第19話

 ヤジ馬の集まった街の広場の噴水。

 ヘアリーはワンパチとひとしきり揉み合いをしたあと、土埃にまみれた身体を起こし、半狂乱になって叫んでいた。


「私はなんだってこんなDV男を好きになったんだろうね!?

 よく見りゃブサイクだし、頭カラッポだし、ムキムキすぎて気持ち悪いし!

 ああもう、二度と私に近づくんじゃないよ!」


 悪い夢から醒めたように、ペッと唾を吐き捨ててワンパチの元から去っていくヘアリー。


 そう。

 力加減がわからなくなったワンパチの暴力がキッカケで、彼女を支配していた『洗脳ブレイン・ウォッシュ』スキルはすっかり消え去っていたのだ。


 ワンパチはわけのわからぬまま三くだり半を突きつけられ、地面に大の字になったまま天を仰いでいた。


「チクショウ! 力を込めたパンチが効かねぇどころか、軽くやった足の踏みつけや髪ひっぱりが全力になっちまうだなんて……!?

 いったい、何がなんだってんだ!?」


 吐き捨てながら起き上がると、まわりには多くの衆目が。


「テメェら、なに見てやがんだっ!? 今の俺は機嫌が悪いんだ! ジロジロ見てるとブッ飛ばすぞっ!」


 太い腕を振り上げて威嚇すると、ヤジ馬たちか蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。

 ミカエルとセレブロはいつの間にかいなくなっていたが、ワンパチにはもうどうでもよかった。


「ああ面白くねぇ! こういう時は派手にやるのがいちばんだ!」


 ワンパチは起き上がると、身体の埃を払いもせずに往来をのしのしと歩き、酒場へと向かう。

 酒場の客たちはセレブロの可愛さで盛り上がっていたが、突然、入口のスイングドアが爆発したみたいに吹き飛んだので飛び上がった。


「クソッ、まただ! 軽く押し開けたつもりだったのによぉ!」


 ぬうっと現れたクマのような大男に、酒場の客たちはみな一斉に背を向ける。

 ワンパチは慌てて取り繕った。


「おいおい、そうビビんなって! 俺様はいま派手に騒ぎたい気分なんだ!

 今日は俺様のおごりだから、じゃんじゃんやってくれ!

 おい店主! まずはビールだ! ここにいる全員に、大ジョッキをやってくれ!」


 おごりと聞いて、手のひらを返したように振り向く客たち。

 これこそが、勇者である俺様のカリスマだと、ワンパチはいくぶん機嫌が良くなった。


 勇者であるワンパチにも、嫌なことはある。

 しかしこうやって、気の合う仲間……おべんちゃらで持ち上げてくれる都合のよい者たちと酒をかっ食らえば、すぐに忘れられた。


 運ばれてきた大ジョッキを手に、ひとりの大男と向かいあう。

 ジョッキを打ち鳴らしたあと、太い腕どうしを絡め合わせて一気飲みするのが男らしい飲み方とされていた。


 コレをやれば酒場は一気に宴モードに突入する。

 ワンパチはこの場のヒーローとなり、飲めや歌えの大騒ぎになるはずであった。


 しかしその束の間の安らぎすらも、彼には与えられない。


「それじゃいくぞっ! かんぱぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーいっ!!」


 ジョッキの取っ手を握りしめた彼の拳は、向かいにある大男のジョッキを、軽くコチンと打ち合わせるくらいの力加減のはずだった。

 しかしその拳は、まるで積年の恨みを晴らすかのような唸りをあげる。


 ワンパチのワンパンチは、ふたつのジョッキは粉々にしたうえに、大男の拳をも砕く。

 それでも勢いは衰えず、そのまま強烈なストレートとなって大男の鼻っ柱をとらえていた。


 ……ドグワッ、シャァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーッ!!


「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 大男は顔面をクレーターのように陥没させながら吹っ飛ぶ。

 周囲でジョッキを掲げていた男たちをボーリングのピンのようになぎ倒し、カウンターの向こうにある棚に突っ込み、並べられた酒瓶を床に落としていた。


 酒場はしんと静まり返る。

 酒瓶がガシャンガシャンと割れる音だけが響くなか、ワンパチはガラスの刺さった己の拳を見つめていた。


「お、俺の身体は……いったい、どうなっちまったっていうんだ……!?」


 彼はしばらく呆然としたあと、ガラス以上に突き刺さる周囲の視線に気付く。


「い……いくらなんでもあんまりじゃありませんか、ワンパチ様?」


「こんなことをして楽しいのかよ!? そんなに自分の力を見せつけたいのかよ!?」


「俺たちはワンパチ様に、ずっと大人しく従ってきたっていうのに……!」


「あんたの強引なキスで女を寝取られても、ずっと我慢してきたんだぞ!」


「でも、もう我慢ならねぇ! 仲間がこんな理不尽な暴力を振るわれて、黙ってられるかよ!」


 一気に敵と化す、かつての仲間たち。

 一対一でワンパチにかなう者はこの酒場にはいないが、相手が集団となれば話は別。


 酒場の男たちはポキポキと指を鳴らし、ある者は武器として椅子を持ち上げる。

 店主も堪忍袋の緒が切れたようで、包丁を手にしていた。


「扉を壊すは、店をメチャクチャにするわ……!

 今日もおごりとか言っておきながら、いつものようにどうせ払わないつもりだったんだろう!

 それでもあんたが勇者だからって我慢してたが、今日という今日は許さねぇ……!」


 これにはさすがのインパチも真っ青になって後ずさる。


「お……落ち着け! こ、これは、わざとじゃないんだ!

 ちょっと力加減を誤っちまって……!」


「ウソつけ! そんな加減の間違え方があるかよ!」


「ジョッキを割る程度ならまだわからなくもないが、顔がメチャクチャになるくらい殴る力加減があってたまるか!」


「ほ、本当なんだ! 信じてくれ! 俺様自身、いまだになにがなんだか……?」


「ふざけるなっ! やっちまえーっ!」


「ちっ、ちくしょぉっ! こうなったら、ケンカパーティだっ!!」


 ワンパチは巨木のような腕をめちゃくちゃに振り回し、並み居る男たちを殴り飛ばそうとする。

 しかし、その拳は虫も殺せないほどの威力しかなかった。


「なんだ!? コイツのパンチ、ぜんぜん痛くねぇぞ!?」


「ほんとだ!? ヘナチョコにもほどがあるぞ!」


「俺たちはもしかして、ずっと見た目に騙されてきたってのか!?」


「こんな女子供以下の力しかねぇヤツに、俺たちは従ってきたのかよ!?」


「なにが勇者だ、ふざけやがってぇ! ボコボコにしちまえっ!」


 ワンパチは酒場の男たちによって、よってたかって袋叩きにあう。

 店の修理代として身ぐるみを剥がされたうえにボロボロに。


 最後は酒場の裏口にある、ゴミ捨て場に生ゴミのように投げ捨てられてしまった。

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