第3話

週末にもかかわらず、終電ギリギリまで仕事をしてしまった。俺は、ネクタイを少し緩めながら会社を出た。

「社畜ばんざ~い、弊社ばんざ~い……ってか。……はは」

疲れた体を引き摺って何とか駅の階段を上がる。あと少しで電車が来る。それを逃したらあとはタクシーか歩きで帰るしかない。それだけは避けたい。それだけはいやだ。

なんとか終電に乗り、最寄り駅に降り立った。さっさと帰ろう……。明日は午後から出社だから酒でも飲むか。飲まなきゃやってられねぇ。

「こんばんは、地球くじの者です」

「勧誘なら結構です」

缶チューハイを5.6缶煽っていい気持ちでベッドで寝ようとした時、ベッド脇に変なやつがいた。

「勧誘ではありません。地球くじです」

「すいません。うち、無宗教なんです」

「あなたは死にます」

「何言ってるんすか」

目の前のヤツは、突然俺が死ぬとか言ってきた。大分飲んだから変な夢でも見てんのかな。突然死ぬなんて信じられねぇ。

「本当です。ほら、なんか臭いがしませんか?」

「え?……ほんとだ」

何かが焼ける音となんとなく焦げ臭い。しかも煙まで立ち込めてきた。部屋もなんか暑い。酒を飲んだからと思ってたけど、どうやら違うらしい。

「火事?」

「はい。出火元は隣の部屋。原因は火吹きマジックの練習からの出火、だそうです」

「外でやれ」

というか、隣人マジシャンだったのか知らなかった。いや、基本俺はここに寝に帰ってるだけだから知らないのも無理ないけど。

「で、あなたは死ぬので地球くじを引いていただきたいんです」

「まず、地球くじってなに。てか、火事なら避難させろ」

「いえ、あなたは死にます。もし避難してもこの火事の勢いなら、玄関にたどり着く間もなく炎に巻かれて死にます」

「避けられないってことか」

バカバカしくて笑いが出た。そうか、俺の人生はこんなところで終わるのか。振り返っても仕事で怒られてるシーンしか思い浮かばない。労働で終わるのか。いやだなぁ。

「せめて、あの会社爆発してくんないかなぁ」

「出来ますよ。そのための地球くじです」

「出来るんだ……てか、その地球くじってなに」

「はい。まずあなたの願いを伺います。その後にくじを引いていただきます。そのくじで、叶い方の規模を決めていただきます。規模はちょっと運が悪い程度から天変地異までの数種類です」

「はぁん……じゃ、弊社爆発しろって言ったら叶えてくれんの?」

「はい。ただ規模によっては会社の周りもまとめて爆発します」

「それは……たのしそうだなぁ……」

その様子を想像してみる。周りも爆発ってことは、御社も弊社も木っ端微塵。ムカつく上司やアホな取引先もまとめて吹き飛ぶわけか。

「あ~でも、なぁ」

「いかがいたしましたか?」

「後輩に何人かいいやつがいるんだよなぁ。あとは取引先にいる人達も。ピンポイントで上司とか同僚だけ爆発とかないかなぁ」

「できますよ」

「できるの?!」

そんな都合のいい事が出来るなんて、死に際万歳。地球くじ万歳。……そんなことしてる場合じゃないわ。

「ただ、先程の内容と重複するところがあるのですが、規模によっては周りの無関係の人間も死にます」

「……はい?」

そう言えばさっき言ってたな……あれマジだったのか……。無関係の人間が死ぬ……?俺はその上司だけが爆発すればいいのに。

「というか、それマジ、で出来るの?」

「はい。何度もお伝えしてますが、出来ます。それがあなたの願いなのであれば」

「なぁ、質問ってしていいのか?」

「構いません。ただ1回のみとなっております」

1回だけ。それじゃ足りない。知りたいことなら山ほどある。どうすればいいんだ。

「質問じゃないんだけどさ、俺の話を聞いてくれない?」

「いいですよ。そこから願いを見つける方もいらっしゃるので」

「ありがとう。あれ?でも、火事は?」

「あなたがくじを引き終わるまでは、広まることはありません」

横をみる。まだ火は見えないが黒煙が上がり始めているところを見るに、多分くじが終わった瞬間焼け死ぬんだろうなぁ。ぼんやりとまるで他人事のように思えた。

なら、ある意味これは遺言か。遺言を言うのが親じゃなくて全く知らないヒトなのが、ちょっとアレだけど。

「俺さ、就職したくなかったんだよ」

理由は単純。夢があった。本当なら大学院に進んである研究をしたかった。ただ、周りが就活の雰囲気だったからなんとなく就職した。

就職したところが、いわゆるブラック企業だったらよかったよ。すぐに辞めりゃいいんだから。まぁ、残業とかもあったけどさ。とにかく人が良かった。頼れる上司や先輩、気の合う同僚、可愛い受付嬢……は関係ないか。とにかく最初は居心地が良かった。働くことも悪くないな、って思い始めた時だった。

人事で上司が変わったんだよ。全く知らない人だった。俺の同僚からなったとか、後輩が上がったとかじゃない。全く知らない人。あとから調べたらどうやら社長のコネで入ったやつだった。

そいつが上司になってから、環境が変わった。理不尽なことが多くなった。職場の雰囲気が悪くなっていった。先輩たちが辞めていった。後輩も辞めていった。気の合う同僚たちも辞めていった。辞めた傍からどんどん人が入ってきた。そして辞めていった。今日入ったやつが、明日には辞めていくような状態だった。そんだけ人が出入りを繰り返すもんだから、関係なんて築けなかった。

