自分が追放した子が気になる女騎士『百合ぽい』

赤木入伽

追放したあの子が気になる女騎士

【魔物討伐隊シュピカの冒険録 第二巻】


 ( 省略 )


 私達、新生シュピカ隊はついに公爵級の魔物バハムートとの戦いを始めた。


 バハムートはやはり強敵で、ただのフレアで全身が火傷するかと思えた。


 けれど今のシュピカ隊ならばやれる。


 お荷物の白魔道士ヒルデを追放した今のシュピカ隊ならば、バハムートを倒せる。


 私こと騎士クラウディア、エルフの弓使いメラニー、ドワーフの重騎士ディルク、ホビットの黒魔道士ユルゲン、それに新人の白魔道士シャルロッテが揃えば、怖いものなしだ。


 私は愛剣アイフェを振りかざし、バハムートの喉元へ走り出す。


 ところで私達が追放したヒルデは、薬屋を開業したらしい。


 メインのお客さんは貧しい人、亜人、外国人ばかりなので、貴族には良い顔をされないそうだが、案外繁盛しているらしい。


 また、ある貴族がヒルデに難癖をつけ、薬屋を閉店させようとしたらしいのだが、ヒルデが貴族の娘の病気を治したことで、閉店は避けられたらしい。


 さらにドワーフのみに発生する難病がエルフにも発生する異常事態にヒルデは




「バハムートのことを書かんかい!!」


 突然、背後より怒声が響き、少女は身体を大きく震わせました。


 心臓が飛び出るかと思いましたが、馴染みのある声に振り向くと、そこには呆れた顔をしたエルフの少女がいました。


「な……なに? 突然……」


 怒鳴られた少女は身を縮こまらせ、怯えた目をして問います。


 しかしエルフの少女はさらに大声をあげ、怯える少女をさらに怯えさせます。


「何? じゃないわ! バハムート討伐の最中にヒルデの物語が始まっておるではないか! おぬしが書いておるのは『雑魚な白魔道士ですがパーティー追放されたので薬屋としてスローライフはじめます』って成功譚か!? いったい何を書いておるんじゃ、クラウディア!」


 エルフは床をダンッと踏みつけ、そう言いました。


 そしてクラウディアと呼ばれた少女は、「で、でも……メラニー……」と小声で言います。


 そう。


 信じがたいことでしょうが、この――身の丈は平均より小さく、手足はいかにも膂力がなさそうで、仲間であるはずのメラニーに怯え、目元にはうっすら涙を浮かべている少女こそシュピカ隊のリーダーの騎士クラウディアなのです。


 その様子にメラニー(こちらはこちらでクラウディアよりも小柄で幼い外見ですが、これでも五十を超える齢です)は溜息をつき、クラウディアが書いていた『シュピカ隊の冒険録』を手に取ります。


「まったく、話題が逸れるにしてもヒルデのことはないじゃろうて。おぬし、後ろめたいとか罪悪感を覚えないのか?」


 メラニーは声量こそ抑えたものの、口調は厳しいものでした。


 しかしクラウディアは、


「……えっと……その……これを読む人も、ヒルデのことが気になるかなって、思って」


 恐る恐るながら、それが何か変? とでも言うような顔で説明します。


「それに、私だってヒルデには悪いことしたなって思ってるけど、それとこれとは別の話でしょ? これを読む人はきっとヒルデのことが気になると思うから、これでいいんだよ」


 クラウディアは無邪気に言います。


 しかもどうやらその言葉には嘘がないようです。


「おぬし、“さいこぱす”と言われんか?」


「さいこ――なに?」


「いや、異国の言葉じゃ。気にするな」


 メラニーは改めて呆れ(加えて恐怖)から来る溜息をします。


「おぬしはある意味では魔物より怖いのう。……まあ、それはともかく、ヒルデのことをあまり多く書くでない」


「え? なんで?」


 クラウディアは抗議の声をあげかけましたが、メラニーが睨みを効かせるとすぐに押し黙りました。






( 省略 )


