恋の告白に相談する相手が関西弁のおっさんのもののけだったらどうすればいい……。

ぴこたんすたー

俺と恋文に机と美少女

 実りの稲が田畑に並び、赤トンボがその上空をあちこちにジクザグと交差する、秋も深みを増す10月のまっ盛り。


 そんな田舎の田園でんえん風景に溶け込んでいる彼の名は国白史郎こくはくしろう


 まさに意中の相手を射止めるかごとくな名前のどこにでも居そうな身なりの高校生の男子。


 ──ええい、皆の衆。

 控えよ、それがこの俺だ。


 ──まあ、おふざけな時代劇役者ゴッコはさておき……。 

 

 今、俺は下校し、特に部活もせずに帰宅して、いつもの学習机に向かう。


 今は愛の言葉を浮かべようと宿題そっちのけで、大学ノートに鉛筆を走らせながら悩んでいる最中だ。


 静かな自室でカリカリと無機質に流れる筆記音。


 今度の恋した相手はクラスでも人気な美少女同級生の古井深こいふかアリサ。

 彼女のことをひたすら思い浮かべながら紙にイメージを表現するが……。


「だああ、俺は何で漫画のキャラ風的にアリサの萌え似顔絵イラストを書いてるんだあ! この陰湿隠キャマニアックオタクがあー!」


 俺は野獣のように高らかに吠えながら、その落書きのページをくしゃくしゃと丸めて破り、ぽいっとゴミ箱に投げ捨てる。


 そうして若干じゃっかん戸惑いながらも、机に向かい、頭突きをガンガンと何回も繰り出す。


『何するんや、痛いじゃないか!』

 

 そんな出血大ダメージな危ない行為をしていると、どこからか、中年のオッサンらしき声がする。


 俺はネズミの耳のような大きなたんこぶを抱え、キョロキョロと辺りを伺うが、どう考えても机から発した声にしか浮かばない。


『しかも、このワイを目の前にしてシカトときたもんだ』

「げげっ、正真正銘、机が喋りやがった?」


 俺はギョロっとした二つ目とポカリと開いた口の異様な机の姿を察知して、座っていた椅子から躍起やっきになって下りた。


 それからものの十秒で、2階からの階段を駆け降り、隣の居間から殺虫スプレーとホウ酸ダンゴのケースの束を持ってくる。


『まあまあ。ワイは何十年もの時を生きてきて心を持った、もののけの妖怪の一種さ。とりあえずそれらを置いて落ち着きいな』

「父は、なぜこのおかしな人食いボロ机を早々に粗大ゴミセンターへ処分しなかったのだろうか……」

『あのなあ、そんな神妙な面持ちをしながら、何気にチェンソーも持ってくるのは止めろ』

「何だよ、どうせなら目立つように喋る木彫りの熊でも彫ろうと思っていたのにさ」


 俺は大人しく14日の金曜日、ジ○イソンごっこを封印することにした。


『……まあ、それよりもお前さん、また今日も懲りずにラブレターを書いてるみたいだな。どれ、ワイに少し見してみ』


 俺のイカれた言動を、さりげなくスルーした呪われた机相手に問答無用でノートに書ききった文章を向ける。


『ふむふむ、君の豊かな胸に俺の顔をサンドされたい……そして君の胸で溺れてみたい』

 

