第25話「年下に恋するに、変にハードルとレベルが存在する話。」


「とまぁ、そういうわけだ。ココを今日中には修正したい。出来るか?」

「何とかやってみる。上手く出来ればだけどな」

「そこは嘘でも出来ると言ってくれ。出来るかなでやられては、成功するものもしなくなるだろうに」


 仕事場の片隅、書類を片手に大淀と谷川が話している。

 ゲーム内で発見されたバグ。誤字脱字の確認。聞こえてくる音のタイミングのずれ。シナリオ、イラストと完成におおよそ8割と言った地点にまで到達した新作ゲーム。


 だが、出来てすぐはやはり問題点が山積みだ。締め切りはそう遠くはない。シーズンとなる発売日には間に合わせるよう、やや詰め込んだスケジュールを大淀は無理でも言い渡す。


 社員たちの体を気遣ってこそいるが、彼女は上司だ。甘やかしすぎるわけもいかないと自身に言い聞かせている。無理を承知とはいえ、冷酷にも谷川にそう告げた。


「やれやれ……」


 頭を掻きながらも谷川は首を縦にする。

 しょうがないと言いたげな顔であるが、あれでも快く承諾しているのだろう。



「……なぁ、ナヅナ」

 仕事の話を終えてすぐ、谷川は彼女の耳元で何かつぶやき始める。

「仕事終わったら……たまにはどうよ? あと、今週の休日とかさ……」

「和希」

 書類を手にしたまま、呆れたように大淀は言い返す。


「今、凄く忙しい時期なんだぞ。あと、そういうのは仕事場で話すな。我慢してくれ」


 小柄な身体。中学生よりやや下くらいの小さな背丈でも、大淀奈津菜は立派な大人だ。プライベートを仕事には持ってこず、任された仕事をしっかりとこなすため、非情なところではしっかりと非情にもなる。


 大淀と谷川は付き合っている。だが、ここ最近、忙しいこともあって結構“おあずけ”にされているようだ。それに我慢できなくなった谷川の方から、思わず誘いを持ちかけてしまったようだった。


「私達だけ、羽を伸ばすなんて失礼だろう」

「……わかったよ」

 

 あまりに冷めた空気。谷川は肩を落として去ろうとする。

 ドラマや小説などでよく見かける。仕事云々で距離が出来始め、それが原因で出来上がる倦怠期……どれだけラブラブなカップルも、冷めてしまえばあっさりと別れてしまう。


 今、工多が見てしまっているのは、その予兆である。

 一つのアベックが崩壊しようとしているその瞬間を目の当たりにしている。


「……今は忙しいけど、もし、今日も頑張って、ゲームの発売にも間に合って。仕事が終わったら」


 手前、大淀は谷川の服の裾を掴む。

 誰にも聞こえないよう配慮しているのだろう。だが、しっかりと彼に聞こえるように大淀が口を開く。


「幾らでも相手する、から……」


 一瞬、顔を赤くして。声も震えるくらい小さくなって。

 空いた手は書類を持ったまま。照れた表情を見せないように大淀は顔を隠していた。



「_____ッ!!!!」


 瞬間、谷川の脳裏と体。そして下半身にイナズマが走った。

 彼の中のやる気ゲージが一気に臨界点を突破した。ドーパミンとアドレナリンも過剰なくらい分泌を開始した。下半身も静かな山から、活火山へと豹変するようにエネルギーが溢れかえる。


「俺、凄く、頑張る」

「あ、ああ……」


 おあずけにされた分、溜め込まれたエネルギー。そして彼女の悶える姿。

 谷川和樹は今、この上ないクライマックスに突入しようとしていた。それぞれの仕事に戻るため、二人はまた距離を取り始めた。


「……谷川さんって」


 工多の横をスキップで通り過ぎようとした谷川。


「完ッ全に“ロリコン”ですよね」

「出会い頭に藪から棒な暴言を豪速球で投げんじゃねぇ」


 思わず、工多は本音を本人に口にしてしまった。

 あまりに……興奮真っ盛りな彼の姿が気持ち悪かったのか、分からないが。


「正直に言ってください。何処までが守備範囲何ですか。年齢二桁以上は全員ババァなんですか。大人の女性なんてボロ雑巾みたいなもんだって言いだすつもりですか」


「ナヅナは二十代後半なんだが?」


 身長差が気になるカップルだが、二人とも二十代後半。人生の先輩である。

 そんな相手に砲丸クラスの暴言をドッジボール感覚でぶつけてくる工多に谷川は思わずガチなトーンで反論してしまった。


「……まぁ、お前が言いたいことは分かる。俺は確かに年下が好きだし、ナヅナのようなリスのような見た目の女が好みだよ。エロゲでも後輩や年下が好きになる傾向はある。お前の考察は行き過ぎてはいるが、あながち間違ってはいねぇ」


(リス……?)


 ジャーマンスープレックスホールド、卍固め、アキレス腱固め、チョークスリーパー、アイアンクロー。体罰てき面のオンパレードを酷使するあの女のどこがリスなのだというのだろうか。一瞬、工多はまたも反論しようか迷っていた。


「お前に年下好きの趣味があるかどうかわからねぇよ。でもさ……」

 耳元で、女性には聞かれないように谷川は言う。

「あんな素振りをされて、あんなのを見てお前……“何も思わないわけ”ないだろ?」

 それはカップルの中だけで芽生える感情なのか。外野には伝わらない感情なのか分からない。だが、人にはいろいろな趣味と性癖がある。


「正直……グッときたろ……?」


 なので、思いがけないところでトキメキもするし、興奮もする。

 工多にそれは感じなかったのか。男性だというのに、恥じらいを浮かべてのあの仕草に何も感じなかったのか。それほどに三次元という世界には何も感じないのか。


 真理を追い求めるような谷川の質問に、工多は一瞬黙り込む。


「……正直言うと」

 工多はそっと答える。

「……“キました”」

 谷川と、同じ気持であったという事を。


「良かったよ。お前も、立派な男だ」


 谷川は満面の笑み。工多の肩を握る。

 工多もまた満面の笑みだった。分かり合うことは出来た。男は平等に、恥じらう女性の姿には興奮を覚えるという事である。


 真理に到達した男たちは今、その友情を誓い合ったのだった。






「だが、人の女に興奮するとは度胸良いなテメェ。あとで屋上に来い」


 理不尽ここに極まる。


 だが、先に弾丸を放ったのは工多。因果応報自業自得。

 数時間に及ぶであろう説教。工多はそれに対する恐怖心で仕事がはかどらなかった。

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