第13話「謝罪は気持ちが見えていなければ、無意味な火種と灯油になるという話。」


「工多君、本ッ当にゴメン! 本気でゴメンッ!」

 後日、職場に顔を出すと開口一番両手をつけて謝ってくる槇峰の姿が。


「大丈夫だった!? ケガしなかった!? 私、昨日の記憶が一切なくって……“泣きながら怖がってた”ってレイカちゃんから聞いたから。心配で心配で!」

 泣きそうになりながらも、槇峰は工多の体を掴んで揺らしながら謝っている。


「大丈夫だった!? 正直に言って!?」

「あ、あの、今、もれなく、その状況……っ」


 正直な話、泣きながら怖がっていたというのは事実。誇張でも何でもない。現に今も、昨日のトラウマを掘り返されそうで、その場から今すぐにでも逃げてしまいたいと思っている。


「あぁああ!! ごめぇええーーんっ!?」

「げほっ……」


 “怖いと思うが仕事には来てほしい。彼女も謝りたがっている”。

 姫城から、そんなメールが届いた。


 正直、仕事場に来るかどうか、かなり迷っていた。


 姫城の話ともなれば断ることもできない。行動を読まれ、先手を打ってこられた工多は逆らう余地もなく、社交辞令の返答だけ残して、仕事場にやってきたわけだ。



 ___やってきて早々、帰りたくなってしまったわけだが。



「うぅ……私、弟が絡むと前が見えなくなって」


 ___どれだけ弟が好きなのだ、このポンコツ姉は。


 昨日、工多自身も実の姉に質問してみた。兄弟姉妹、身内に対してそこまでの愛情なんて感じるものなのかと。


姉の返答は……大事には思ってこそいるが、異性的な意味での好意は一切浮かばない。そこまではいかないとハッキリ言われた。いや、むしろそれが当然のような気もする。


 槇峰のような猟奇的ブラザーコンプレックスはアニメや漫画の世界だけの人種だろうと言っていたが……残念ながら実在する。その狂気の片鱗が今も見え隠れしてしょうがなかった。



「……工多君、私の事、嫌いになった?」

 

 怒られた子犬のように、しょんぼりとしながら問いかけてくる。


「そうですね、昨日の一件で好感度はガクンと落ちました」

「ど、どのくらいッ!?」

「百点中五点くらいにまで下がりましたね」

「どこからそこまで下がったの!? そもそも、最初の地点で好感度低かった!?」


 高すぎでもなければ低すぎでもない。もとより、コミュニケーション能力の低い工多にとって、そういったスキンシップは苦手かつ戸惑いがあるという意味でも、彼女への好感はそこまで高くなかった。


「……工多君」

「な、なんですか?」


 他に聞くことがあるのかと耳を傾ける。


「私、面倒くさい。かな?」



 メ チ ャ ク チ ャ め ん ど う く さ い 。



「まぁ、どうですかね……」


 返答の仕方に一番困る質問だ。当然、工多はそんな質問を前に、歴代最高レベルで面倒くさい質問が来たなと心臓が痛み始める。


 面倒くさいと正直に口にすれば、間違いなく槇峰はショックを受ける。これ以上ムチを打つのは危険であると考えているためにそれは控えたい。なにせ、彼女に悪気はないのだから。


 だが、そこまで面倒ではないと受け入れるような発言をすれば、またあのような暴走を許す結果になるかもしれない。かといって、どちらでもないと口にすれば、どっちかハッキリしてほしいと言い張るに違いない。


 どうしたものか。彼は作戦を練る。




「……槇峰さん」

「はいっ」

 ガッチガチになりながらも、彼女は返事をする。


「逆に聞きますけど……俺の事は、どう思います?」

「え?」

 質問を質問で返された。あまりに不意な質問に槇峰は首をかしげる。


「正直、槇峰さんよりも俺の方が面倒くさいと思いますケド。そこのとこ、どうですか?」


 自ら汚れ役を買って出るという作戦に出た。


 正直この作戦はリスクが高かった。槇峰が姫城のような一面が少しでもあれば、『今、質問しているのはコッチなんだよ!』と言い張りそうな気がしてならなかった。状況を悪化させる可能性こそあったが、彼女にそんな一面はないという賭けだった。


 正直、工多は自分自身の評価を低く見ている。

 そこらの男と比べれば平凡だし、ルックスも普通。そして性格は自分でも自覚している。その場の感情で身を任せてしまうような面倒くさいタイプだ。正直、そんなことを自覚して、治る気配がないという地点でこの上なく面倒くさい。


 だが、そういった返答を彼女に託す……答えたところで笑い話にツッコミを入れる。それで流してしまおうかという作戦。槇峰以上に面倒くさい質問で返す卑劣な方法だった。



「そ、そんなことないよ!」


 槇峰はその話に乗った。そこまではよかった。





「え、えっと……そのっ、あのっ」



 ____詰まるなや、そこで。



 そういう戸惑いの無言が一番困る。フォローするための言葉を必死に探している風景が一番応える。


(ああ、うん。これはこれで応えるな。うん)


 ……変に傷をえぐる結果になってしまったが、これはこれで作戦としては成功ととらえるべきか。十分誤魔化すことは出来ただろうと、いじけながら顔を反らした。



「あっ! そうだ! ほら、この間、ゲームセンターでチケットを譲ってくれたよね! 私がぬいぐるみ欲しいってワガママに答えてくれて! あれ、凄く嬉しかった!」

「!」


 そういえばそんな話があった。


「工多君って、私と一緒でワガママなところあるけど、気遣いは出来る面もあって……確かに、なんでもかんでも正直に言っちゃうところあるけど、気配りができるやさしいところ。男の子らしい一面もあるなぁ、って思ったよ!」

「……そ、そんなこと、ないっすよ」

 思わず顔を逸らしてしまった。


 褒められたら褒められたでどう返したものかと焦ってしまう。こういった返答で、どのような言葉選びをすれば……己惚れていないし、調子に乗っていないと思わせることができるのか……正直、舞い上がっている工多にとって、これは難しすぎる問題であった。


「……もしかして、照れてる?」

「照れてない! 照れてないっ!」

「照れてるよーだ!」


 槇峰はそんな後輩の姿を笑っていた。


 ……ちょっと腹は立ったが、難題を逸らせる事には成功した。



「にひっ」

「は、ははっ……」


 工多はちょっと納得がいかないような感じだったが、この結果は結果でよかったと片づけることにした。
















「ところで、私の質問の答えがまだなのだけど」


(誤魔化しきれてなかったぁーッ!!)


 宇納間工多。早退の準備に取り掛かっていた。

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