あなたとわたし

ツキとエネは紅葉の終わりを迎えたこの時期に田舎の道を歩いていた。少し冷えた風邪を肌に感じながら山に向かって歩いている。ツキはエネを見てから、自分の両手のひらを見つめた。


「ねぇ、エネ。」

「どうしたにゃ」

「私はだれ?」

「…ついに頭もゾンビ化したにゃ?」

「そうそう。かなり凶暴化してきたから、あんたの尻尾あたりに気をつけてね。…ガスバーナーがこっちの方に…。」

「尻尾を燃やしちゃダメにゃ!そんにゃ都合よくガスバーナーは無いにゃ!」

「じゃあ、ちゃんと答えなさいよ。」

「ツキはツキにゃ〜。」

「そうなんだけど、ツキって名前は親からもらったモノでしょ。」

「そうにゃ。だからツキはツキにゃ。」

「でももし私の親が私にマメって名前を付けてたら、私はマメでしょ?」

「そうにゃ。その時はマメにゃ。」

「じゃあ、名前は後から付けた人を区別するための認識番号みたいなモノって事になるわよね。」

「みたいにゃモノというか、そういうことにゃ。」

「うん。だから名前は私じゃなくて、私を指し示す言葉。じゃあ、私を私としているものはなに?」

「猫にそんにゃことを聞くにゃんて、相当悩んでるにゃ?」

「そうね、駄猫にこんな事を聞くほど暇なのよ。」

「ツキの言う私って何にゃ?」

「私って私じゃない。今この駄猫と話してる私よ。自分の意思で自由に体動かして、考えて話している私のことよ。」

「そのツキの意識を証明できるにゃ?」

「証明なんて出来るわけ無いじゃない。私って意識を誰かと共有出来る訳じゃないし。」

「そういうことにゃ。私にゃんてのは幻想にゃ~。」

「幻想ねぇ…。…エネはいつから意識があるの?まるで人間のように話しているじゃない。」

「同じ質問をツキにして答えは出るにゃ?」

「出ないわね。…意識が出る前からの記憶があったりするし、その記憶は覚えようと意識して覚えたことじゃないし。」

「私とか自己っていうのは概念にゃ。」

「概念…って言ったって、私の意識はあるじゃない。証明は出来なくても、私はここにいる!」

「例えば地球上にいる人間…いやゾンビがツキだけだとしたら、そこに私もあなたも概念として生まれないにゃ。ツキが初めて人を発見した時に『あなた』という概念が生まれ、その後に『わたし』という概念が生まれたはずにゃ。」

「うん…。」

「ツキが自分のことを私と思えているということは、他人との繋がりがあることの証明にゃ。」

「他人との繋がり…それが私を形成してる。」

「あろーん、ぼくらは~それぞーれのおはにゃを~」

「…鉄の棒で叩けば止まるかな?」

「心臓はもう止まってるにゃ!暴力反対にゃ!」

「私なんて無いってこと?」

「私がにゃいってことを証明するのも難しいにゃ。」

「そっか…。エネが概念とか幻想って言ってるのはそういうことなんだね。」

「人間は自己を幻想にしないために意識を証明しようとしてるのかもにゃ。」

「脳科学とか脳神経科学とかはそういうのが根本にあるのかもね。」

「…人は怖がっているんだと思うにゃ。」

「怖がってるって何に?」

「意識が幻想だとしたら、人の定義とか生きる権利とか、生きる意味とか全部意味ないにゃ。」

「…そうか、人は意識とか自己を証明できないほうが幸せかもしれないね。」

「そういうことにゃ~。」

「なんか一番近くにあるのに、何にもわかってないんだね。」

「人は大体そんなものにゃ~。だからこそ愛だとか友情だとかを大切にできるんだにゃ。」

「…愛も友情も自分だけでは持てない。自己とか意識とかは他との関係とか繋がりのみで生まれるものなんだ。」

「ツキがツキなのはツキがツキだからにゃ~。」

「もう!また訳わからないこと言って!」

「そんな風に怒るのもツキがツキだからにゃ~。」

「あー!うるさい!この駄猫!少し考える時間を頂戴!」

「時間は腐るほどあるにゃ~。肩の力を下ろしてゆっくり考えるにゃ~。」

「そうだよね…。時間は腐るほどあるから、ゾンビ化した猫を発酵させたらどうなるか実験してみよう。」

「やめろにゃ!発酵と言う名の放置プレイにゃ!」

「えっと…縄と石と塩でいけるかな?あ、壷が必要か。」

「動物愛護教会はどこにゃ~!」

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ツキとエネ アラヤス @pandalight

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