 次はいよいよ大公級の魔物テュポーンの討伐である。


 これを倒せば世界は平和になると言っても良く、またそれが成せれば私は勇者の称号を得られるだろう。


 ただし、テュポーンはそれだけの強敵である。


 “忘らるる理想郷”がテュポーンの巣ではあるが、そこは全ての魔物の巣窟であり、男爵級や子爵級の魔物ならごまんといる。


 だがシュピカ隊は少数精鋭なので、雑魚とは言え多勢に構うだけの力はない。


 よってシュピカ隊に残された道はこっそりとすり抜ける、というものだけになるのだが、実はシュピカ隊はそういった隠密作戦も得意であった。


 実際、かつてシュピカ隊が私とメラニーとヒルデの三人だけだったときは、ヒルデがケンタウロスの背後に忍び寄り、そこで注意をひいたりして――




「……」


「……ちゃ、ちゃんと、ヒルデのことは多く書いてないよ?」


 クラウディアの書いた冒険録を見つめて黙り込むメラニーに対し、クラウディアは言い訳を言います。


 しかし、


「明らかにヒルデの話題が唐突じゃ!」


 メラニーはまた床をダンッダンッと踏みつけて言います。


「まったく、……おぬし、いったいなんでヒルデを追放したんじゃ。実はヒルデのこと大好きじゃろう」


「え、そ、それは……その……大好きだけど……」


「え?」


 メラニーは軽口のつもりで言ったのですが、思わぬクラウディアの言葉に唖然としました。


「……大好きなのに、追放したのか?」


「大好きだから、追放したけど?」


「……やっぱり、おぬしはさいこぱすじゃな。……おぬし、いいかげん現実をしっかり見たらどうじゃ?」


「……?」


 メラニーはたしなめるように言いましたが、相変わらずクラウディアは何がおかしいのかという顔をしていました。






( 省略 )


 王都ではテュポーンが討伐されたことに歓喜の祭りが開かれていた。


 誰もかれもも笑顔であり、また討伐隊を讃えていた。


 そしてヒルデも笑顔だった。


 もっともヒルデの笑顔は毎日のことであり、お客さんには優しくお薬を売っていた。


 ただ今日はちょっと乱暴そうな討伐隊員がやってきた。


 とても怖い顔をしている。


 だがヒルデの笑顔は誰にでも等しく降り注ぎ、その討伐隊も最後には笑顔で去っていった。


 また、今日はかつてヒルデが治した貴族の娘が、今日は小さなリスの病気を治してほしいとヒルデにお願いしてきた。


 どうやらリスは寿命で死んでしまっていたらしいけれど、ヒルデは優しく貴族の娘を抱きしめ、家まで送っていった。


 ヒルデはどこまでも優しい。




「もはや本当にヒルデのことしか書いておらんのう」


「……だって……」


 メラニーは、クラウディアの書いた冒険録を難しい顔で眺めて唸り、クラウディアは視線を机に向けたまま小さく独りごちるように何かを言います。


 それに対しメラニーは、


「……いい加減、現実を見るんじゃ」


 とだけ言い、そのまま去っていきました。






( 省略 )


