古都ツクバ
第21話 終末―5 ADVENT KAHO
第六章 古都ツクバ
肩部ID―VER.2認証しました システム再起動
おかえりなさいませ 筑波宇宙センター研究員
本日は 西暦二六七六年 一二月二四日 日曜日 でございます
現在第三対災ステーション及び本地上施設に維持されている機能は――
地面に降りた黒髪の少女が
これは何、どういうこと。俺たちのなかで唯一シルダリアが叫ぶ。直後、あらゆるものが止まったような静寂と、凪いだ空気。わたしは、全て……。口から漏れだした言葉。狭い中央通りに立った小さな少女はふらつき、吹き抜けた風に押されるまま軽い音を立てて地面に倒れた。
これまでの疲れによるものだと思うから、そのうち目を覚ますでしょう。シルダリアは内腕で気を失ったレーグルを抱え、建物群の中央にある狭い公園の長椅子に寝かせる。少し休憩したのち、俺たちはそれぞれこの街を探索することになった。
「つっても、古代文字なんて読めねえから、できることなんてねえしな……。よし、オレが見守っておくから、アコウギ、お前は先に行ってこい。あぁ、それと、
シルダリアに次いで公園から出ようとした小男は、困ったように振り返って言った。俺はレーグルが目を覚ますまで動かないつもりだったが、そういうことならと腰を上げる。ヘンダーソンは信頼できる。
一生身体が光ったままになるけど、いいのか。敢えてそう尋ねると、長椅子の隣に座ったヘンダーソンは馬鹿野郎と笑った。着込んだやつの
通りに沿って広がる街並みは何もかも目新しく小さい。入れそうな扉もほとんどない。遠く聞こえる破砕音。地面が断続的に揺れ、灰燼が風のない西の空を満たす。シルダリアは手当たり次第建物の壁に穴を開けて侵入して回っているらしい。通りの桜が圧し折られ、花弁がそれでも鮮やかに宙を舞う。奔る桃色の閃光。爆炎を上げ、街を破壊する巨大な化け物。知っている。あの植物とこの街の価値を理解しないほど、審美眼のない彼女ではない。これは世界の終わる一瞬前にも保持されてあるべき遺構だ。いまやシルダリアは歴史ある街の形を引き剥がし、きっとその奥にあるだろう世界の真実を探して手を伸ばしている。
無人島からここまでで、俺の熱は引いていた。シルダリアの本当のところは少し分かった。いま怪物らしく暴れる彼女の姿に怯えることはないものの、それに従って同じような強引なやり方を取る気にはなれなかった。鈍重な疲れが身体を支配するなか、俺は精一杯の気持ちで入り口の大きな構造物を探して歩くことにした。
もはや建物群の果てにある
何か重要なものがありそうだ。最後の
こん、と足をつく。降下したのは
えーえー、こほん。
うん。立体映像班タイミング、三、二、一。
はい。これは、人類史記録レコードの日本語版、試作簡易抄録です。
大事なお知らせもあるので、研究室のみなさんは見逃しちゃダメですからね。
――さぁ、行こう!
数え降ろしと合わせて、通路中心に小さな旧人類の女性の影がぼんやりと現れる。手を触れようとしてみるが、実体はない。見回して確認すると、女性は床面と壁面に隠された写真機に似た機器によって映し出されていた。現代では実現されていない旧人類の技術だ。ようやく落ち着いてきた
一つ目は、煙と爆炎からはじまった。轟音。床に見えるのは鋼色に染まった円錐状の構造物。建物の群れを映し出していた通路左右の両壁が、揺れと共に次第に足場のない青白い色を得て、大地がとんでもない速度で遠ざかっていく。発射される宇宙機の天井から見下ろした映像だ。そう気付いたときには、足元の構造物は切り離しを繰り返して随分と小さくなっていた。視界の果てまで広がる茫漠とした輪郭の青。
ロシア連邦、ロスコスモス社から。
一九六一年、世界で初めてガガーリンが宇宙有人飛行を成功させました。
地球は青かった。語り継がれるこの言葉は、宇宙開発史、
彼の乗ったロケット、ボストーク一号はまさに黎明の一機と呼ぶに相応しく、カザフスタンのバイコヌール宇宙基地から発射されました。
耳慣れた単語に驚く暇もなく、二つ目の映像が流れる。巨大な海洋生物二匹が左右の壁に映された海面から跳び上がり、頭上で交差して、元とは反対の壁面に映された海へ飛び込んでいく。俺の二倍くらいの体躯を誇るその生物は、大きさのために
フランス共和国、アリアンスペース社から。
まさに奇跡といいましょうか。彼らが持ち込んだ巨大生物群の一つは、ちょうど
この数年で、様々な芸術作品が生み出されました。欧州のロケット発射技術の中心となるアリアンスペースの本社が置かれたクールクーロンヌを起点として、絵画、演劇、歌などが数多く制作されました。なかでも我々と彼らの出会いを描いた絵画、『
荒い息と、ふらつく視界。何だこれは。良く分からない言葉ばかりが脳を揺らし、頭が混乱する。倒れそうになる身体を支えながらしばらく通路を進むと、突き当たりの壁に設置された扉の手前で三つ目の映像が流れた。
天井が瞬き、二重螺旋構造の図像が複数現れる。それらは数を増やしながら、立ち止まった俺を立体的に周回する。東アジア語古トンフォン方言と西欧州語古グルームレイク方言でそれぞれの遺伝子についての説明が壁に映し出されるが、母語者かシルダリアのような天才でなければとても解読できるような速度と量ではない。
中華人民共和国、
彼らと共通する約一八パーセント。
それは、生命の神秘を解き明かすための数字でした。
第三次世界大戦のために再び
わたしもそのなかの一人……って話はどうでも良くて、ええと、戦火によりほとんどの地域で先進的な科学技術は失われてしまいましたが、それでもある程度の研究成果は大災害に間に合うだろうとのことで、わたしたちが地球を離れる前に世紀の謎がまた一つ解き明かされそうです。とっても、わくわくしますよね。
――そして、最後に。
俺の正面の床から再び立体的に映し出された女性は、もう影ではなかった。
その黒い髪に、冷え固まった水のような瞳に、憶えがあった。
どうして声で気付かなかったのだろうか、そう思うよりも早く、彼女は口を開く。
日本国、筑波宇宙研究センターから。
このわたし、中原愛星が、『第六次大量絶滅期・終末避難計画』、『
世界で始めて科学研究によって宇宙よりのものと知られることになった隕石の名前を負って、わたしたちはほかのみなさんより三年早く地球に降り立ち、文明再興の準備をします。
飛び級だからって子ども扱いしていた人たち、覚悟してくださいね。あなたたちが降りてくるころには、わたしはちょっと年上になっているんですから。
以上、英知は空にある、でした。
「結局。第六次大量絶滅期の序波となる大災害は想定よりずっと早く起こり、終末避難計画は間に合いませんでした。生命の神秘を解明するどころか、大勢の人々をわたしたちは地球上に置き去りにすることになった」
映像が途切れると同時に、暗い声がした。光る小さな身体。
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