第48話 裏切り
ゲイツは中々進まない足を、後宮近くの中庭に向かって動かしていた。
王にサーリアに会うよう言われたとき、来たか、と思った。
あの日。
サーリアがヴィスティの手を引いて王宮にやってきたあのとき。
彼女がふいにこちらに目を向けてきたとき、通常ならそこにいるはずもないサーリアに動揺して取り繕うことができなかった。
彼女は不審に思ったことだろう。なにか隠しごとがあるのではないか、と。
腹芸は得意ではないのだが、とため息をつく。
しかし、それを絶対に口にするなと王には念押しされている。
なんとか中庭に到着する。
そこに、以前と同じように絵画のように存在する彼女がいた。
「サーリアさま」
声を掛けると、サーリアは腰掛けていた長椅子から立ち上がった。
「わかっているのでしょう」
そう言って見透かすように、ゲイツを見つめてきた。
「なにを、でしょう」
「隠しごとをすると、身のためにはならぬ。エルフィになにが起こっているのか申しなさい」
「なにも。以前に申し上げた通りにございます」
「ゲイツ将軍」
ふいに呼ばれ、身を堅くする。以前と変わらぬ威圧感。
王者とはかくや、と思わせるほどの。
「私を謀るつもりか?」
「いえ、決してそのような」
「では正直に申しなさい」
「なにも隠してなど……」
「将軍!」
いや、これだけは口にできない。将軍は固く口をつぐんだ。
サーリアはその様子を見ると、ゲイツに歩み寄る。
そしてその手に、自分の白い手を乗せてきた。ゲイツの手がぴくりと震えた。
「この私に忠誠を」
「……は」
「恐怖による支配。それはないと申した。それを誓えるか?」
「はい、もちろん」
自分の隠していることと違うことを言われ、ゲイツは安心して答えた。
しかしその様子を見て間髪入れずにサーリアが言う。
「では干ばつか?」
「いえ!」
その言葉に顔を上げ、はずみで答えた。
ゲイツの表情を見て、サーリアは口の端を上げた。
そしてそっと手を離して背を向ける。
「サーリアさま」
ゲイツは慌ててその背中に声を掛ける。
「退がりなさい」
「しかし」
「退がりなさい」
サーリアの声に負けると、ゲイツは頭を下げると踵を返した。
私は喋ってはいない。
言い訳するように、何度も胸の中でそう思いながら。
◇
サーリアはしばらく立ちすくんだあと、その足で王宮に向かった。
後宮に帰らず踵を返すサーリアを見た侍女が慌てて後を追ってくる。
「サーリアさま、どちらへ?」
「王宮へ」
侍女が「えっ」と小さく驚くように言って、サーリアの前に小走りで出てくる。
「いかがなさいました。陛下への目通りはそんな急では」
「おどきなさい」
サーリアは構わず侍女を押しのけ歩き続ける。
侍女は制止を諦めたのか、なにも言わず、彼女の後を付いてきた。
◇
「何用か」
王室に飛び込んできたサーリアを、本棚の前に立っていたレーヴィスは怪訝な顔をして見つめてきた。
サーリアは多少息をきらせながら、彼に詰め寄る。
「なぜ隠していたのです」
「なにを」
「エルフィのことに決まっているでしょう!」
その言葉を聞くと、レーヴィスは深くため息をついた。
「他言無用と言ったのだがな」
「将軍はなにも言っておりません。私が察しました」
「同じことだ」
そう言ってこめかみに手を当てて、息を吐く。
その態度に怒りが込みあげてくる。
「なぜ隠していたのかと訊いているのです!」
「なぜ? 懐妊中のそなたにいらぬ心配をかけないためだ」
「ふざけないで!」
サーリアはレーヴィスの前に回りこむと、すがりついた。
「私をエルフィに帰して!」
「馬鹿なことを……」
「馬鹿なこと?」
「そうだろう? 雨乞いの能力はないと自分で言っただろう。行ったところでなにができる」
「ひとまず国民を安心させることくらいはできます!」
「なるほど、自分の価値は理解したようだ」
「陛下!」
その馬鹿にしたような物言いに、叫んだ。
レーヴィスは肩をすくめて言う。
「暴動が起きつつある。姫を返せ、と」
「じゃあ!」
「懐妊中のそなたを? 冗談じゃない」
サーリアを見下ろす濃緑の瞳を見て思う。
裏切られた。
自分は、裏切られたのだ。
最初から、信じてはいけない人だとわかっていたはずなのに。
そうだ、彼は敵なのだ。
なのに勝手に信じて、勝手に裏切られて。
そして勝手に傷ついた。
「私は……私は、あなただけは私にちゃんと話をしてくれる人だと思っていたの。それだけは、信じていたのに……」
そう言うと彼は、傷ついたかのように、わずかに眉尻を下げた。
そして一つ息を吐くと、言った。
「買い被りだ。私はそなたに何の決断もさせるつもりはない」
「陛下!」
「衛兵!」
レーヴィスが声を上げると、扉の外に控えていた衛兵が部屋の中に入ってくる。
彼はサーリアを指差すと、言った。
「連れていけ。部屋から一歩も出すな。それから自害しないよう見張っておけ」
「御意」
両脇から衛兵がサーリアを抱え込んだ。
ついてきた侍女もなにもできずにおろおろと見守るだけだ。
もがいても衛兵の腕からは逃れられなかった。
「どうして! 私をエルフィに帰してよ!」
サーリアの懇願も彼には届かない。
彼は彼女を一瞥すると、背を向け、振り返らなかった。
「帰して!」
サーリアの叫びは、目の前で閉ざされた扉の前に、途切れてしまった。
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