 テュポーンが討伐されて幾年がたったが、最近、忘らるる理想郷で魔物が増えているらしい。


 そのために、テュポーン討伐後は静かだった魔物討伐隊の界隈が、にわかに騒がしくなってきていた。


 そして、その討伐隊の中でも有名な騎士が、ヒルデにプロポーズしたそうだ。


 この騎士も忘らるる理想郷へ向かうそうだが、その前にどうしてもヒルデに思いを伝えたかったらしい。


 返事は自分が無事に帰ってきてから聞かせてほしい、と騎士は言ったそうだが、その騎士は名誉も名声もあるので、もし結婚が果たされればヒルデはきっと幸せになるだろう。


 もちろん、騎士と結婚なんてすれば、これまで通り薬屋をやっていくのは難しくなるかもしれない。


 だが、ヒルデならば、どこでだって人を笑顔にすることができるはずだ。


 ヒルデはそういうことができる人物だ。


 それと




「いい加減にせい!」


 メラニーが激高し、クラウディアの腕を掴みあげます。


 そして勢いそのままにクラウディアを机から引き剥がし、床に叩きつけました。


「――っ」


 さすがに騎士といえどメラニーも痛みに苦悶の唸りをあげます。


 しかし騎士であるため、臆病と言えどクラウディアはすぐさま立ち上がります。


 立ち上がる、はずなのですが――


 クラウディアは痛みに苦悶の唸りをあげるものの、立ち上がりません。


 なんとか腕だけで上半身を起こしますが、その間、下半身は一切動きませんでした。


 まるで飾り物のように。


「……やめて、よ……」


 クラウディアが小声で言います。


 泣きそうな声で。衰弱しきったような声で。


 ただ、その表情は感情がほとんど見えず、虚無的でした。


 いっそ、たった今怒鳴ったはずのメラニーのほうが、苦しそうな表情をします。


「のう、クラウディア。おぬしが辛いのは分かる。まだ齢が二十にもならん時にシュピカ隊を立ち上げ、命がけの戦いを何度もし、やっと戦いにも慣れた頃に――上を目指すためにヒルデを追放した――、そしてその後も必死に戦い、それが人々にも称賛された――、じゃから、そんな昔のことを懐かしみたくなるのはワシも分かる。――じゃが、シュピカ隊は、テュポーンとの戦いに敗れ、壊滅したのじゃ」


 メラニーはわずかに悩むようでしたが、はっきりと言います。


 そして、そう言うメラニーの片目は白く濁り、またクラウディアの両足首は生々しい傷跡がありました。


「テュポーンを倒して栄誉を手に入れたのは別の討伐隊じゃ。ワシらじゃない。じゃから、いい加減、過去を懐かしむのはやめよ。前を向くが良い」


 メラニーはクラウディアの肩に手を置きます。


 しかしクラウディアは、


「前って……どうやって?」


 虚無的な目をメラニーに見せました。


「メラニーはいいよね、片っぽだけしかなくしてないんだもん。でも私は両方とも駄目なんだ。これじゃあ前を見ても、歩けないんだよ」


 それだけ言うと、メラニーはもといた椅子に戻ろうと腕を伸ばし、下半身を引きずり出しました。


 もはやメラニーの言葉は何も響かないようです。


 だからメラニーは「おい、出番じゃ」と言います。


 クラウディアはなんのことかと思いました。


 しかしメラニーが言葉を発した先を見て、そこに突如現れた女を見て、驚愕しました。


「よう、クラウディア。久しぶりだな」


「ひ……るだ?」


 女――ヒルデは快活な挨拶をし、クラウディアは幻を見ているかと思いました。


 しかし目の前の女は、女にしては高身長で肩幅があるものの、夢魔を思わす豊かな体躯をし、また顔つきが鋭く、髪が炎のような赤々とした攻撃的な印象を受けるけれど、纏う白のローブは本人の清廉さを表すように汚れ一つなく、何よりも口もとは嘘のない柔らかな笑顔――昔のヒルデと同じでした。


「メラニーから聞いたぞ。怪我しちまって、随分と塞ぎ込んでるみたいだな」


「え――あ――」


 昔通りのヒルデに対し、クラウディアは言葉が出てきませんでした。


 ただ、そんなクラウディアに対してもヒルデは、やはり昔通りに明るい笑顔を振る舞い続けます。


 そして、


「お前ってそういうところあるよな。臆病者のくせに討伐隊を結成したり……、臆病者のくせに自分よりも他人が死ぬことを怖がったあげく、死ぬ確率が高いやつを追放したり……臆病者のくせに強敵に負けて、皆が死んだり傷ついた責任を自分ひとりのものだって抱え込んだり――」


 ヒルデはクラウディアの内心をすべて暴いてしまいます。


 クラウディアはそれを遮りたかったのですが、声が出てきませんでした。


「そういう、ちょっと捻くれてるけど真面目で優しいところがお前の可愛いところだと思うが――もういいだろ?」


 ヒルデは言うと、クラウディアを抱きしめました。


 クラウディアは相変わらず声が出ません。


 が、ぽろぽろと涙が出てきました。






【魔物討伐隊シュピカの冒険録 第三巻】


 ( 省略 )


 忘らるる理想郷に多くの討伐隊が入ってから、数ヶ月がたち、多くの犠牲者がでた。


 だが、ヒルデを軸とした白魔道士らが負傷者の傷を次々と癒やし、討伐隊員らは着実に魔物の数を減らしていった。


 ただ、そうすると魔物も馬鹿ではなく、白魔道士を狙うようになった。


 もっとも、それも魔物の徒労に終わる。


 なにせ多くの白魔道士の周りには、多くの護衛がついていたから。


 例えば隻眼のエルフとか、グリフォンに騎乗する女騎士とか


 ( 省略 )

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