化け物バックパッカーのふたりだけのハロウィーン

オロボ46

人から恐れられる変異体は、自らをハロウィーンの怪物に例え、夢を見せる。




 道の隅に置かれたジャック・オー・ランタンが照らす、薄暗い森の中。




 暗闇の中で聞こえた声は、なにかに対してたずねてみた。




「ネエ“坂春サカハル”サン、ハロウィーンッテ……ナニ?」




 とても人間のものとは思えない。例えるなら、亡霊のような震えた声で。




 その声に答えるように、普通の老人の声が聞こえてくる。




「毎年10月31日に行われる祭りだな。カボチャでランタンを作ったり、モンスターの仮装をして楽しむんだ。ウワサによると、この先にある街のハロウィーンはもっとも素晴らしいとのことだが……“タビアゲハ”はどう思う?」




 声とともに、ひとつの明かりが見えてきた。




 明かりが大きくなるにつれて、ジャック・オー・ランタンはふたりとアイコンタクトを取ることができた。




 最初に見えたのは、恐らく“坂春”と呼ばれた老人。顔はフランケンシュタインの怪物よりも怖いかもしれない。

 服装は派手なサイケデリック柄のシャツに黄色のデニムジャケット、青色のデニムズボン、頭にはショッキングピンクのヘアバンド。

 そして、その背中には黒いバックパックが背負われている。彼はフランケンシュタインの怪物ではなく、俗に言うバックパッカーである。


 もうひとりは、“タビアゲハ”と呼ばれていたであろう黒い影。

 その影は全身を黒いローブで身を包み、顔も亡霊のごとくフードを深く被ることで隠している。体の形をよく見てみると、女性の体つき。しかし、興味深そうに周りを見るしぐさは、まるで少女だ。

 坂春と似たバックパックを背負っていることから、彼女は老人とともに行動しているのだろう。亡霊でなければ。




 道を照らすジャック・オー・ランタンの数が増えていくにつれて、坂春は手に持っている懐中電灯の明かりを消す。




 坂春の言葉の答えを出そうと首をひねっていたタビアゲハは、ふと木を見上げた。




 木の上に立っているフクロウは、タビアゲハを見ている。




 歓迎しているのだろうか。




 この街へようこそ、と。






 街の中へ入ったふたりは、紫色の街灯に照らされた石畳の道を歩く。


 横に立ち並ぶ石造りの建物は、この街の歴史を語っているようだ。


 建物の窓から漏れている明かりは、ふたりを歓迎しているかのように、紫色に光っていた。




「紫色……奇麗ダネ。コレモハロウィーンダカラ?」

 

 街の景色に見取れるタビアゲハに対して、坂春は違和感を抱くように眉をひそめていた。

 

「いや、ハロウィーンで家の明かりを紫色にするなんて、聞いたことがないが……まあ、それはこの街の特色で説明がつく」



 

 坂春はふと、歩みを止めた。


 


「それよりも気になることは……人の姿が見えないことだ」



 

 疑問に思う声が、静かな夜道に響き渡る。


 ふたりの他に、人影は見られなかった。


「モシカシテ……家ノ中デハロウィーンヲシテイルトカ?」

 

 タビアゲハは振り返って、意見を述べる。

 

「疫病が広まっているのならわかる。しかし、それならばとっくにウワサで耳をし、わざわざ立ち寄らないのだが……」



 

 坂春は急に声を出さなくなった。




 そして、バランスを崩したように、道ばたに倒れた。




 タビアゲハは慌てて坂春の元に駆け寄り、彼の体を揺する。

 

坂春サカハルサン!? ダイジョウブ!?」

 

 タビアゲハは坂春の心臓に耳を当てる。ちゃんと動いている。

 続いて坂春の口から息をしているか確かめる。気持ちよさそうに二酸化炭素を出していた。

 

「……モシカシテ、寝テル?」

 

 タビアゲハはこれからどうすればいいか、困惑したように辺りを見渡し始めた。




 その後ろを、何者かが近づいてくる。




 タビアゲハに気づかれないように、1歩、また1歩と。




「?」

 

 タビアゲハが振り返っても、石畳の道以外にはなにもなかった。


 「……」


 いや、なにもないはずがない。

 タビアゲハの足元には、石畳の模様をした何かがうずくまっている。たんこぶのように膨らんだその様子は、大きさからみてもまるで布団の中でうずくまる幼児のようだ。


 黒いローブの先から見える、鋭いツメ。タビアゲハはそれでうずくまっているものをつかんで引っ張ってみた。


「!?? アヴァヴァヴァヴァヴァ!??」


 マンドラゴラのような甲高い声が、町中に響き渡った。

 それでも、家から誰かが出てくることもなく、道ばたで寝ている坂春が目覚めることはなかった。

 タビアゲハがつかんだものは、石畳の模様の布きれ。その縁を必死につかみ、わずか数センチ浮いているぐらいなのに落ちてたまるかと足を動かしている者がいた。


 背丈は80cmほど。頭部の表面はオオカミ男のように毛で覆われている。

 しかし、首から下は人型のようだが、根っこのように細い。オオカミの首から根っこが生えているみたいだ。


 タビアゲハがそっと下ろすと、根っこのオオカミは細い足で地面に降り立ち、布きれで頭を隠す。

 

