第17話「オタクは人生で一度はカ●マを歌っている話。」


 カラオケ。それはストレス発散の地であり、テンションを上げるための絶好の場。

 友達とともに行くもよし、一人で部屋に籠って気持ちよくアーティスト気取りで歌うのもよし。休日には持ってこいのステージである。



「ふぅ……」

 マイクを片手、満足しきった表情で工多は無料のドリンクバーから持ってきたメロンソーダに口をつけた。

「おおぉ~! 工多君、歌うまいね!」

 一人、拍手をしながら盛り上がっているのは先輩である槇峰である。


「いや、それほどでは……」

 多少否定しつつも、満更でもない表情で賛辞を受け入れる。


「しかしさ、お前みたいなオタクって割と歌うまいよな。高校時代とか友達いなかったから一人でカラオケ行くこと多くて自然に上手くなったとか、」

「マイクで殴り殺されてぇか、貴様」


 実際、槇峰の隣にいた上渡川のいう事は“図星”であった。

 友達がいなかった……というわけではない。だが、その友人は“カラオケに行きたがらない”部類。あまり歌うのが隙じゃない部類の人間だったのだ。


 とまあ、そういう言い訳を……しておく。


「いやぁ、全員歌うまいな! こりゃぁ、俺だけ置いて行かれそうだよ」

「開始一発目からロボットアニメを熱唱して変な空気にしてくれたんだ。実はそんなこと微塵も考えていないだろう。和希」

「ナヅナ。オタクの心臓を抉るのやめて」


 谷川に大淀。

 そう、今日は会社のメンツでカラオケ。たまには親睦を深めるのも良いだろうと企画を立ち上げたわけである。


 最初は飲み会とかを考えていたようだが、財布事情があまりよろしくない若者陣の事を考えて、こうしたカラオケの場とかボーリングの場で安く済ませようという話に。


「そういえば、姫城さんは?」

「人前で歌うのが恥ずかしいから遠慮しとくってさ。この後のボーリングには参加するだって」


 カラオケには行くようだが、人前で歌うのはあまり好まないご様子。実際、彼女の事を考えるとイメージ通りな気がしなくもない。


「それじゃあ、一人ずつ歌い終わったところで……そろそろ盛り上げていくか?」

「はーい」


 まずは様子見、と言ったところ。

 次からどういった歌を入れるのか、全員のシンキングタイムが始まろうとしていた。



「あ、あの、一つだけいいですか?」

 そんな中、工多が一人手を上げる。


「“採点ゲーム”は入れないんですか?」

 リモコンに表示されているのは、カラオケの採点ゲームであった。


 ここ最近、採点の仕様はとにかく細かくなり、全国のお客さんとランキングで競い合ったりなど、面白い娯楽に成長したものである。


「「「「……」」」」

 四人は一斉に工多の方を見る。


「いれない、ね」

「あぁ、いれないな」

「一人の時はともかく……皆とやるときはいれない、かな」


 大淀、谷川、槇峰の三人は即座に採点ゲームを否定した。


「そりゃぁ、入れないだろ~。折角気持ちよく歌ってるのに得点が低かったらテンション下がるし、周りもなんか気を遣うし。あと、採点ゲームって記録残るじゃん? お前、ちゃっかり何かしらのカラオケの会員でログインしてるけど、このゲストとかの切り替えもメチャクチャ面倒くさいし。何より途中途中で採点挟むと歌う時間が削れているくじゃん? 対戦ゲームとかならともかく、お前がいれようとしてる採点ゲームって、諸に個人競技のランキングのやつじゃん。ヒトカラで楽しんでくださいってタイプのやつじゃん? そんなのを入れるのは空気が読めてないというかなんというか」


 上渡川に至っては毒ガス級の攻撃で追い詰めてきた。


「……」

「上渡川、もうやめてあげて。彼、泣きそう」


 空気が読める云々はお前が言う資格はないと鋭い指摘が大淀からつけられた。


「ただ、質問しただけなのに……そこまで言う……?」

「うん。わかってる。わかってるから……泣くな」


 採点ゲームを皆で楽しむつもりではあったのだろう。ここまでショックを受けているのもその気持ちの表れ。少しばかり、谷川は彼にフォローをいれようとしていた。


「工多君、辛かったら慰めてあげるから、こっちに来る?」

「お気遣いありがとうございます……でも、自分からアイアンメイデンに飛び込むつもりはないです……」

「私を何だと思ってるのかな?」


 槇峰は笑顔のまま首をかしげていた。

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