第4話
「こんにちは、地球くじの者です」
「はい?」
今日私は死刑になる。首に縄がかかりあとは誰かがボタンを押せば私の刑が執行される。というところでダレかから声をかけられた。
「どなたでしょうか」
「先ほども申しましたが、地球くじの者です。あなたに地球くじが当たりましたので、まいりました」
「地球くじ……ですか……」
目の前のカレは丁寧に頭を下げた。まるでここが一流ホテルのフロントと見間違えるような態度だが、ここは刑場で私はこれから死刑される身である。もしかしたら私はもう死んでいるのでしょうか・
「えっと……地球くじとはなんですか」
「はい。あなたの願いを一つだけ叶えることができるくじです。ただ、願いの規模についてはこちらの箱からくじを引いていただきます」
パッとカレの前に箱が現れた。それは昔どこかの商店街で見たくじを引く箱で、チープなものだった。
「そうですか……願い……私がこの状態から生き返ることは……できなさそうですね」
もしかしたらと一縷の望みにかけたが、目の前のカレからものすごいプレッシャーを感じた。どうやら私が死ぬのは変わらないということか。ということは、蘇生や今の状態を回避は不可能。ほかにもできないことがありそうですね。先ほどの柔和な笑みとは程遠い、鬼のような恐ろしい顔をした彼に笑ってしまった。思ったことがそのまま口についてしまう。
「そんな怖い顔しなくてもいいじゃないですか。先ほどの笑みはどうしたんですか」
「え?私、そんな怖い顔してましたか?」
「これでも営業職でしたので、なんとなく顔色がわかるんですよ」
「なるほど……私もまだまだ未熟ですね」
「そうですか?わかりにくかったですよ。今までのどの相手よりも。もしかして、就職してからそう時間がたっていないんですか?」
「はい。先日ここに入ったばかりでして」
「わかりました。地球くじとはどういうものか説明をしていただけますか」
カレは人じゃない何かということはわかった。私の首の縄がいつまでたってもきつくならないことも、そもそもカレが目の前に現れたことも人じゃないと結論付ければ納得がつく。新人ということは組織で活動しているのだろう。なんだか人間みたいなことをしますね。
カレは咳払いをして改めて私に向き直った。さっきの人間臭い雰囲気から一転して、明らかに人ではない何かのようなオーラを醸し出した。
「それでは、地球くじの説明をさせていただきます。先ほどの内容と重複してしまうのですが、あなたの願いを叶えるものです。ですが、叶うかどうか願いの規模はこの箱の中からくじを引いて決めさせていただきます。禁止事項は死者蘇生・不老不死・若返りの三つです。これ以外でしたら、どんなことでも叶えます。ただし、それはあなたのくじ運次第です」
「私の運が悪ければ叶わない。ということですか。……規模によっては被害が甚大なものになりませんか」
「ご理解が早くて助かります。規模は数種類あります。ちょっと運が悪いなと感じるものから、天変地異までです」
「なるほどなるほど……この状態についてなんですが、普通なら私はもう死んでいます。ですが、まだ死んでいない。ということは、確実に願いを言うまでは、私は死なない。そうでしょう?」
そう推理づけると、面食らったような顔をした。やはり人間味がありますね。なんというか最期にこのようなヒトに会えるとは思わなかったです。人間ではないですけど。
「本当にご理解が早いですね……。一点だけ。願いを言うまで死なない、ではなくこのくじを引き終わるまでは死なないままです」
「なるほど。宙づり状態が続くんですね。それもいやですねぇ」
「ええ。願いはありますか?」
「願いですか……例えば私のコレクションを取り戻したいというのはできますか?」
「はい、できますよ。それでいいですか?」
「はい……あ、でも待ってください。それもいいんですけど、もう私死ぬでしょ?たったそれだけのために使うのももったいないですよね」
「そうですか……。あぁ、くじを引き終わるまでは、願いの変更もできますよ」
「本当ですか?よかったぁ、じゃあ願いをゆっくり吟味できますね」
「……そうですね」
一瞬表情が崩れたカレになんだか笑えてくる。とりあえず考えてるものを言ってみるとしよう、と頭をフル回転させた。
「例えば、この刑場を爆発させるとか」
「できますよ、雷を落とすなどが主ですね。それにしますか?」
「でも、ここを吹き飛ばしたとしても面白くはないんですよね。何よりその瞬間って……あれ?その瞬間って見れないってことでいいんですよね?くじを引き終わったら私死にますし」
「はい」
「そうですか……。それだとつまらないですね。そもそも私には建物の爆発の趣味はないですし」
「……はい」
目の前のカレの表情と声音がどんどん下がっていくのを私は楽しく見ていた。まさか最期にこんな面白いヒトと話ができるなんて思わなかった。いやぁ、ヒトをほんろうさせるのは楽しいですねぇ。目の前のカレは人間ではないのはわかっていますけど。
「なら、派手に世界滅亡をさせるのもいいですね。どうせ私以外死ぬんですし」
「な、ならそれにしますか?」