「ネエ……君ハ……」


 首をかしげながらたずねようとすると、根っこのオオカミは布きれを大きく上げる。



 

「トリック・オア・トリート!!」



 

「……」


「……ヤッパリ、驚カナイ?」

「ウン」


 ふたりの間に、微妙な空気が広がった。




「ネエ、君ッテゴーストサン?」


 根っこのオオカミにたずねられ、少女は首を振った。


「エー、ホントニー?」

「一応、坂春サン……コノオジイサント旅ヲシテイルノ」

「フーン、デモドウシテ体ヲ隠シテイルノ?」


 タビアゲハは、顔を覆い隠すフードを上げた。




「私……“変異体”ダカラ……ソレヲ他ノ人間ニ知ラレタラ……イケナイカラ……」




 影のように黒い顔にロングのウルフカット。眼球と呼ばれるものは存在せず、まぶたの開かれたその目は、青い触覚。この世界では変異体と呼ばれる化け物。

 その奇怪でありながら整った容姿は、まるで人型のアゲハチョウだ。


「ヘエ、ゴーストト思ワセテ実ハチョウダッタ」


 根っこのオオカミはタビアゲハの触覚、そして首から下の黒いローブを興味深そうに見て、関心したようにうなずく。


「イイ“仮装”ダネ」


 タビアゲハは言葉の意味がすぐに出てこず、瞬きを繰り返した。瞬きと言っても普通の人間とは違う瞬きであり、まぶたを閉じる直前に引っ込み、開けると触覚が飛び出るというものだった。


「ア、仮装ッテ、ハロウィーンノ?」

「ウン。オイラハオオカミ男! 体ハ細クテモオオカミ男ダヨ!」


 根子の狼はその場で飛び跳ね、「ガオウ」と大きく口を開けてみせた。


 その怖さとは無縁の、愛らしいしぐさにタビアゲハは口に手をあてて笑った。


「ソウイエバ、ドウシテ人ガイナイノ?」


 タビアゲハは先ほどから気になっていたことを質問してみた。


「ア、ソレハネ……オイラガ眠ラシテイルンダ」


 根っこのオオカミは、近くにあった紫色の電柱を指差した。


「紫ノ光ハ全部、オイラノ細胞ダヨ」

「細胞ッテ、体ノ一部ダヨネ。変異体ハ体ヲ千切ッテモダイタイハ再生スルケド、ドウヤッテ入レタノ?」


 タビアゲハが首をかしげると、根っこのオオカミは得意そうに自分のハナをこする。


「オイラノ母チャン、コノ街ノ市長ナンダ!」

「ソノオ母サンガ細胞ヲ電球ノ中ニ入レタノ?」

「ウン。ア、ソンナコトヨリモ、コノ人ヲオイラノ家ニ連レテ行コウヨ!」


 根っこのオオカミは、すっかり熟睡中の坂春を指差した。


「ア、ソッカ。コンナトコロデ寝テイタラ、風邪ヒイチャウ……」


 タビアゲハは坂春のワキをつかみ、引きずり始めた。




 市長の家に入り、紫色の明かりに照らされながら、坂春を引きずるタビアゲハは忍び足で廊下を進む。


「ヤッパリ……紫色ノ光ッテ……フシギナ感ジガ……スルネ……」

「ドウシテヒソヒソ声ナノ?」


 根っこのオオカミに声の大きさを指摘されて、タビアゲハはすぐ近くにある、閉じられた扉に触角を向けた。


「寝テイル人ヲ……起コシチャッタラ……イケナイッテ……思ッテ……」

「ダイジョウブダヨ。紫ノ光デ眠ッタラ、朝マデ絶対ニ起キナイモン」


 試しに大声で叫ぶ根っこのオオカミ。

 それでも、閉じられた扉から誰かが出てくることもなく、老人はもちろん目覚めなかった。


「ソウナンダ。デモ、ドウシテ起キナイノ?」

「ミンナ、ハロウィーンヲ楽シンデイル夢、見テイルンダヨ」


 その説明に、タビアゲハは自分なりに納得したようにうなずいた。

 

「ソレジャア坂春サンモ……」

「グッスリシナガラ、夢デハロウィーンヲ楽シンデイルヨ。ダカラ早ク布団ニ入レテ、オイラタチモ遊ボウヨ!」

「……ウン、ソウダネ」


 タビアゲハは坂春の運搬を再開した。











 

