第117話 芋くさ夫人の両親は今……

 マイケル・エバンテールは憤っていた。

 彼が今いるのは、人身売買に関わった犯罪者たちが詰め込まれている刑務棟の一室。


 貴族位を剥奪されたとはいえ、マイケルには、ほどほどに良い個室が割り当てられていた。

 刑務棟なので贅沢はできないが、簡素で小綺麗で必要な家具も揃った牢屋である。


 しかし、由緒正しきエバンテール家出身のマイケルには、断じて許せないことがあった。

 それは――囚人が着せられる縞々かつ、ぺらっぺらの衣装である!


「なんだ、この伝統もへったくれもない安っぽい衣装は! シャツとズボンだけではないか!」


 着替えを寄越されるたび、マイケルは刑務官にいちいち絡む。

 なので、マイケルの牢屋の担当は、刑務官たちに不人気だった。


 この日は、担当を押しつけられた新人が、戦々恐々としながらマイケルに着替えを届けに向かった。そして、案の定、服装について絡まれたので、新人刑務官は困り果てながらマイケルの相手をした。


「そんなことを言われましても。というか、シャツにズボンは普通なのでは? 僕が見たことのある貴族の男性は皆、そんな感じの服装でしたよ?」

「こんなスカスカした衣装は服ではない! 伝統の欠片も感じられないではないか!」

「スカスカしてますかねえ……? 丈夫に作られていると思うのですが」


「誰が見てもスカスカだ! 主に股がな! 屋敷にあった特注コッドピースを持って来いと、何度命令すれば理解できる!? あとはタイツだ、あれがないと話にならん!」

「そう言われましても……一人だけ特別扱いはできませんので」


 答えつつ、刑務官は「コッドピースって何?」と、心の中で困惑していた。


(衣装のこと、だよな?)


 伝統的な「何か」らしいが、現代っ子の刑務官には、それが何を指すのかがわからない。


(あとで、先輩に聞こう……)


 後ほど、その先輩からコッドピースなるものの正体を教えられ、新人刑務官はいろいろな意味で驚愕するのだった。



 さて、新人の仕事は、まだまだ続く。

 特にこの職場は人手不足なので、時には女性の囚人に男性刑務官が物資を支給することもある。

 必要な物資一式は袋に入っているため、中は見えないように配慮されているのだが。


(それにしても、次の行き先もエバンテール家の人だなんて……)


 新人刑務官の次の行き先は、マイケルの妻であるサマンサの牢屋だった。

 サマンサもまた、簡素だが清潔な個室で日々を過ごしている。

 支給品を受け取ったサマンサは、中身を確認してマイケルと同様に憤慨し始めた。


(うわー、面倒だぞ)


 彼女は眼鏡の端を押し上げて、刑務官の方を見上げる。


「今回も同じ囚人服なの? こんなぺらぺらして安っぽいものを、わたくしに支給するなんて……! 貴族女性を馬鹿にしていますの!?」

「そんなわけでは……」


「伝統の欠片も感じられない貧相な衣装を渡しておいて、しらばっくれるんじゃないわよ! それに、わたくしは髪を結い上げたいと、何度も言ったのだけれど」

「すみません。サマンサ様の希望される髪型は、難易度が高すぎるので、上から却下されております」


「手先の器用な侍女かメイドを寄越せば済む話ですわ! エバンテール一族から呼んでくればいいだけでしょう!?」

「……無茶苦茶な」


 サマンサから一方的に怒鳴られ続け、新人刑務官はげんなりした。


(もう、エバンテール家には関わりたくない。早く後輩、入ってこないかなあ!)


 どうにもならない不満を抱えつつ、新人刑務官は半ばやけになりながら、次なる担当先へと向かうのだった。



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芋くさ令嬢ですが悪役令息を助けたら気に入られました 桜あげは @sakura-ageha_ge-ha-

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