「ですが、残念です。そもそも世界滅亡に何の魅力も感じないんですよ。どうせ、私は死ぬので。ですから、この願いも却下で」
「……」
とうとう一言も発さなくなったカレにもう心の中で笑いが止まらなくなる。顔に出さないようにしつつも、こんなに楽しかったのは殺人以外では久しぶりですね。
カレは電話をかけて「先輩、どうしたらいいですか?変わってほしいです」と訴えている。残念そうな顔で電話を切るあたり、断られたんだろう。そのあと何かの本をどこかから取り出して読み始めた。
「それ、マニュアルですか?」
「ちょっと静かにしてください」
おや、怒られてしまった。ただ、それすらも楽しい。死ぬ前にこんなに楽しくなれるとは。やはり、楽しいですね。
「……願いが浮かばないってことでよろしいですか?」
「浮かばないってことじゃないんですよね。ただ、このくじの使いどころがありすぎて困っているんです」
いかにも困っています、という顔と声音で答える。実際困ってはいる。何に使えばいいかわからないというか、このやり取りを永遠に続けたいと思ってしまう。
「マニュアルに何か書いていませんでしたか?」
「……先輩から『対象者の人生について一緒に振り替えると、案外簡単に見つかりますよ』と言われました」
「それもいい提案ですね。なら長くなりますが、一緒に振り返りますか」
「……はい」
一応聞いてくれるらしい。もう少し態度を隠さないとほかの方に怒られてしまいますよ、と注意をしようとしましたがさすがにいじわるが過ぎるので、言わないようにしましょう。
「では、私の人生について振り返りましょう。私は殺人犯です。ただの殺人犯ではありません。連続殺人犯。シリアルキラーというものです」
世間一般でいうと私はサイコパスということになるのでしょう。裕福で家庭仲がよく、周りの友人にも恵まれさらにはいわゆる一流企業にも努めた私です。ただ、過去おもちゃを壊したときに感じた薄暗い高揚感というのが頭から離れずに、気が付いたらおもちゃから小動物。そして人間を壊すようになりました。
壊した人間ですか?精神を壊して殺した後、解体しました。あぁ、無駄なことはしません。目当ての部位を取ったらあとは同じ趣味を持つ人に流していたので。目当ての部位は手首です。それに腕時計やネイルをすることで美しく着飾らせるんです。ほら、人間って口うるさいでしょう。手首ならしゃべらないですし、文句も言わないので。
そこから、私はあり得ないミスを犯して逮捕されました。コレクションも何もかも押収され今は刑場で私自身が死体となるのを待っている状態です。
「そうですか。警察の方への復讐とかは?」
「いいえ。彼らも仕事ですから。同じ理由で裁判官にも検察にも恨みはありません。被害者遺族の方にも特に何も思いません。コレクションも取り返したところで、私は死にますし……うん、決めました」
「願いですか?」
「いいえ。くじはいりません。辞退します」
「……はい?」
鳩が豆鉄砲食らった顔、とはまさにこのことなんだろうと思うくらいお手本のようなびっくり顔をしたことで私はとうとう耐え切れずに吹き出してしまった。
「わ、笑わないでください!」
「す、すいません。あまりのも驚いているのでつい」
「ひどい人ですね。辞退の理由についてお聞かせください」
「満足したんですよ。私の人生に。好きなことをやって生きてきました。そしてそれで逮捕されても、普通の方の倫理観ならそれは許せないでしょうと納得もしています。確かに、もう少し殺人を楽しみたかったんですが、アナタと最期にお話ができたので、もういいです。人ならざるものを手玉に取るってこんなに楽しいんですね」
「おちょくらないでください……」
片手で顔を覆ったまま崩れ落ちたカレを笑う。本当に面白い。このヒトともっと早く会いたかった。いや、早く死ぬということかそれもいやですね。
少し落ち込んだあと、すくっと立ち直り乱れていた服装を直したカレが私に告げる。
「なら、くじは辞退で」
「はい、かまいません」
「わかりました」
「楽しかったです。また会ったら遊んでくださいね」
「二度と会いたくはないです。……それでは、またお会いできる日まで」
不服そうな顔をして目の前から消えたカレを笑うことなく、私の首に縄の感触と何かが折れる音が伝わった。
地球くじ運営報告書
2×××年△月◇日未明
業務内容:地球くじ当選のお知らせ、および執行手続き
詳細:本日〇〇地域刑場の〇〇様へく地球くじ当選のご案内。くじについての理解を示した上、熟考したのち辞退。
〇〇様の願い;「くじの辞退」
くじの内容:辞退したためなし
執行後の被害状況と死傷者数:なし
備考:特になし
この件については、クローズです。確認、お願いします。
どこかでの会話
「先輩、なんですぐに変わってくれなかったんですか」
「新人研修の一環です。あそこまでしつこい方はふつういないですよ。よかったじゃないですか。珍しい経験ができて」
「二度としたくないです」
地球くじ ブルマ提督 @adburuma
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