第51話 王宮への道

 侍女たちは寄り添って震えながら、ただ黙ってサーリアの様子を遠巻きに見ている。


 王にご加護をいただいたのになにがご不満なのかしら、と言っていた彼女たちも、今、サーリアがどうやってアダルベラスにやってきたのか、本当の意味で理解したのかもしれない。


「私のせいなのよ! なにもかも全部、私のせいなの! だから、私を恨むといいわ!」


 止まらない。

 自分はどうして、侍女たちに当たり散らしているのだろう。


「私にはなにもできやしないのに。むしろ、不幸を呼び込んでいるのに!」

「サーリアさま!」


 ベスタがサーリアの腕を掴んで一喝する。

 彼女はこちらをまっすぐに見つめてきた。


「どうぞ落ち着きあそばして。いいですか、これは王命です。私どもに背くことは許されません」

「でも……!」

「サーリアさまには地下に潜んでいただきます」


 そう言うと、侍女たちに的確に指示を出していく。

 慌てて侍女たちも準備にかかる。

 呆然とするサーリアに、一人の侍女が話し掛けた。パメラだった。


「サーリアさま。私は、サーリアさまに助けていただいて、幸せでしたわ」

「パメラ……」


 サーリアの顔を見てにっこりと微笑むと、彼女は持ち場に戻っていく。

 その言葉が有難くて、逆に申し訳なかった。


 その出来事も、サーリアがいなければなかったはずのことなのだ。


 のろのろと着替えを済ませたところで、また部屋に飛び込んで来た者があった。


「月の君!」

「殿下……」


 ヴィスティはサーリアに飛びつくと、見上げて叫んだ。


「お母さまがいらっしゃらないの! ねえ、ここにもいない?」


 こんなところにセレスがいるはずもない。

 それでも訊いてきたということは、すでに他の場所は探し回ったあとだということだろう。


「妃殿下は……こちらにはおられません」

「おかしいの、おかしいのよ。どこにもいらっしゃらないの!」


 ヴィスティは泣いていた。

 どうしていつも彼女は泣かなければならないのだろう。こんなに素直ないい子なのに。


「探したの! でも本当にどこにもいないのよ! 皆、お母さまはオルラーフに向かっているのだろうって言うの!」


 それは間違いないだろう。

 エルフィに上陸したオルラーフ軍と呼応するように姿を消したセレス。

 偶然などではあるまい。


「お母さまは私を棄てたの? 私を棄てて、オルラーフに行ってしまわれたの?」

「殿下……」

「殿下。私どもと一緒に参りましょう」


 ベスタが、サーリアから引き剥がすようにヴィスティを抱き上げようとする。

 しかし彼女がそれで落ち着くはずもない。暴れて手がつけられなかった。


「殿下。陛下はなんと……?」


 サーリアがそう問うと、ヴィスティはしゃくり上げながら答える。


「お父さま……お父さまはとても怖い顔をしていらして……怖くて……」


 なにも訊けなかったのだろう。ヴィスティはそれを思い出したのか、再び声を上げて泣き始める。

 サーリアは屈んで、号泣するヴィスティを抱き締めた。


 こんな目に遭わせてしまったのは誰だろう?


 サーリアはすく、と立ち上がると、ヴィスティをベスタに預けた。


「サーリアさま?」


 怪訝な顔をするベスタに、サーリアは言う。


「まだ少し時間もありましょう。私は陛下に会いに参ります」

「なりません! あなたさまを必ず避難させるようにと申し付かっておりますれば……!」

「参ります」

「サーリアさま!」

「止めないで」


 そう言ってベスタをまっすぐに見つめる。

 しばらく睨み合いを続けたが、ベスタは小さくため息をついて目を逸らした。


「お早くお願いしますわ」


 サーリアはその返事を聞くと、踵を返して歩き出す。

 ヴィスティの泣き声を背中で聞きながら、王宮に向かって。


          ◇


 王宮の前に差し掛かると、衛兵が彼女の姿を認めて、前に立つ。


「月の君、どちらへ行かれるおつもりでしょう?」

「もちろん、王宮へ。陛下に謁見を」

「なりません。月の君はどうぞ侍女頭の指示に従ってくださいませ。この先に通すわけにはいきません」

「おどきなさい」


 構わず前に進もうとするサーリアの前に、衛兵が二人、立ちはだかる。


「重ねて申し上げます。通すわけにはいきません」


 そう言って、腰に佩いた長剣を鞘から引き出した。

 それを見て、サーリアが声を上げる。


「痴れ者が! お世継ぎを身ごもるこの私に向かって抜刀するとはなにごとか!」


 その声に二人の衛兵はひるんだようだった。

 サーリアはその様子を見ると、声を静めて、言った。


「道を開けよ」

「しかし」

「開けよ!」


 どうしたものかと衛兵は顔を見合わせる。

 それを助けるように、低い声がした。


「よい。通せ」


 後方から甲冑を着込んだ将軍が歩み寄ってきていた。


「そんなものをちらつかせても、我らに月の君を斬ることはできぬ。脅しにはならぬわ」


 そう言って、失望したように首を横に振った。


「むしろ、斬って欲しいと思っているのだろう」


 サーリアはその言葉を否定はしなかった。


「来るような気がしておりました」


 ゲイツは深くため息をついて言う。


「一つだけ、お訊きしたい」


 そう言う彼は、酷く疲れているような顔をしていた。


「私はあのとき、あなたを見殺しにするべきだったのでしょうか」


 あのとき。サーリアが自分自身に刃を立てた、あのときに。


「……あるいは」

「そうですか」


 サーリアの答えに、将軍は自嘲的に笑った。

 そして後方を手の平で指すと、言った。


「どうぞ。陛下は王室におられます」

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