第18話
俺は5レベルほど費やして『ブレインクラッシュ』のスキルを発動。
ワンパチの脳から『力加減』の概念を消し去っていた。
力加減がわからなくなったヤツは、撫でるようなパンチを俺に浴びせて目を白黒させている。
「くっ、くそっ!? 全力でブン殴ってるのに、ぜんぜん効いてねぇ!?
なんでだっ!? なんでだなんでだなんでだっ!? なんでだぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!?!?」
「それで全力か? 一族いちのパワーバカも地に落ちたもんだな。
唯一の取り柄であるパワーを失ったお前は、ただのバカだ」
「そんなはずはねぇっ!? これは何かの間違いだっ! 間違いなんだぁぁぁぁぁぁ~~~~~~っ!?!?」
天を仰いで絶叫するワンパチ。
俺たちのイザコザはこれでケリが付きそうだったが、いつの間にかもうひとつの戦いが勃発していた。
「ちょっとアンタ、私の男に色目を使うとは、いー度胸してるじゃん!
そのかわいい顔を、二度と見られなくなるように焦がしてやろうか!」
見ると、セレブロは新手に絡まれていた。
セレブロとは違うベクトルの美しさの、艶やかな髪を持つその女を、俺は忘れもしない。
セレブロの髪が、秘境に流れる石清水のような、秘めやかな美しさを持っているのに対し……。
ソイツの髪は、平穏な秘境を荒らす卑怯な炎のように、真っ赤に逆立っていた。
その名は『ヘアリー』。
髪が示しているように、炎の魔術を得意とする女魔導師。
かつてワンパチと組んで、こっぴどいやり方で俺をフッたヤツだ……!
ワンパチはヘアリーの声に気付くと、悪い夢のように俺を見捨てて彼女の元へと向かう。
「ま……まあ待てよ、ヘアリー。この街の女はみんな俺様のものだが、いちばんはお前さ。
最高の『水飲み場』にしてやっから、機嫌をなおせよ、なっ?」
ワンパチは足を振り上げ、ヘアリーのブーツのつまさきを軽く踏みつけようとする。
しかし振り下ろされた足は、まるで地面の杭を柄の長いハンマーで打ち付けるような、とんでもない勢いを持っていた。
……ドグワッ、シャァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
渾身の力で踏みつけられたヘアリーのブーツはぺちゃんこになり、骨が砕けるような音が響く。
「う……うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
いちばんだと言われた彼氏から、足の指を踏み砕かれるとは思ってもいなかっただろう。
ヘアリーは、タンスのカドに足の小指をぶつけたときみたいに、片脚を抱えて飛び跳ねる。
「なっ、なにすんだい、アンタ!? 私がなにをしたっていうんだ!?」
「ちっ、違う、違うんだ、ヘアリー! これはなにかの間違いだ! き、キッスしてやるから、髪を……!」
ワンパチは弁解しながらヘアリーの髪をわしっと掴み、下に引っ張った。
もちろん本人的には軽くやったつもりなのだろうが、腕にはモリモリと筋肉が盛り上がっていて、
……ブチブチブチィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
ヘアリーは自慢の赤毛を根元から引きちぎられながら、地面に引きずり倒されてしまった……!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?
私の髪がっ!? 私の髪がぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?」
「あああっ、ご、誤解だ! 誤解だヘアリーっ! ここっ、これは、何かの間違いで……!」
「なっ、なにすんだい、アンタ!? さては私を捨てて、あの女に乗り換えるつもりだったんだね!?」
「そんなことするわけねぇだろ! お前の炎の魔術は、俺様の筋肉に匹敵する!
お前といっしょなら、どんなモンスターだって倒せるんだ!
最近はその身体に飽きてきたから……少し他の女と……あ、い、いや、そうじゃない!」
「とうとう本音が出たね!? きぃぃぃぃーーーーっ! くやしぃぃぃぃーーーーっ!!
あんな小娘に負けたうえに、こんな目に遭わされるなんてぇ!?」
気が付くと、『あんな小娘』は俺のそばにいる。
いつもなら俺の後ろに寄り沿うはずなのに、なぜか目の前に立ちはだかるようにしていた。
セレブロは視線を落としたまま、足の位置をああでもないこうでもないと動かしている。
……まさか、足を踏んでほしいのか?
と思ったら、彼女の本音はありありと頭の上に浮かんでいた。
『「水飲み場」……! 外の世界にはなんて素敵な風習があるんでしょう!!
ミカエル様に足を踏んでいただければ、わたくしみミカエル様から……! キャーッ!』
俺はセレブロに近づき、彼女の頭にポンと手を置く。
ハッと顔をあげた彼女に、そっとささやきかける。
「俺は、女の子の足を踏んだり、髪を掴んだりはしたくない。
それに『水飲み場』なんて、モノみたいな扱いはしたくないんだ」
「そんな、わたくしはミカエル様の『水飲み場』になりたいです。
お水を飲むと、気持ちが晴れやかになりますよね?
わたくしはいつでも、ミカエル様にお水を差し上げたいんです。
それともミカエル様は、わたくしとはキッ……されたくないということで……んむっ」
セレブロのネガティブ思考が開花する前に、俺は彼女の口を塞いだ。
その瞬間、彼女の瞳にハートが浮かぶのが見えた。
喧噪が、俺たちを包む。
「み、見ろよ……!」
「あいつ、ワンパチ様のパンチを連続でくらっても、ケロリとしてやがったよなぁ!?」
「そのうえ、あんなかわいい子と、こんな往来でキスするだなんて……!」
「あの子、とっても幸せそうだ……!」
「ワンパチ様のキスも、たしかに女を惚れさせてるみたいだけど、なんかウソ臭いんだよなぁ」
「そうそう! なんか幻術にかけてるような胡散臭さがあるんだよな!」
「それにヘアリー様へのあの仕打ち……見損なったぜ!」
「ああ、飽きたからってあんなやり方でヘアリー様を痛めつけるだなんて、最低だよなぁ!」
広場の噴水前は、熱いキスを交わす俺とセレブロのカップル。
そして地面を転げ回って掴み合いのケンカをするワンパチとヘアリー。
俺たちふたりは天にも昇るような幸せに包まれ、ヤツらは不幸のどん底を転げ回っていた。
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