(後)宇納間工多は迷走する。

第14話「人間なんであれ、まずは見た目からという話である。」


 それは、ふと気になって手にしたものがキッカケになった。

 工多が手に取っているのは“キャラ設定のイラスト画集”である。工多が入社する前の二作品は勿論の事、学園のメサイアのキャラクター達のイラストも残されている。


(こうして、ゆっくり見るのは初めてな気がする)


 綺麗なヒロインが鉛筆一つで綺麗に描かれている。パソコンで作ったものと、実際に描いたものとでは印象はまた変わってくる。

 大淀奈津菜は本当に絵が美味い。鉛筆で書いた奴なんて、お金とれるレベルの完成度である。


(こうしてみると可愛いな。みんな)


 学園のメサイアのヒロイン陣はとても綺麗で美しい人もいれば、小柄で可愛らしいキャラクターもいる。大淀奈津菜の手によって、それは鮮明に描かれていた。



(……でも、主人公に散々レ●プされるんだよな、こいつら)



 そして、綺麗さ故に儚さがより一層際立つのもまた、悲しくなってしまう。工多は気まずそうな目でスタイルの良いヒロイン達の胸元と脚線美を眺めていた。



「ん?」

 ページを進めていくと、次に目に入ったのは“主人公”のイラストだった。

 学園のメサイアはいわゆる凌辱ゲー。故に男性のイラストにはそれほど手をいれてはいない……顔は見えないように設定されている。


 工多は初めて目にした。

 学園のメサイア。その主人公に“イラスト”が存在していたという事を。


 前髪が長く、根暗そうなイメージの男の子。男性キャラを担当した槇峰のこだわりが見えてくるのか……ヒロイン同様に美しく薄幸なイメージのある美少年で描かれている。


 ああいったゲームの主人公は大抵情けない絵面で描かれている。あんな惨いストーリーを作り上げた主人公は意外にも綺麗であったことに驚く。


 それから、背景にも目を通す。

 槇峰が描いた、綺麗なイラストを黙々と。



「あっ、工多君。何見てるの?」

 ソファーに腰掛けイラスト集を見ていた彼の元に、イラストを手掛けた張本人である槇峰が麦茶の入ったコップ片手によって来る。


「イラスト集です。今、槇峰さんのを見てて」

「おおっ! それは嬉しいよ!」

 遠目からでも、そのイラストをマジマジと見つめていたのは確認できていた。お気に入りの後輩がこうして、自身の作品に釘付けになっていた事実を素直に喜んでいるようだった。


「……主人公、綺麗な顔してますね」

 学園のメサイアだけじゃない。

 以前発表された作品は普通の恋愛コメディということもあって顔グラフィックは公表されていない主人公たち。こちらもやはり、揃って美少年ばかりである。



「そりゃぁ、もう、こだわってますから」


 胸を張り、槇峰は鼻息を吹いている。

 この企業のイラストは大淀奈津菜さんだけではないのです。そう言いたげな顔だった。


「『顔もそれほどじゃないし、平凡以下の男』だなんてセリフをこんなイケメンが言うのか……ラブコメの主人公共め。大した度胸だよ。おい」


「そういう感想と苦情は初めて聞いた」


 鼻で笑うように、メサイアの学園以前の主人公たちを工多は見下していた。


 そうだ。こういった恋愛ゲームの主人公たちは自分で自分の事を平凡だとか、それ以下だと過小評価しているが、その大半が普通に良い顔をしているような気がする。イヤミでしかないだろと言いたげな表情で“二次元”に嫉妬を浮かべていた。


「うーん、でもさ、工多君。考えてもみてよ?」

「はい?」

 不意な後ろからの質問に工多は首をかしげる。


「そこのイラストの女の子達が囲っている主人公が、もし“少し薄毛で低身長で卑屈そうなインキ眼鏡な気持ち悪い男”だとしてごらん?」


「……」


 想像、した。

 ヒロイン達の真ん中にいる異質な見た目の主人公。平凡以下とかそれ以前の問題であるヤバめの主人公……というか、たまに見かけそうチョイ役の気持ち悪い男を。




「“ゲームのジャンル”変わっちゃうでしょ?」


「反論できねぇ」


 新手の洗脳ゲームかなと思ってしまった。元より、そんな洗脳系のゲームを作ってしまったのが工多本人であるのだが。



「だからちょっとくらい、ゲームやアニメの主人公はイケメンくらいにしておくのだよ」


 主人公の絵面が酷いと作品の見映えも悪くなる。多少のイヤミも受け流すくらいないと、こういう世界も楽しめなくなる。


「しかし、結構人間味があるイラストというか……もしかして、身の回りの人をモデルにしてたり?」

「いやぁ、それはないよ~。ちょっと申し訳ない気持ちになるし」


 立場次第では気まずい空気になりかねない。槇峰はそういう一線を踏める人だった。



「ですよね。男性キャラのほとんども、槇峰さんの弟さんと違う見た目しているし」

「そりゃぁそうだよ~」



 片手を振りながら槇峰は否定する。



「弟を何処の馬の骨かも分からない女の子とくっつけるわけないよ! 事故で体触られたにしても、何の事情も聴かずに頬を殴るような女の子は片っ端から成敗しちゃうのだ!」


「……ああ、なるほど」



 どこの馬の骨。それは二次元も対象。

 槇峰さんの私情だだ流しのこだわり。両手をグッと閉じ、意思表明を堂々とする彼女を前に、工多は納得ながら苦笑いしていた。

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