第17話 世界の全ての偽りの祭ー1
「アコウギさん助かりました。この野蛮な人が全然言うこと聞いてくれなくてですね」
「アコウギありがとう。こいつら言ってることが小難しくて困ってたんだ」
二人から話を聞くと、どうもヘンダーソンが接触を禁じられている遠古の遺構に不用意に触りかけたり、大声を禁じられている神聖な場所でうっかり騒いだりしたのを、レーグルがぼこぼこと叩いて止めて回っていたらしい。観光局の職員は
「あぁ、そうか。それはごめん。
言われて自分の失態に気付き、職員たちの方へ低く腰をかがめて頭を下げたヘンダーソン。直後、その後ろから首に手を回して小さな少女が飛び乗った。落ちないかどうかはらはらする挙動に心臓を掴まれた俺を横目で捉えると、彼女は短い黒髪を揺らし、元気いっぱい圧をかけて言う。
「アコウギさん伝えてください。『もう、あなたを注意して回って疲れました。このままわたしは動かないので、ホテルまで連れてってくださいね』」
「アコウギ、これ多分だけど、疲れたからこのまま宿まで連れて帰れとか言ってる?」
「おう、正解だ」
レーグルとヘンダーソンは共通語を持たない。だというのに、中性的な顔立ちの小馬鹿は
この遺構から
なのに、俺はうすら寒い感覚を覚えていた。先導するように歩くシルダリア。彼女が平然とレーグルと会話を進めているのが信じられないものにさえ思えてくる。俺たちは
「――だと思うんですよ、ねえ、アコウギさん」
「うぁ? あぁ、うん。そうだな」
「あー、全然聞いてなかった返事じゃないですかいまの」
「ごめんなさいね、アコウギは今日私に色々付き合わせちゃったから疲れてるのよ」
「え、イロイロ……。ちょっとそこのところ詳しくお願いします」
突然飛んできたレーグルの声に生返事をしてしまったことで、混乱してぼんやりと揺れるばかりの自分の有り様を再認識させられる。言葉を引き継いで談笑をするシルダリアと
その夜、ほかの
今日は年に一度の『
「こんばんは。ぼくたちを祝う場を設けていただいたことに、
――『英知は空にある』。
重なる数百の声。と、同時に、爆音。離れた複数の地点から垂直の火砲が撃ち放たれ、星明かりの照る夜空にさらに巨大で色鮮やかな花を咲かせる。景気のいい音楽が鳴りだして、都市の通りに設置された拡声器から州の長官の挨拶が続く。運動競技選手、歌手、俳優、学者、作家などの著名人たちで構成された
飛行制限は解除され、
開会式が落ち着いて散り散りに去って行く人々。喧騒に紛れて飛んだ俺は、内腕にレーグルを抱えて州都庁舎の展望台に降り立った。直ぐに
「それでは、レーグル様。また、
「でも……。アコウギさん、いいんですか、またわたしばっかり」
「あぁ、俺よりはずっと頼りになる人たちだから、楽しませてもらってくれ」
職員に黒髪の少女を預けて手を振る。
しかし、本当のところ
彼女の服装は
「アコウギさん、ありがとうございます。楽しんできますね」
優しい言葉ののちに、笑顔。彼女の冷え固まった水に似た瞳が少しの寂しさに揺れたのを見て取って、撃ち抜かれたように心が痛む。そして、それさえ化け物の幻覚かもしれないという気持ち悪さに耐えながら、賑やかな地面へと降り立った。
「悪い、ヘンダーソン。一人で回ってくれ。貨幣は、ええと、これが使えるだろうから、少し多めに渡しておく。祭りの部局の人はバイコヌール語も話せるはずだ。見たところ、
黒い小柄な友人が人影に消えたのを確認し、大通りの街灯が照らす祭りの活気から離れ、路地に向かって歩みを進める。狭い通路で立ち止まり、薄暗がりのなかで腰を落ち着ける。闇夜に溶け込んでしまいたい気分なのに、身体はうっすら光ったままだ。
地鳴りにも似た歓声が空気を震わせて絶えず遠くに聞こえる。静かにもなれそうにない。ふと空を見上げる。高い建物の群れに縁どられた狭い闇、そこで輝く自由なまでの星々に嫌気がさして目を伏せる。
我らは自由を着せられた。そのはずだった。この
世界を代表する顕学たちが研究から導き出した事実だ。否定できる材料は手元にない。俺たちは、
唐突に、
どれだけ経っただろうか。一人また耐え切れずふと顔を上げ、嫌な気持ちになって目を伏せる。空はやはり好きになれない。それがどうしてなのかは分からないが、
冷たい風が吹き抜ける路地。背にした建物の壁面、梯子代わりの凹凸があり、現人類が登坂できる仕組みになっているそれが、歪にささくれ立って背の
「よぉ、探したぜ。適当に買ってきたらちょっと飯にしよう」
闇夜に混じるほど赤黒い翼を着込んだ小男は、屈託のない笑顔で俺の隣に座る。
「……どうしてここが?」
「はっ、体力仕事と、てめぇを見付けることに限っちゃ年季が違う」
「――あぁ、全くだな。ありがとう」
嫌なことがあると、いつだって逃げ出した。そして、帰りが遅くなるとこいつが迎えにきた。生まれてから
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