第23話「人類、責任を押し付けあう弱い生き物だという話。」
作業休憩中、いつも通りの職場の事。
「……ん~」
工多が開いているのはパソコンのワードソフト。文字を並べては消してを繰り返し、悩むを続けている。
「よぉ、残業か?」
上渡川が暇つぶしにからかいに来たのだろう。後ろから声をかけてくる。
「いや、次のネット小説書籍化コンテストの作品を書いてるんだけど、上手くまとめられなくって」
「職場のパソコンでプライベートなことやってんじゃねぇ」
思いっきり私情であったが故、上渡川も軽く注意する。案外、仕事とプライベートで分けられる女性なのだろうか。全くイメージ湧かない。
「ほら、頼まれてたコーラ買ってきてやったぞ。缶しかなかったけど。買いに行った利息込みで200円な」
「いいから、とっとと寄越せ」
中身のないしょうもないギャグをスルーし、上渡川からコーラ缶を受け取ろうとした。
「……あっ」
しかし、そこで悲劇が生まれた。
「あっ」
冷えてキンキンのコーラ。水滴塗れの缶に触れた手は上手くコーラの缶をキャッチすること叶わず……床に目掛けて真っ逆さま。
豪快な音を立て、缶はカーペットの上を転がる。
宇納間と上渡川は、互いに缶へ向かって手を伸ばしたまま固まってしまっている。
「……上渡川さん」
「待て」
伸ばしていた片手を、上渡川はコンマ0.1秒の超スピードで工多へと向け直す。
「……残念だが、買ってきたコーラはこれ一本だ。職場の冷蔵庫に貯蓄はない……受け取り損ねたのはお前だ。私は悪くない。お前は……このコーラを飲み干さなくてはいけない使命がある。このコーラを“開けなくては”いけない使命があるッ!!」
(いやだぁあああーーーーッ!!!)
缶が凹むほどの衝撃。およそ一メートル近くの高さから落ちた缶のコーラ。それを拾い上げ、プルタブを開けた瞬間に何が起きるかなんて“明白”である。
真っ黒な間欠泉。噴水の出来上がりだ。
この一面はコーラまみれになる。職場のパソコン、カーペット、そして書類……真っ黒な炭酸水のシミは絶対に取れることはない。
何より近くにいる上渡川にぶっかかる。人的被害も考慮せざるを得ない。
それが分かっても尚……この“爆弾”を開けなくてはいけないのだ!!
「ま、待て。上渡川。今から買い直しに行くのも」
「捨てるのか? まだ開けてもいない新品同様の缶コーラをそのまま捨てるのか? ゴミ収集の業者に迷惑かける気か? これを買いに行った私の徒労を無駄とツバを吐くのか? これ一本買うことも贅沢になってしまうようなブラック企業お勤めの新社会人たちへのあてつけ、」
「開ければいいんだろッ!!」
覚悟を決めるしかなかった。
爆発するとわかっていても、この爆弾を回避するわけには行かない。責任は取る。
息を呑んで、工多は缶コーラを手に取った。
「……とりあえず、安全な場所に移動しよう」
「だな」
爆弾を解体するのなら、被害が最小限で収まる場所に移動しなくてはいけない。
工多と上渡川は爆弾(コーラ)を片手に、こぼれてもそれほど問題のない屋上へと移動することになった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数分後、変に緊張感を浮かべた二人は屋上へと到着する。
宇納間の両手の中には爆弾のコーラ。開けたら大惨事になることは分かっているのに、彼はこれを開けなくてはいけないのだ。
「噴水のようにはならず、溢れる程度で済めばいいけど……」
缶が凹んでいるという点が非常に恐怖すぎる。
こんなにも怯える人間がいるだろうか。まるで、血の付いたナイフを手に怯える、殺人事件の第一発見者のような気持になっている工多である。
「……ペットボトルだったら蓋を高速でしめれば爆破は止めれる。だが、缶はどうしようもない。開けたら行くとこまで行くしかねぇ」
缶は爆発をせき止められない。進むしかない。
受け止めなくてはいけないのだ。この現実を。
「宇納間、勢いで勝負だ」
一本指を立て、上渡川は告げる。
「開けた瞬間高速で口を着けろ。そのまま飲み込め。それしかねぇ」
「……わかった」
あとは威力次第。噴き出す炭酸とガスにどれだけ口の中と胃と呼吸器官が耐えられるかどうかの戦い。
息を呑む。プルタブに手を伸ばす。
今……“線”が切られようとしているのだ。爆弾が爆破を起こす、その起爆源に。
「ままよっ!!」
カシュン!
聞き慣れた音が響く。
「……ッ!!」
炭酸が噴き出る音すらも聞こえる前に、缶に口をつける。噴き出てくるコーラを全てその口の中で受け止める。
波になってやってくる。炭酸水とガスのダブルコンボ。呼吸器官には一発ノックダウンも回避できない強力なボディブローが叩き込まれる。
止めるか。
吐くか。
止めるか。
吐くか。
「……げふぉっ!!」
___吐いた。
解体失敗。口どころか、鼻からもコーラを噴き出した。
「ぶわっはっはっはッ……鼻から、鼻からぁっ……ひっひっひッ!!」
大笑いする上渡川。
今、工多は走馬灯を見ながら缶コーラ片手に震えていた。そして二度と来ることはないだろうと思った。こんな間抜けな走馬灯が来ることなんて。
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