第24話「消し去りたい過去ほど、燃えるゴミに相応しいものはないという話。」
休日。いつもと変わらぬ曇り空の昼下がり。
「えっと、ここだっけ……?」
工多は携帯電話を片手にアニメショップの前の通りを彷徨っている。
携帯の画面は最近はやりのSNSだ。メールや電話とも違うショートメッセージを送るための雑談アプリ。一つのグループの画面を見つめながら、きょろきょろとあたりを見渡す。
待ち合わせ、のようだ。
仕事先の連中とも違う相手。グループ名も特にない三人だけのグループの画面。
「お兄ちゃ~~ん、こっちだよ~~」
手を振りながら声を上げる人がいる。
「久しぶりだな。我が兄よ」
そこにいたのは、ゴスロリチックな白いファッションに身を包む女の子が一人。もう一人は革ジャケットに皮ブーツに穴だらけの服とトチ狂ったロックンロール衣装の女の子。互いに髪をサイドポニーで纏めてはいるが、右左と纏めている向きが違う。
女子高生当たりの年頃の少女達が、工多を見つけるや否や、駆け寄ってきた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「久々に見たけど……大きくなったな。二人とも?」
まるで、親戚のおじさんのような言い方で、女子高生二人と一緒に工多は街中を歩く。
仕事場では見せない対応。年上のお兄さんらしい優しい声で二人に声をかける。
「三年ぶりだっけ? お兄ちゃんは見ない間に老けたね」
「二十代に向かって言う言葉じゃねーだろ、それ」
老けた。まさか、二十代でそんな事を言われるとは思いもしなかった。
もしや最近の疲れのせいで皺が寄っているのだろうか。ストレス発散などが出来ていないのかと工多は同時心配にもなってくる。
「まぁ、今は再会を楽しもうではないか……なんてね」
まるでライトノベルに登場するキャラクター。いわゆる中二病のようなポージングとセリフを革生地ファッションの女の子は口にしていたが、直後に照れ隠しするかのように言い直す。
「……もしかして、“
工多は何処か心配そうな声で革生地ファッションの少女に聞く。
「流石に卒業したよ~。たまにノリでやるくらい。“
「えぇ~。私も卒業したよ~?」
雛音、菊音。
二人は工多の親戚である。幼い頃から親戚同士の集まりで会ってはよく遊んでいたらしく、何歳も年上だった工多は二人の相手をしていたそうだ。
二人が高校生になり、工多も夢の為に都会へ旅立ってからは会う機会が少なくなっていた。今回、雛音達が観光目当てで都会へ来たらしく、それを聞いた工多が時間を合わせて会いに来たというワケである。
三人は非常に仲が良かったらしい。工多も二人を妹のように可愛がり、雛音達もまた、工多を兄のように慕っていたようである。
「そういうお兄ちゃんは、完全に卒業したっぽいね~」
二人と違って普通のファッション。地味な服装で街中を歩く工多を前に菊音は首を傾げた。
「懐かしいな……兄上もまた、私と同い年くらいの時には『†暗黒世界の覇王の末裔†』と名乗っては、はしゃいでいたのに」
「モテなかったのに『私には心に決めた女がいる』って上から目線だったり、腕の中には『魔王の力』が封印されているとか言って包帯巻いたりしてたよね~。私達もそれをまねして」
「息の根を止められたくなかったら、それ以上言うな……?」
昔話。あんまり人前で話すなとガチなトーンで喋る工多。真っ青な表情で。
それを前に妹二人組は面白そうにはしゃいでいる。なんだかんだ言いつつも、久々の再会に親戚同士仲良くやっているようだった。
「はははっ……ところでお兄ちゃん?」
「どうした?」
中二病以外の事についてなら幾らでも話す。工多は笑顔で首を傾げた。
「……さっきから、お兄ちゃんの後ろで茶髪ポニーテールの胸が大きい美人さんが満面の笑みを浮かべながら着いてきてるんだけど、知り合いか何か?」
「うぎゃぁあァアアアアッ!?!?」
言われた通り、後ろを振り向いてみると、綺麗な髪でパイオツカイデーな女性の満面の笑みがゼロ距離で視界に入った。あまりにナチュラルな笑顔、夜中に日本人形を見かけたかのような恐怖ぶりで工多は腰を抜かし倒れる。
「こんにちは~、工多くん~」
「ま、槇峰さん……」
それが名前の知らないストーカーだったら恐怖しかなかった。
救いがあってよかった。すぐ後ろにいた女性の人は、日々仕事で話している先輩・槇峰穣であった。
だが、知り合いであったとしても驚くものは驚く。
なんでそこにいるのか、聞きたいことは山ほどある。なので聞くことにする。
「な、なんでここに……」
「たまたま、見かけたから、何してるのかなーって」
笑顔でそう答える。
「それよりもこの可愛い子達は誰!? 工多君の知り合い!?」
そして、今度は犯罪者スレスレの興奮テンションでズケズケと踏み込んでくる。
「あ、はい……親戚ッス……」
「へぇ~……」
まるで猫を見つけたかのように槇峰の笑顔がヒマワリのように輝いていく。
「「……ッ!!」
何故だか分からない。満面の笑顔であるはずなのに。
しかし、雛音と菊音の二人は、槇峰穣を前にして一瞬の恐怖を浮かべていた……生物でいう生存本能だとでもいうのか。体が危機を覚えているようだった。
「……ところで、槇峰さん」
だがそんな事よりも、工多は恐怖している事が一つだけあった。
「いつから、後ろにいたんですか……?」
会社の人間にはバレたくはない黒歴史。
それがこの人に聞かれていないかどうか……それだけが心配だった。
そうだ、最初からそこにいなかった可能性だってある。
黒歴史全開の過去話の途中。よく話を理解していない状況からスタンバイしていた可能性が。
「工多君が部屋を出て、携帯を眺めていたその時から♪」
「一日のスタートからずっといたんじゃねぇかッ、チクショウめぇええええッ!!」
二人と出会う前より後ろにいた。つまりそういうことだ。
というか、何故、妹コンビもそれだけ早く異変に気が付かなかったのか。それだけナチュラルだったという事か。槇峰穣は背後霊か何かか。
「いや、待ってください」
だがまだ希望はある。工多はそれに賭ける。
「僕達がどういう話をしていたのかは聞いていな、」
「工多君の前世って、暗黒世界の魔王様だったんだね?」
「俺に女性は殺せません。なので今すぐに俺の息の根を止めてください」
最も、そんな希望最初っから分かり切っていたのだが。最後の希望もいとも容易く粉々に砕け散ってしまった。
「「あ、あはは……」
二人の妹は気まずそうに笑っていた。失態を犯してしまったこと。兄の顔に泥を塗るような真似をしてしまったことを本当に申し訳なさそうに。
地に膝を手を付け項垂れる兄。そんな情けない姿を見下ろしながら。
親戚二人を前。
醜態を晒すという更なる黒歴史を生むことに、彼の心は“暗黒”に呑み込まれることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます