加減でアルキュミーが重い口を開いた。


「まだ生存者がいるかもしれないわ……早く見つけて助けないと……!」

「それに、何の意味がある?」


 間髪入れずに疑問を呈したテネブリスに、アルキュミーは感情を抑えきれず食ってかかる。テネブリスは故意なく言ったつもりだったが、彼女の耳には勇者としてあるまじき発言に聞こえたのだ。


「あなた……それでも勇者なの!? まだ生きている人がいるのなら助けるのが務めでしょう!?」

「私は勇者ではない、魔王――」

「それはもういいわよ! 人として、助けられる命があるなら助けたいと思わないの!?」


 声を荒げるアルキュミーに対し、テネブリスはいたって冷静に言葉を返す。だが、その表情は冷徹なものだった。


「なら言わしてもらうが、今ここで仮に五十人の命を助けられたとして、その人間を一体どうする? こんな崩壊した国で、人間の命だけ助けた所で何の意味も持たぬ。それとも貴様らがこの地で、助けた人間どもを養うとでも言うのか?」

「それは……!」

「ここへ来た目的は魔族の討伐だ。それが成されていない今、むやみに人助けをするなど浅はかな偽善に他ならないであろう」


 テネブリスの客観的で冷酷な正論に、アルキュミーは唇を噛んで言葉を詰まらせる。頭の中ではそれは理解しているつもりだ。しかし理性と感情とは相反するもの。こんな悲惨な町を前にして、平然としていられる訳がない。


「ルクルースの言う事もわかる。だが、もし生存者がいたとしたらその人を見捨てる訳にはいかねぇ。それに、ここを襲った魔族の情報も得られるかもしれないからな」

「えぇ、そうですね。フェルムの意見に賛成です」


 アルキュミーの意見に賛同するかのように、フェルムとクラルスが割って入る。

 二人とも、決意は固いようだった。

 揺るぎない瞳で真っ直ぐに見つめられたテネブリスは、視線を逸らすように後ろを振り返る。


「ふん……なら好きにするが良い。お人好しには付き合っておられぬ」


 その言葉を言い残し、テネブリスは一人で瓦礫が散乱する街中を歩いていった。


「……ちょ、ちょっと! ルクルース!」


 アルキュミーの呼び掛けに立ち止まることなく、テネブリスはどんどん遠く離れていく。そしてその姿は朝焼けに消えていった。


「よせ、アルキュミー。多分ルクルースは、まだ潜んでいるかもしれない魔族を一人で請け負おうとして、わざと俺たちを遠ざけてるんだ。あいつの意思を汲んでやれ」

「そ、そんな…………」

「えっ……そうだったんですか!? ちょっと軽蔑してしまった自分が恥ずかしいです……」

「あぁ、だから俺達は生存者を探そう。手分けした方が効率がいいしな」


 フェルムから聞かされた思惑を聞き、アルキュミーは居ても立っても居られずにテネブリスが消えていった方角へ走り出す。だがその思惑は、テネブリスの意図する所では全くないのだが。


「……もうっ、ルクルースったら!」

「ちょ、おい! アルキュミー! どこ行くんだ!」


 フェルムの呼びかけもまるで聞こえていないように無視し、次第にアルキュミーの姿は遠くになっていく。

 残されたフェルムとクラルスは互いに顔を見合って、小さくため息をついた。



 * * *



 アルキュミーは、テネブリスの後を追いながら頭の中で後悔の念を抱く。


(ごめんなさい、ルクルース……! 仲間の私が……婚約者である私が……あなたの考えに気付いてあげられないなんて……)

 

 泣きそうになる気持ちと、婚約者の不器用な思いやりに心を震わせながら、暁に染まる無残な街並みを走る。

 悲惨な光景に思わず目を背けたくなるが、勇者の仲間として目の前の現実から逃げる事はしない。


「待ってて、ルクルース……今度は私が、あなたを守る番よ……!」


 アルキュミーの紺碧の瞳に、愛する者を守る決意が宿る。その美しい瞳は暁に照らされ、緋色が混ざった壮麗な輝きを放っていた。

 



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