第20話

 俺とセレブロは、街の噴水でのワンパチとのいざこざに巻き込まれた。

 しかしワンパチはヘアリーとケンカを始めてしまったので、俺たちはその場を離れて大通りを歩く。


 なんだかんだともう夕方だ。

 後ろからはセレブロがついてきていたのだが、ふとその気配が消えた。


 見ると、セレブロは雑貨屋のショーウインドウの前で立ち止まっている。

 ガラスの向こうにある、1冊の革表紙の本をじっと見つめていた。


「セレブロ、それが欲しいのか? なら、買ってやろうか?」


 声をかけると、セレブロはハッと振り返って、パーにした両手をぱたぱたと振る。

 否定の仕草もいちいち可愛らしい。


「あっ、い、いいえ! ちょっと見ていただけですので!」


 「本当に?」と俺はセレブロのオデコの上を見やる。

 切りそろえられた前髪のあたりは、『マインドリーダー』で彼女の本音が浮かび上がる場所。


 しかし今は文字が浮かび上がっていない。

 本当に欲しくないのか、セレブロが思考を読まれないようにしているかは、俺にはわからない。


 まあいいやと思い、俺は気を取り直して言う。


「じゃ、込む前に宿屋に行くとするか」


「やどやさん……? もしかして、『ドヤ顔やさん』のことでしょうか?」


「なんだよ『ドヤ顔やさん』って」


「ご存じありませんか? こんな表情をされる方ばかりがおられるお店のことです。

 『ドヤ顔やさん』っていう絵本にありました」


 セレブロは「エッヘン!」と胸を張って得意気な表情をつくる。

 ローブごしの白い胸が、ふるんと揺れた。


「なんだか感じの悪そうな店だな。『宿屋』ってのは宿泊施設のことだよ」


「お金を払ってお部屋に泊めていただける場所のことですね。

 かしこまりました。わたくしはお外で構いませんので……」


「いや、それはダメだろう」


 俺ひとりなら野宿でもかまわないんだが、セレブロがいる以上そうはいかない。

 街というのは昼間は平和だが、夜になると物騒になるんだ。


 そしてあまりにも安い宿だと施錠がいい加減なので、これまた安心できない。

 酷いところになると、店の主人が物盗りと結託している場合もあるくらいだ。


 なので、俺はそこそこのクラスの宿屋を探すと、セレブロとともに受付をする。

 店のオバサン主人はセレブロをジロジロ見ながら言った。


「シングルベッドひとつの部屋なら、一泊10000エンダー

 ダブルベッドひとつの部屋なら、一泊15000エンダー

 シングルベッドふたつの部屋なら、一泊20000エンダーだよ。

 シングルベッドひとつの部屋に、ふたりで泊まるのは遠慮しとくれ」


 「なら、シングルベッドひとつの部屋を2部屋頼む」と俺が注文すると、セレブロは「えっ」となった。


「もしかして、別々のお部屋ということですか?

 そんなの、もったいないです!

 ダブルベッドがひとつのお部屋にすれば、5000エンダーもお得ではありませんか!」


 セレブロは節制を訴えていたが、額には『ミカエル様といっしょのお部屋がいいです!』と本音が。

 結局、俺は彼女に押し切られる形で、ダブルベッドの部屋に泊まることになった。


 一緒の部屋で寝るのは、プロポーズを終えてからにしたかったんだけど……。

 まあ、セレブロが嬉しそうにしているから、まあいいか。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 値が張る宿を選んだだけあって、さすがに部屋は奇麗で広く、バスルームも付いていた。

 セレブロは部屋に入るなりおおはしゃぎして、さっそく大きなベッドの上の上に座り込むと、ぴょんぴょん跳ねはじめた。


「わぁ、これが人間さんのベッドというものなのですね!

 絵本で読んだのと同じで、雲みたいにふかふかです!」


 仕草は子供のようなのに、きちんと正座して飛び跳ねているのが実に彼女らしい。

 さらにバスルームを覗き込んで、わぁわぁ歓声をあげている。


「ここはもしかして、お風呂というものですか!?

 うわぁ、わたくしは人間さんのお風呂というのは初めてです!」


「そういえば、『竜の堕とし子』にいた頃は、風呂とかトイレはどうしてたんだ?」


「女の子の魔王は愛の力で身体をキレイにしますので、お風呂に入らなくても大丈夫なんです。

 ご不浄につきましては、その……お食事をしておりませんでしたので、ほとんど不要でした……」


 なるほど、それでセレブロはいつも花みたいないい香りがするんだな。

 彼女が街を歩くと、通りすがりのヤツは彼女の香りを追いかけて鼻をヒクヒクさせる。


 トイレの件については彼女が恥ずかしがっていたので、それ以上の言及は避けた。


「そうか、じゃあキミにとっては初めての風呂になるんだな。さっそく入ってみたらどうだ?」


「よろしいのですか? でもそれでしたら、ミカエル様がお先にどうぞ!」


「いや、いいよ。こういう宿屋では何度も浴槽に湯を張るとうるさいんだ。

 初めての風呂が、俺の残り湯じゃ嫌だろ?」


 するとセレブロは、青天の霹靂のような顔をした。


『み、ミカエル様の、残り湯っ……!? か、考えもしませんでした!

 なんという、素敵な言葉の響き……!

 飲んだら不老不死のポーションみたいに、長生きできそうです!』


 セレブロは急に、頭のおかしいオッサンみたいな思考を巡らせる。

 俺は彼女の肩を掴んで回れ右させると、バスルームに押し込んだ。


「バカなこと考えてないで、さっさと入るんだ」


「おバカなこと? ……きゃうっ!? またわたくしの思考をご覧になったのですね!?

 見ないでくださいって、あれほどお願いしておりましたのに!」


 顔を真っ赤にしてわぁわぁと抗議するセレブロ。

 俺はそれをシャットアウトするように、バスルームの扉をカッチリと閉めた。


 しばらくしてセレブロはあきらめたのか、脱衣所で服を脱ぐと、シャワーを浴びはじめる。

 これでようやく落ち着いたかと思ったら、きゃあっ!? と悲鳴とともにバスルームから飛び出してきた。


 濡れた髪のまま、ひしっと俺に抱きついてくるセレブロ。


「み、ミカエル様! つ、冷たい雨が降ってきました!?」


「それは水の蛇口をひねったからだろ! 赤いほうの蛇口をひねるんだよ!」


 俺は彼女の肩を抱いて、裸を見ないようにしながらバスルームに押し戻す。


「そ、そうだったのですね。すみません、ご迷惑をおかけして……」


 すごすごと引っ込んでいくセレブロ。

 俺は本当に大丈夫なのかと、彼女の行く末を見守った。


 バスルームのすりガラスごしには、けしからんプロポーションのシルエットが浮かび上がっている。


「えーっと、お湯を出すには赤いほうの蛇口さんでしたよね。えいっ。

 ……あっつぅぅぅぅぅぅぅーーーーーー!?」


 10秒も経たず、再びバスルームから飛び出してくる残念美少女。

 俺は生まれたままの姿のセレブロに幾度となく抱きしめられ、自我を保つのでいっぱいいっぱいだった。

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寝取られ男と魔王の娘のボーイミーツガール 幼なじみを寝取られ脳を破壊されたけど、めちゃくちゃかわいい魔王の娘に助けられたうえに、魔王の力と超光速レベルアップは相性抜群でした 佐藤謙羊 @Humble_Sheep

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