第18話「ノンフィクションでも、それなりに盛ってるという話。」


 それは、職場の昼食の時間の事。

 ゲームのシナリオ造り。その休憩時間に入った工多はカップラーメンを食べて腹を満たしている。別室のソファーの上、冷房の効いた部屋でくつろいでいた。


「よい、しょっと……」


 その片隅、槇峰は少し重そうな段ボールを運んでいる。

 こういった肉体労働は慣れていないのか、体はプルプルと震えていた。


「……」

 そんな槇峰を、工多はじっくりと眺めている。上の空にカップラーメンの麺をすすりながら。


「ほうほう~」「君も男だね」

 途端。ソファーの対面から声が聞こえてくる。


 ……そうだ、休憩中だったのは工多だけではない。

 ゲームシステムのチェックとソフト造りを担当している谷川。そして、キャラクターや背景などのイラストを担当している大淀の二人だ。


 谷川は近くの弁当屋の弁当を。大淀はコンビニで買ってきた焼きそばパンを。二人もまた、休憩に入っていたのだ。


「なんすか……男がどうとかって」

「何って、まあ。男だったら見ちまうよな~って話」

 対面の席から肘で突いて来る谷川。

「……“胸”だよ、胸」

「ブフッ!」

 思わず噴き出した工多。外に吐き出さないよう口元を容器の中へと突っ込んだ。


 そうだ。胸だ。

 工多は……段ボールの上にのせられた“槇峰の胸”を見ていた。


「図星だな」

 予想通りのリアクションを前に、谷川は笑い出してしまう。当然、槇峰に気づかれないようにだ。工多の名誉の為にも。


「そう恥じる事ではないよ。誰だって見てしまうさ。あれだけの豊満さだ、女子の私だってヤラしい妄想をしてしまうというか……君は何を考えていたのかね。ほれほれ、正直に言いなさいな」


 小柄な見た目の20歳。大淀さんが興味深そうに聞いてくる。

 見た目不相応の小さな女性だが、中身は完全におっさんである。焼きそばパン片手に尋問する彼女は完璧にセクハラオヤジのそれであった。


「……胸、は見てたっすけど。変なことは考えてないっすよ」

「ほうほう~?」

 谷川は興味深そうに首をかしげる。

「じゃぁ、何を考えていたのかね?」

 大淀もまた、焼きそばパンに口を着けて首を傾げた。


「……大淀さん、槇峰さんの胸が豊満って言ったじゃないですか。皆も、槇峰さんはスタイルが良いだとか色々言ってますけど」

 包み隠さず正直に、工多は二人だけに聞こえるように告げた。


「槇峰さん、実はそこまで“胸大きくないですよね”?」







「「……はっ?」」


 谷川と大淀。

 二人同時に、衝撃発言を前に固まってしまう。箸も口も、時が止まったようにピタリと急停止する。


「そんなに胸震えてないし、両手で隠せるくらいしかないというか……目で見ても分かりますけど、そんなに大きくは」

「……ちなみに聞くけど、宇納間」


 更なる尋問をスタートさせる。

 セクハラどうかの問題じゃない。今、目の前で“とんでもない誤認”をしてしまっている男がいるかもしれない。谷川はその恐怖のあまりに声を荒げながら。


「お前、槇峰の胸のサイズ知ってるのか。俺は一応知ってるけど」

「おい待て。なんでウチの女性社員の胸のサイズ知ってるんだ、テメェ」


 谷川と絶賛交際中の大淀の尋問が横から始まっているが谷川はそれどころじゃない。真実を突き止めるために工多から答えを待つ。


「……78くらい、ですかね?」

「「マジかよ」」


 “重傷”だ、と言わんばかりの表情で二人は頭を抱える。

 それに対し、工多は首をかしげるばかりだ。もしや、一回り大きかったのだろうかと言いたげなくらいに。Bだと思いきや、実はCくらいはありました的な誤差を視野に入れてるくらいのリアクションだ。


「彼女の名誉の為に言っておくぞ」

 名誉なのかどうかはさておいて、谷川は彼女の本来のサイズをひっそりと教えた。


「……槇峰、上から【89・55・85】だぞ」


「はぁあああああああーーーーッ!?」


 三人でコソコソしている話だったはずなのに。

 工多は衝撃のあまり大声を出してしまう。思わず、谷川と大淀の二人が人差し指を突きさして静かにするようにと指摘するほどだ。


 運の良い事に、槇峰は部屋を去った後である。その場にいたら、間違いなく三人の会話に割り込んでくるところだった。


「いやいやいやいや! うそでしょッ! 絶対盛ってるでしょ!?」

「いや、本当だから。というかこの目で見ても分かるくらいにデカいだろ。どう見ても。あれで小さいとか、お前どれだけ高めの理想抱いてるんだよ」


 実際、誰から見ても分かるくらいに“槇峰はデカイ”。


「宇納間、お前」

 焼きそばパンを食べ終えた大淀は単刀直入に聞く。

「さては“アニメやゲームの影響で感覚狂ってるな”?」 

 三次元の女性をあまりに見ず、二次元の女性を見て育った男。


 この“童貞”はとんでもない感覚麻痺をしているかもしれない。


「ちなみにだが宇納間」

 念のため、ダメ押しにもう一つ、谷川は真実を突き付ける。


「姫城の奴は【91・58・86】だぞ」

「嘘だッ!!」

 どこかで聞いたことのある様なトーンで工多は声を荒げた。



「おいコラ、だからなんでお前がうちの女子達のスリーサイズを知っている。健康診断覗き見したか、それとも着替え用の別室にカメラを仕掛けたか。正直に言え、コラ」


 交際中の彼女からの尋問がより激しいものになっているが、谷川はやはりそれどころではないような言い分だった。


「……二人は絶対に嘘ついてる。だって、」

 信じられない工多は、その理由を口にした。



「だって二人とも……“乳袋”ないじゃないですか」

「「重傷だわ」」


 やっぱり狂っていた。

 どれだけ三次元の女性に興味がなかったのかという証拠である。



「マジかぁ。マジか~……」


 衝撃の事実に工多は頭を抱えていた。

 普段付き合っている女性陣二人は、そこらの女性よりも段違いのレベルのナイスバディであったことに。


「……お前、槇峰の事、苦手だからいらないとは思うけどさ」

 それを見兼ねた大淀はスマートフォン片手に聞く。

「ここに、エアコン壊れて全員が薄着だった頃の槇峰の画像あるんだけど。見るか?」

「おい」

 なんとなく面白い風景だからと取った写真らしい。

 数年前の夏場。扇風機だけではどうしようもない亜熱帯の職場。全員が薄着だった中、そのスタイルが一目瞭然の写真が、あるのだという。


 ちなみに立派な盗撮だ。皆はセクハラも犯罪もやめようね。大淀もこんなにキレてるから。





「……」

 工多は数秒ほど考える。


「見る」


 男はやはり、女性に対しての欲には逆らえない。

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