第21話「平穏もいいが、刺激も欲しいという話。」
ここ最近、スーパーマーケットでもよく見かけるようになったものがある。
「くっはぁ……クルなぁ、これ」
“激辛カップ麺”。
明らかに普通の人が食えたもんじゃないレベルの辛さ。つい最近になって、人を殺せるレベルの辛いものまで発売される始末。万人受けする商品ではないというのに、その売り上げは好調だと聞く。
上渡川もまた、その激辛カップ麺のとりこであった。
昼飯時間。職場の机から離れた別室。工多は焼きそばパンを食べながら上渡川を眺めている。
「……谷川さん。一つ聞いてもいいですか」
「おう、何だ」
隣の席で弁当を食べている谷川に工多は聞く。
「……激辛料理って人の体を痛めるだけだし、体にも悪いじゃないですか。どうして、好き好んでそんなものを食べる人がいるんですかね。ドMですか?」
「そりゃぁ、お前、あれだよ」
何故、激辛料理は売れるのか。谷川は優しく解説する。
「『俺よぉ、こんな辛いもの食えるんだぜ~』ってアピールしたいんだよ。お前の言う通り、激辛料理ってのは万人受けしない。故に人によっては自慢の材料になる。マウント取りが日常風景となったこの社会、激辛料理はそういう人間の味方なんだよ」
「あー、やるわー。上渡川なら絶対やるわー。そんなくだらない事で上に立ったつもりでいても意味がないってのによくやるわー。そんなマウントで上に立ったとしても、そこは誰もいない孤独の世界だってのに」
単なる自慢。谷川の完璧すぎる解説に工多はこれほどにない納得を得ていた。
「本人を前に言うかよ、それ。確かに自慢はしてるけど」
「間違ってなかったじゃねーか」
人間、自慢というものはしたくもなる。
だが、辛いものに強かったとしても、得られるものは多少のツイッター映えのみ。役に立つかと言ったら早々ない。勉強しろ。
「まぁ、辛いモノ嫌いでお子ちゃまなお前には理解できないだろうけど」
「早速マウント来たよ。とりあえず、上には立つってか」
「こういう刺激がたまらないんだよ。他の食べ物にはないというか、楽しみがあるというか……」
辛い物が大好きな理由を何とか述べようとする、が、彼女は言葉が見つからない。
「やっぱドMじゃん」
「お前もお前で私を上から蹴落としてぇのか」
そういう結論にもなる。刺激が欲しいとかそういう表現、彼からすれば“痛みを求めている”と早々変わらない。即ち“イコールM”という答えに辿り着く。証明完了。
「私は好きで食べてるんだよ。それにこういう“激辛”ってうたってるやつ、店側から挑戦状を叩きつけられてる気もして、挑みたくもなるのさ……というか別にいいだろ? 人の好き嫌いくらい好きにさせろよ」
そう言いながら、上渡川はコンビニで売られていた激辛カップ麺を口にする。
「まぁ、コンビニとか、小学生とかでも目に入る様なお店で売られている激辛ってそうそう大したものじゃないよ。本当にヤバい食べ物は通販限定とか、マニアックなお店で売ってるもんだし。辛いモノ嫌いでもそこそこ行けるんじゃないか?」
「舐めないでくださいよ。俺はうどんに入ってる七味唐辛子にすら殺意を覚える人間ですからね」
「お前は辛い食べ物に親でも殺されたのか」
ねっからの辛いモノ嫌いであることは分かった。宇納間は辛い食べ物が嫌い。この話はここで終了することにしよう。
「……先輩、アンタ今、大したことないって言いました?」
そう思った矢先、カップ麺を食べる手を上渡川は止める。
「コレ、最近出たばっかの新作らしくて、激辛好きの名高いユーチューバー共もギブアップが連発したレベルのモノなんですよ」
カップ麺には、異常な値の“スコビル”が表示されている。
口元が真っ赤に腫れており、目から涙も溢れている。少なくとも、上渡川が手に取っているカップ麺は一種の兵器であることは分かる。
「いやいや、そういうのは視聴者楽しませるために少しはオーバーにやるもんだって。食べてみると、割と大したことなかった事がほとんどだったぞ」
「じゃあ、一口言ってみます?」
「おう! 任せとけ!」
谷川は上渡川からカップ麺を受け取る。
間接キスとかそんなのは関係ない。谷川は意気込みもよく、そのカップ麺を勢いよくすすった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……というわけで、谷川は体調不良で動けない。すまないが残業を覚悟しとけよ」
数分後。
谷川和樹……無事死亡。
現在、別室のソファーで絶賛睡眠中。一リットルの牛乳パックそのままを放置した状態で。
「上渡川、お前……」
「アイツの自爆だろうがッ!?」
理不尽な攻撃的視線が、上渡川へ襲い掛かるのであった。
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