『……立派なセクハラやないか!』


「おい、恥ずかしいからあまり大きな声で叫ぶなよな。それにあの大きな胸からときめいたのは事実だし」

『いや、相手は女の子なんだから、エロい描写はせずに、もっと柔らかく書かないとあか

ん。

……いいか、そんな性癖の凝り固まったお前さんに忠告しとくけど、女の子はもっと繊細で受け身なんやで』


「分かったよ。でも上手いラブレターの書き方が分からなくてさ」

『だったらワイが教えてやる。さあ、こっちに来い。一晩ゆっくりと指導してやる』


 プルプル。


 俺はガクガクと足を震わせながら、その場で膠着こうちゃくした。


『何でそんな怯えた顔でワイを見てるんや?』

「いや、机のおっさんに身ぐるみはがされ、この身を襲われたらと思ったらさ……」

『間違ってもお前なんぞ襲わんわっ!』


****


 次の日の朝……。


 ツクエさんによる一皮むけた一夜限りの特別授業を終えた。


 大人としての階段を上りつめた俺は、校内の下駄箱の前に変態的ではなく、鮮やかなナイスガイだ。


 だからこの場に真っ赤なバラを口にくわえて立ち尽くしていた。


 周りの学生からの声や視線が何やら痛い気もするが、俺は気にも止めなかった。


 ……それにしてもバラって以外ととげが刺さるものなんだな。

 貴公子さまのようなキザなふりして、口にくわえる花じゃないことは確かだ。


 ……ちなみにツクエさんはアリサの下駄箱に、このラブレターを放り込めとか言っていたが、どうせなら自分の手から渡したい。


 フラレ続け、百戦錬磨としての男がその軽率な行動を許せない。


 ……それに勝手に女子の下駄箱を開けてガサゴソしているところを見られたら、最悪、本当に変質者扱いになるからな。


「──ちょっと史郎君、そこにいたら邪魔なんだけど?」

「あ、アリサさん!?」

「何で私の下駄箱前に突っ立ってるのよ」

「あのさ、君に渡したい物があるんだ」

「もう、何なのよ……」


 アリサがぶつくさ呟きながら俺からの手紙を渋々受け取る。


 さすが、数々の妄想の封書ラブレターの波をくぐってきた美少女。

 手紙を開ける仕草も慣れたものだ。


「──あっ、これは!」


 そして彼女が封書を開け、中身を見た途端に頬を紅潮こうちょうさせて、『わぁ♪』と驚きの声をあげる。


「あなた、教室では人と絡まずにいつも一人で黙々と勉強ばかりしていたから変な人かと思っていたけど、実は意外と素敵な人じゃない」


 ふふっ、やりましたよ、ツクエさん。

 あなたから伝授された技が早速アリサの心を掴みました。


「あなたも好きなのね」

「はい、まあまあ、そうですとも……えっ?」


 と言うことはアリサも俺のことが好きでこれって両想い?


「私も好きよ。ここのバイキング料理」

「へっ?」

「だから、ここの洋食料理店の無料食べ放題のチケット。あなた、なかなかお店のチョイスが上手いわね」


 アリサが得意気になり、俺の眼前で封書を大きく開き、ヒラヒラとちらつかせてくる2枚のチケット。


 あれ、ツクエさん? 

 俺が必死こいて書いた中身はどこよ?


****


『今頃、上手くいってんのかね』

「何だ、ツクエ。ひっく……。この父さんの子供なのにそんなに不安か?」


 史郎の父親が酒に酔った勢いでワイに絡んでくる。

 いくら会社が休みだからと昼間から酒をガバガバ飲むなよな。


『そう言いながら今の妻をゲット出来たのは誰のおかげやねん』

「はい、すんませんでした」


 父親が顔を畳に擦りつけ、その場で深々と頭を下げる。


『分かればよろしい』


 こうまで人を従えたら、口しか動かせない机さながらも快感を覚えてくる。

 弱肉強食の世界とはこういうことだ。


 えっ、机は肉なんて食べない?

 お前にはロマンがないなあ。


 あのパンダだって熊なのに笹を食べるだろ。


 肉食に見えて草食を愛する生き物。

 つまり、ワイがそのうちレストランで肉を口にする時代が来てもおかしくはないんだよ。


 まあ、ワイは案外グルメ派やけん、ヒレ肉のステーキしか食わへんけどな。


 もち、オゴリと言うことでゴチソウになりやす♪


****


 次の日の放課後……。 

 俺たちは学生服のまま、例のバイキング店へと向かった。


 アリサの話によると、何やら学生だと学割が効くらしい。


 だが、それなら学生服より、学生証を見せたら良いのでは? 

 こんな現場、先生に見つかったらどうするんだ?


 まあ、本人は『腹が減っては宿題いくさはできぬ』と言って、ついさっきまで鼻歌を歌いながら歩道でランランとスキップしていたが……。


「うーん、どれも美味しいわね。目移りしちゃう♪」


 そんなことも気にも止めず、入店してすぐに素早い動きになったアリサが、テーブルに大量の料理の入った取り皿をドンドン乗せていく。


 俺の想定がずれていた。

 彼女はまるで冬眠前の熊だった。


「何、さっきからジロジロ見てんのよ?」

「いや、可愛いふりして、よく食べるなあと思って」

「ええ。せっかく、チケットを手に入れたんだから元をとらないと損でしょ」

「元どころか、無料なんだけどな」

「だから男がグチグチと細かいことを言わないの。そんなんだからいつまでたっても恋人ができないのよ」

「相手がいないのは君も一緒だろ」

「わっ、私は勉学に忙しくて、恋する時間がないだけよっ!」


 俺の言葉にムキになったアリサが目の前のピラミッドのようなハンバーグの山を一瞬でペロリと食して次の料理へとフォークを伸ばす。


 おい、俺の目の前で丸飲みしなかったか?