 坂春を布団の中に入れると、ふたりは家を飛び出した。




 時に石畳の上を走り、




 時に屋根の上を飛び回り、




 かけっこ、鬼ごっこ、かくれんぼなど……




 ふたりだけのハロウィーンは、紫色に染まった街で行われた。







 




「屋根ノ上ヲ走ルナンテ、最初ハビックリシタケド……慣レタラ簡単ナンダネ」



 

 屋根の上で一息つくタビアゲハ。

 その隣で、根っこのオオカミはため息をついていた。


「……ドウシタノ?」


 心配したタビアゲハに対して、根っこのオオカミは「ン? ア、ナンデモナイ」と首を振った。


「タダ、時間ガ立ツノガ早イナーッテ思ッタダケダヨ」



 

 東の空に、青みが現れた。


 それとともに、街灯や家の明かりから紫色が薄くなり始めている。




「ハロウィーンデ仮装スル理由、知ッテル?」


 根っこのオオカミの言葉に、タビアゲハはすぐに首を振る。


「母チャンガ言ッテイタケド、ハロウィーンハ、ゴ先祖様ガ幽霊デ帰ッテクルンダッテ。ソノ時ニ悪霊モ帰ッテクルカラ、仮装デ驚カセテ悪霊ダケ追イ払ウンダッテ」

 

「怖ガラセテ、悪霊ヲ追イ払ウ……悪霊ッテ、怖イノ?」


 根っこのオオカミはうなずいて、自分の家の方向を見た。


「オイラノ母チャンガ言ッテタ、ハロウィーンノ日ダケミンナを眠ラセテ、外デ遊ンデイイッテ。ダカラ今日ノ日ハ1年デ1番楽シイ日ノハズナノニ……」


 自分の家から、空に目線を向ける。


「変異体ハ、ミンナカラ怖ガラレル。ミンナガハロウィーンヲ夢ノ中デ楽シンデイル間、最近ノオイラハ夜ガ明ケルマデソンナコトヲ考エルダケダッタ。今日ミタイニ、夢ノヨウニ時間ヲ短ク感ジルナンテ……何年ブリダロウ……」




 東の空に明かりが大きくなり始めたころ、根っこの変異体は目元をこすった。


「チョウチョサン、来年モ……コノ街ニ来テクレル?」


 タビアゲハは申し訳なさそうに首を振った。


「ゴメン……私、イロンナトコロヲ旅ヲシテイルノ。ダカラ、次ニ合エルノカハ……ワカラナイ……」




 その言葉に根っこのオオカミは落胆したように目線を下に逸らすが、すぐに首を振ってタビアゲハに向けた。




「旅……ダッタラ、オイラハ待ツヨ。何年経ッテモイイ。ソノ間、チョウチョサンノ夢ヲ見テイルカラ」






 夜は明け、街中に朝日が差し込む。


 街灯や家の明かりから紫色の光は消え、やがて人間の姿がちらほらと現れ始めた。


 彼らに混じって、坂春とタビアゲハは街から立ち去ろうとしていた。




「ン……ハワアア……」


 街の近くにある森の道。

 あれから一睡もしていないのか、フードを被ったタビアゲハは眠たそうにあくびをする。


「タビアゲハ、昨日はどこに言っていたんだ?」


 その横で、坂春は不思議そうにたずねる。


「ドコッテ……?」

「ほら、昨日はハロウィーンの“パレード”だったろ。目にした、あんなにすごいパレードだったのに、ひとりで見るはめになったぞ」

「パレード……?」


 タビアゲハはマッタク身に覚えがないように首をかしげるが、その意味を解釈したように「アア」と手をたたく。


「私、夢ヲ見テタ。男ノ子ト一緒ニ、誰モイナイ街デ遊ブ夢」


 事情を知らない坂春は不思議がるように腕を組んだ。


「さまざまな物を見るのに興味を持つタビアゲハが、あのパレードを見ずに寝てしまうなんて珍しいな。最も、街に入ってから今日起きるまでタビアゲハがいないことに気がつかなかった、俺も珍しいものだが」




 その時、タビアゲハは立ち止まって木を見上げた。




 木の上で羽の手入れをするフクロウは、タビアゲハに目を向けていなかった。




「今度ハ何年モカカルカモ知レナイケド……必ズ来ルカラネ」




「タビアゲハ、いきなり何言っているんだ?」




「ウウン、ナンデモナイ。ソレヨリモ教エテヨ、昨日ノハロウィーンノパレード」




 立ち去るふたりに、羽の手入れを済ませたフクロウはようやく目を向けた。




 見送っているのだろうか。




 いつでもいらっしゃい、と。

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