第1章 勇者と魔王
1章 第1話
「おいっ、誰か居るか!? 怪我人が……!」
突然激しく扉を叩きつける音と女性の焦る声が、店内中に響き渡った。木製である扉には、鍵がかかっている。店主であるパルスは、品整理を中断して急いで扉へと向かう。
「こんな時間帯にどうしたんだ……!?」
時刻は午前三時。パルスにとっては、午前六時の開店に向けて品物を整理する時間帯。とは言っても、一日に来店する客の数は平均で二、三人なのだが……。
ドンドンッと激しく連打される扉前に立つと、パルスは勢いよくドアノブを回す。否や、血だらけの美男と、それを肩で支える美女が瞳に映った。どちらも金髪で、身長も百六十五センチと同じくらい。皮服を纏った二人の腰には、黄金に輝く長剣がぶら下がっている。ぱっと見、双子の兄妹剣士なのかと思える。
「うわ。す、すごい怪我だ……。とりあえず中に入りなさい」
「あ、ありがとう……、ございます……」
血だらけの美男は、微かな呼吸と共に言葉を吐き出した。こんな男の腹部を視界に映して、パルスは絶句する。
「えっ、腕?」
なんと紫色の右腕が、腹部を貫通しているのだ。美女の腕ではなさそう。美男の腕でもなさそうだ……。パルスは唖然としながら、再び唇を動かす。
「えっ、何ですかこれ……?」
「腕だぞ」
「えっ?」
「腕」
美女が何食わぬ顔で答えた。
「いや、腕って……。僕、これをどうすれば。とりあえず、近くの医療所とかに行った方が……」
パルスが常識的な返答をするなり、美女がぐわっと目を見開き声を荒げる。
「ここから医療所までは三十分ほど……。到着する前に、セデンが死んでしまう! どうか、先生。助けてください……!!」
セデンとは、美男の名前だろう。医療技術など全く知らないパルスは、この返答に頭を悩ませる。
「どうすれば……。そもそも、どうしてこの店に助けを求めて来たんです……?」
「いや、近かったからだぞ。それ以外に理由があるとでも……?」
(この女、なんか性格悪い……! 今すぐ追い出してやろかな)
パルスが内心そんなことを思っていると、セデンが虚ろな瞳で口を動かしはじめる。
「まだ尽きるわけにはいかぬのだ……。どうか、この私の命。延命してくれないか。代金なら、いくらでも払う……」
「延命ですか……。延命をすれば良いんですね? そして、いくらでも代金をくれると……」
「あ、あぁ……」
「うーん。まぁ、この出会いも運命だと思いましょう……。この店にある魔道具を使って、なんとかしてみましょうか」
現在、パルスはお金に飢えていた。今は、お金こそが正義なのだ。お金をたんまり稼ぐチャンス。
パルスは、近くの棚上に並べていた魔道具を一つ手に取る。透明な小瓶に入った緑色の液体。とても希少な品物だ。
「代金は、あとでしっかりと請求しますからね」
パルスは微笑を浮かべながら小瓶の蓋を開けると、美男の腹部にチョロチョロと垂らす。刹那、みるみる内に傷口が再生していく。
「おぉ……、これはすごい! 傷がどんどんと回復していくぞ。なんだこの薬は!?」
美女が嬉々とした表情で問いかけた。自信に満ちた顔でパルスは答える。
「蝦蟇仙人という魔物の油です。前に、近くに住んでいる戦士さんが売りに来てくれたんですよ」
「蝦蟇仙人とな……。そんな魔物が存在するんだな。長らく旅をしているが、初耳だ」
「まぁ、珍しい魔物なんでしょう」
「うむ。我の知らぬ魔物もまだ存在していたのだな……」
美女が渋い顔で頷いていると、傷が急激に癒えた美男が唇をゆっくり動かしはじめる。
「すごい。痛みが消えた……」
「それは良かった」
「だが、腕が……。私の身体の一部になってしまったな」
「えっ、その腕。生まれつきじゃなかったんですか?」
「そんな訳ないだろう!? 私は魔物か!」
「でも、まぁ……。延命を果たせて良かったじゃないですか。とりあえず、約束の代金をお願いします」
「う、うむ……」
セデンは渋った顔で、ズボンのポケットに手を入れてがさごそとする。そして、金色に輝くコインを一つ取り出した。
「な、何ですかこれ……?」
「勇者パーティの証だ」
「えっ、いや。それ要らないです。魔道具屋として、店構えちゃってますし……。てか、貴方勇者だったんですか!?」
「そうだ! 私は勇者だ。旅についてこい。この腕が身体から離れるまで、私についてこい。責任とれ」
「えっ、いや……。急にそんなワガママ言われても……」
パルスが苦い顔をしていると、突然地面が大きく揺れはじめる。
「わっ、なんだ!? 地震ッ?」
「いや、この気配……。きっと魔王!」
「えっ、魔王!?」
魔王とは、この世界を支配しようとしている凶悪な魔物。街を燃やしたり、池の水を全部飲み干したりっと、パルスはそんな噂を多々耳にしている。
美女の口から放たれた言葉に頬を強張らせていたら、頭上からパラパラと木屑から降り落ちてきた。なんだっと頭上を見上げると、天井が全て剥がれて夜空に輝く月が顔を出している。
「ちょっ、おいおいおいおい!! 僕の店が!? 魔王とか勇者とかよく分からないが、僕をその闘いに巻き込まないでくれっ!!」
「何を言っている。私らは、もう仲間だ」
「いや、いつなった!?」
「とにかく今は、ここから離れよう」
セデンは言うと、パルスの腕を強く引っ張って店の外に飛び出した。
「いや、まだ中に女の人が……!」
「あいつなら大丈夫さ……」
自信満々な発言に対し、パルスは少々瞳を輝かせて問う。
「おぉ、なんかすごい技とか使えたり……?」
「いや、そんなもの使えない。あいつはただの囮だ」
「はぇ……?」
パルスが気の抜けた声を漏らすや、セデンが腰にかけた黄金に輝く長剣を引き抜いて叫ぶ。
「ファイナルソードッ!!!!」
「いや、名前ダサッ!!」
パルスがツッコミを入れるや同時に、空を切り裂く斬撃が店を真っ二つに切り裂いた。それを視界に、セデンは剣を鞘に収めながらフッと笑みを浮かべる。
「また、つまらないものを斬ってしまった……」
「お前の剣折るぞ!?」
パルスが店を潰された事に腹を立てていると、塵が舞う中から黒い翼を生やした爬虫類系統の魔物が姿を現した。魔物はガラついた声で、パルスたちに語りかける。
「腕を取り返しにきた……。その腕の魔王因子を追って来たのだ。早く、返してもらおうか」
「ふっ、魔王の手先か……」
「こいつ、魔王の手先なのか……?」
セデンの発言にパルスが固唾を飲んでいると、目前の魔物が目を見開いて声を荒げる。
「いや、魔王だよ!? 顔を忘れたのか。見ろこの右手腕!?」
「右腕なんて無いじゃないか……!」
「そうだよ。急に家に泥棒が来て、斬られたんだよ!! うん。お前にな、勇者!! 早く返してくれ……!」
「泥棒……? ちょっ、どゆこと??」
「あまり気にするな」
「いや、気にするぞ……!?」
パルスとセデンが会話をしていると、魔王が大きな声を上げて白目で突然倒れこんだ。
「えっ、どうしたんだ!?」
素早く声した方へと顔を向けると、そこには魔王を踏んづけて嬉々とした笑みを浮かべる美女がいた。
「よし! セデン、逃げるぞ……!!」
「おう……!! っと、魔道具屋の店主さん。旅に準備は必要不可欠。全て整ったら、万能通りとやら場所に来ると良い」
台風のような二人はそれだけ言い残すと、パルスの前から駆け足で去って行った。
魔道具屋へおいでませ! めーる @meeru
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