俺も指導する立場になったが、仕事量が増えるに従って周りを見れなくなった。

「……そんで、ブラック企業の完成。俺は、気づいたら社畜体質ってやつだ」

「なるほど」

目の前のヤツは聞いていたかわからないような態度だった。なんだこいつ。

ただ、喋ってる中でわかったことがあった。

「というか、今の同僚とか後輩には何も思ってなかったんだな。俺」

俺が後輩にいいやつもいたってのは、辞めていった後輩たちか。まぁ、人の出入りが激しかったし何も思わないのは当たり前か。

「それを踏まえて、願いはどうしますか?」

目の前のヤツは未だにニコニコ笑っている。願い……願い……。

「辞退も出来ますよ」

そんな俺の考えを知って知らずか、今まさに迷っていることの答えを出された。心読めんのかコイツ。

「心は読めませんよ?」

「読んでるじゃん!てか、え?辞退できんの?」

「えぇ。昔は辞退を出来ないようにしていたんです。確か……100~200年前くらいは。ただ、最近は規模のお話をすると辞退したい方が増えてきたので、選択肢のひとつとして追加しました」

アップデートってやつですね。となんてことも無いようにヤツは笑う。

辞退もありだなぁ。でも、何も残さないのは、なぁ。

「迷う……」

「あの、非常に言い難いのですが出来るだけ早く決めていただけるとありがたいです。私、ここのマンションを含めたこの地域の担当なんですが、みなさんに地球くじを引いて頂かなければならないので」

「担当とかもあるんだ……会社みたいだな」

「そのようなものです」

クスクスと口を手で隠しながら笑う。こんなヒトがこういう仕事やってるのか、大変そうだな。

「同情はしなくても、大丈夫です。私、この仕事楽しいですし。なんなら、待遇もいいので」

待遇もよく、仕事が楽しい。いいなぁ、そういう所で働きたかった。……ん、働きたい?働きたい……そうだ!

「ある!願い!」

「それでは、どうぞ」

「俺も地球くじで働く!」

「……はい?」

初めて目の前のヤツの表情が変わった。ぽかんと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。

「あれ?だめか?あんたと話をしていて思った。俺、働くことは別に嫌いじゃないんだよ!ただ、苦手な人がいるだけで!」

「え、えぇ。ただ働くってのは……。でも、禁止事項は死者蘇生・若返り・不老不死のみなので。……あれ?出来ますね?」

うんうんと首を横に振りつつも、禁止事項を説明してくれる。その中に「地球くじで働くことを禁止」はない。じゃあ、いけるじゃん!

「で……きますね……?」

「じゃ、働きます。それが俺の願いです。よろしくおねがいしまーす」

と、頭を下げると上からブツブツと聞こえる。「確かに、人手は欲しいですけど」「これ事後報告でいいんですかね」と聞こえる。あぁ、そこも普通の会社なんだな。人間味あるなぁ、このヒト。

「少々失礼」

携帯を出してどこかに電話をかけている。携帯持ってるんだ。そっと顔を上げると、何やら真剣な顔をして話をしているのが聞こえるが、何語かさっぱり分からない。

《はい……はい……わかりました。それではそのように》

電話が終わり、こちらに顔を向ける。さっきとは違い、覚悟を決めたような顔だった。

「戻れませんよ?一生、人間には」

「マジ?……でもいいや。そっちで働く方が楽しそうだし」

そう言うと目の前の人は、溜息を吐いた後ネクタイを締め直し襟を正して改めて俺に告げた。

「わかりました。それでは、私があなたの教育係となります。ようこそ、地球くじ運営へ」





続いて昨夜の火事についてです。火事によりマンション一棟が全焼し、焼け跡から複数の遺体が見つかりました。連絡が取れなくなっている方が複数名いることがわかり、捜査が進められています。











地球くじ運営報告書

2×××年△月◇日未明

詳細:音声での報告済みです。URLを記載しておくので確認よろしくお願いします。

確認者:日本担当人事部

URL:http/~~





音声ログの再生履歴

「もしもし○○地域担当です。お世話になっております」

「お世話様です。どうしました」

「地球くじ対象者へ説明中に、地球くじでの就職希望です。御手数ですが、人事担当の方へ繋げていただきますか」

「あ、私が担当ですのでそのままお話を聞きます」

「ありがとうございます。経緯を説明します。○○地域のマンションにて火災発生。地球くじの説明中、1名地球くじへの就職希望。ただ、かなり酔っ払ってるのでそちらの判断をお聞きしたいので、連絡させて頂きました」

「酔っ払い……ですか。地球くじ対象者のデータを教えていただけますか?」

「対象者の番号は~~~です。他にお伝えすることはありますか?」

「~~~番ですね。番号だけで大丈夫です。いったん確認しますので保留にしますね」

「お願いします」

~~~~~~

「○○様。お待たせ致しました。情報を確認した後こちらの上席と確認致しました。回答をお伝えします」

「わざわざ、すみません」

「人事部の回答と致しましては、採用との事です」

「わかりました。念の為確認なんですが、教育係は私が担当ということでよろしいでしょうか」

「はい。スカウトした方が教育係、と地球くじ運営採用マニュアルには書かれていますので。教育係お願いします」

「わかりました。新人はどうしますか?」

「いったんこちらに来るように言ってください。研修後、あなたと組んでいただきます」

「わかりました。報告書はどうすればいいでしょうか」

「音声ログを撮っているので報告書にはその旨とURLのみ記載お願いします。他に何かありますか?」

「わかりました。特に何も無いです。それでは失礼致します」

「お疲れ様でした」

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