第12話 州立展示場
「すごい、ゴーガンじゃないですかこれ、六○○年も残ってたんですね」
「いや、後世の模造品だって話だ。それにしたって
俺とレーグルは、
シルダリアは一応の事情を説明しに
多くの人が描かれた絵画。
そのまま時間をかけて種々様々の作品を見て回ったあと、現代美術の展示室を抜け、『名を知られぬものたち』と表記してある小さな部屋に足を踏み入れる。学芸員が俺に解説してくれたことには、州立展示場の核とも言えるここにはその正式な名称が現伝していない遠古の芸術作品が置かれているという。ほかにも一つ『進化』と便宜上名付けられている有名な絵画があるのですが、修復作業中なので申し訳ございません。博識な若い男性はそういって古タネガシマ方言でレーグルに断り、部屋を一周案内して見せる。
広い部屋ながら展示物は少ない。中央に二体の白い像が置かれ、少し離れた壁面に二冊の
像に関しては、
片方は俗に『
もう片方は特に通称のない白い年老いた男性の像だ。『偽現人類裸像』の半分ほどの大きさで左右に大きく欠損がみられるが、筋肉質で躍動的なその様子は現代美術に匹敵するほどの圧力を感じさせる。いまにも動き出しそうなその身体に巻き付いた謎の紐らしき物体も、纏った超然とした雰囲気をさらに強めている。
レーグルはゆっくりと歩いてそれらの石膏を眺めると、振り返って俺に尋ねた。
「ダビデ像とラオコーン像じゃないですか。盛期ルネサンスとヘレニズム、制作年代が一四○○年も離れているものを同じ部屋に置いておいていいんですか?」
驚きのあまり、翼が一気に紅くなった。
激しい足音。レーグルの話す東アジア語古タネガシマ方言、日本語を理解した若く教養のある学芸員が俺と同じく色を変えて筆記用具を取りに飛んだ。興奮を抑えながら館長に内容を伝えると、柔和そうな笑顔を浮かべた老年の彼も、これは驚いたとばかりに薄い目を見開いた。
戻ってきて、
「――『アルマゲスト』だ。うわぁ、本当にいいものがちゃんと残っていますね。もう一つは、――オレ……ク、ハル? すみません。表紙の文字は何となく分かるんですが、内容はちょっと……」
レーグルはそのまま立てかけられた書物にも加えて言及したが、二つの内一つは文字がかすれているためか特に覚えがないようだった。彼女が首を横に振った一つは、音韻から察するにオルエイクハル。現代の『新オルエイクハル暦』に含まれている単語だ。歴史のある言葉で『降り立つところ』という意味とはされているが、原義などは現代でも判明していない。
豊かな語彙で遺物を解説して回る小さな黒髪の少女。旧人類のなかでも群を抜く知識人であったに違いないレーグルを三人ですごいすごいと言ってほめそやしていると、かなりおだてに乗りやすい気質の彼女は気分が良くなってきたようだった。
「そうでしょう、そうでしょう。あれに、これに……あぁ、確かあんなこともあったんだった! ともかくわたしは、希代の天才だって評判だったんですから。それに、特に大学では――あれ、大学で何やってたんだっけ……」
自慢話をつらつらと語って聞かせていた少女は、最終学歴に言及したところで顔をしかめて言葉を詰まらせた。彼女は一六歳以降の記憶がほとんどないという。眩暈と共にふらつき、振り向いて困ったような表情を浮かべるレーグル。少しばかりのいたたまれなさと申し訳なさを感じて小さな背に触れると、鋼色の
「州立劇場の夜公演が準備されています。せっかく
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