 このお嬢さんは、ちゃんと咀嚼そしゃくをしているのか?


 それでは大食い番組には出演できないぞ。


「──それでさ、何で私にガチで告白してきたの?」


 その言葉をまことに理解した俺の動きが石像のように固まり、持っていた箸をガチャンと皿の上に落とす。


「私、食べるのが趣味だからお金かかるわよ」

「ひょえ~!?」

「違う。男じゃなくて食べ物の話」

「ほっ……」


 俺は良かったと安心して胸を撫で下ろす。

 彼女が、もし男好きなビッチだったら俺の恋はすでに終わっていた。


 いくら可愛い容姿でも遊び人はごめんだ。


「どうなの、私と付き合う覚悟はあるの?」


 彼女が俺と向かい席のソファーに座り直し、おずおずと上目使いな眼差しで見つめてくる。


 そんなわけで俺の心の中のソーシャルディスタンスの壁は崩壊寸前だ。


「……ああ、君のことが好きだから」

「ありがと。じゃあ、私パフェいっちゃうね」

「ああ、無料だからじゃんじゃん食ってくれ」

「ありがと。ダーリン。ちゅっ♪」


 はい。

 アリサからセクシーな投げキッスされました。


 もう、俺の理性が保てません……。


****


「──はい、お会計は一万七千円になります」


 レジの店員さんの法外な金額の言葉に、思わず背筋が凍りつく。


「はあ? あのが無料チケットを渡しましたよね?」

「ああ、彼女さんが持っていたは有効期限がまででしたよ」


 あっ、あの、女。

 可愛い子ぶってはめやがったな!

 あと、ツクエさんもよく日付を確認しろよな!


「毎度、ありがとうございました」


 俺はすっからかんになった寂しい折り畳み財布を泣く泣くしまいながら、駐輪場で待っていたアリサの方へ歩く。


「どう、こんな裏切り女なんだけど?」


 ニタリ顔のアリサが俺の制服に大きく揺れる胸を擦り寄せ、目配せをしてくる。

 明らかに経験のない健全な男子をなめきっているな。


「まっ、いいんじゃねーの?」


 そう、俺は色気仕掛けに弱かった。

 だから、この状態がこれからも続けばいいと願っていた。


 そんな可愛い彼女を連れ添いながら、うつつを抜かしていた時……。


「あっ、危ない、どこ見て歩いてるのよ!」


 アリサの恋の熱に溺れ、道端をフラフラと歩いていた俺は左折してきた大型トラックに跳ねられ、そのまま奴の餌食となった……。


****


「……ここはどこだ?」

『お前さんの深層意識の中やで』


 俺に届いてくるその声は、どうやらあのツクエさんのようだ。


「だったら俺は死んだのか?」

『いんや、生きとるよ。ワイの思念で君の魂に呼びかけてる』

「ツクエさん、それじゃあ?」

『ああ、君の命と引き換えにワイの命を君に与えたんや。ワイの机としての魂は消滅するけどな』 

「こんな俺のためにごめんよ」

『いいってことよ。どのみち机になって現世で長生きし過ぎた。ワイはゆっくりと休ませてもらうよ。これからも彼女とは仲良くな……』


****


「……ツクエさん!」

「あっ、史郎。大丈夫!?」


 えっ、どういうことだ。

 俺は、この道端で大型トラックに跳ねられたはずでは?


「もう、息してないから心配したんだから……」


 俺は助かったのか。

 記憶の片隅に消えていった誰かの声。


 えっと、確かツクエさんだったか?

 なぜか、その人のことがもやがかかったかのように思い出せない。


 すると、トラックから年配の男の運転手が慌てて飛び降りてきて、俺に謝罪をして病院へ連れていかれた。


 俺は服はボロボロだったが、かすり傷のみで大きな怪我も脳や体の異常もなかった。


 だけど念のため、この日は様子見ということで一晩だけ検査入院となった。

 

****


「アリサ?」


 薄暗い個室の病室で俺がまぶたを起こすと彼女はしきりに心配してくれた。


 なぜか? とその理由を聞いてみたら『彼女だからね』と可愛くウインクして返してくる。


 ふと、目線の先にあった木製のテーブルが気になった。


 俺はなぜかそのテーブルに愛着がわいた。

 まるで前から知っていたような安心さを感じる。


 そのテーブルに置いている花瓶の秋桜コスモスが俺に向かって屈託くったくもなく、笑っているようにも見えたのだった……。


 Fin……。

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恋の告白に相談する相手が関西弁のおっさんのもののけだったらどうすればいい……。 ぴこたんすたー @kakucocoro

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