第10話「大人は常に自身の居場所を求め彷徨っている話。」


「どうよ、仕事場には慣れたかい?」


「そのセリフ、何度目ですか、谷川さん」


 本日、男性陣は買い出しに向かっていた。

 インク、コピー用紙。女性陣の昼ご飯の買い出し……気が付けばコキ使われている二人は、ショッピングセンターの専門店にて何気ない雑談を繰り広げる。



「お前ってさ、ここに来てから三か月がたつけど、くたびれた表情のままだからさ。嫌な事があるかどうか聞きたくってさ」


「それなら、御心配なく。この顔は生まれつきなので」


 女性陣が食べそうなお菓子を探す。パソコンを使う仕事ということで、あまり手を汚さないのは第一条件であり、その場に粉を散らかさないものも条件に含まれる。となれば、ポテトチップスは当然除外となる。


 となればグミであろうか。しかし、全員で食べるお菓子がそんなものでいいのだろうかと、悩んでいる。



「ただ、正直に言うとすれば、ガミガミ叱り続けてくる姫城さんとか、日々エスカレートしていく上渡川のイジメとか、背負ってくる期待と愛情が重すぎてどうリアクションしていいか分からない槇峰さんとで、精神的にキツイです」


「あっはっは! 随分と絞められてるのな!」


「笑いごとじゃないっす」


 三人が嫌い、というわけではないが、ハッキリいって苦手だ。


 何より面倒かつ扱いに困る理由としては、その三人が揃いも揃って女性だという事だ。性別の壁というのは想像以上に大きく、どのように踏み込んで、どこまでのラインの言葉がセーフなのかと、手探りするだけも怖い。


最悪の場合、セクシャルハラスメントとやらで豚箱へ放り込まれるなんて、良くあることである。


 最近は理不尽な理由で逮捕される案件もよく聞く。怪しい大人の人が女子小学生の声をかける。これだけでも通報されることがあるらしい。理不尽。


「やっぱ、女性だから戸惑ってるか?」

 その一件は、谷川も気づいていたようだ。


「そうですね……何処までがセーフなのか、本当に分からなくって」


 ここだけの話。正直な意見を同性の谷川へ告げる。


「ナヅナに相談してみれば?」

「ナヅナさん、ずっとデスクから動かないから忙しそうで、声かけづらくって……あと、やっぱ女性ですし」


見た目はかなり小柄な女の子だが、あれでもメンバーの中では一番大人の年齢だ。谷川と同じで二十代後半。一番上司と言う事もあって、忙しそうな雰囲気の彼女に声をかけるのも一番気難しいのだという。


「そう気にすんなって! 見た目はかなり子供っぽいだろ? あんなの異性として見る方が難しいって!」

「六年も彼氏やってる男のセリフか、それ」


 大笑いで上司の背丈と見た目を笑っている。仮にも彼氏だろう、この人。

 これが本人に聞かれていたらどうなってることだろうか。想像するだけでもゾッとしそうになる。


「……あそこの男性って、俺が来る前までは貴方一人だったんですよね?」

「ああ、そうだな」


 工多が入社する前。彼以外の男性社員は先代のシナリオライターを含めて谷川ただ一人だという。数日前、作品を遊んだ後にシナリオライターの事を調べてみたら、その人も女性だったのだ。


 つまり、数か月前までは、男性は谷川ただ一人ということになる。



「よく耐えられましたね。いろいろと」


「そうだなぁ~。全員、顔は悪くないからなぁ。抑えるのは大変だったぜ?」


 見た目は悪くない女性陣。そこを指摘したうえで彼は言う。


「わかるわぁ~」


 割と綺麗な人ぞろいだ。


 槇峰はもしかしなくても、美人さんだ。面倒見の良いポンコツ姉さんなところも魅力的。

 姫城はガミガミと口うるさく、厳しい一面もあるが……若いながらにセクシーで大人っぽい。面倒見の良さは槇峰とは違うベクトル。特殊な層には人気が出そう。


 大淀は小さいながら美少女と見間違える。

 上渡川は……黙っていれば顔はよい。そうだ、黙っていれば。黙っていればだ。


「まっ、表情抑えるのは大変だったけどさ、一部性格もあって、我慢できたってところさ。というか、そんな顔見せたら、ナヅナにしばかれる」


「物なくした件であのレベルなら、浮気は刺殺でしょうね」


「冗談に聞こえねぇから困る」


 彼女と言う立場もあるが、何より大淀は『可愛い後輩に何しとる』というのが一番の理由で攻めてくるだろう。どこぞの板前のように、真顔で包丁を構える大淀の姿が目に浮かぶ。



「まぁ、性別の点で難しいかもしれないけどよ、皆いいやつだ。ある程度は受け入れたり、注意してくれるだろうよ。上渡川は知らん」


 上渡川だけはフォローを入れていなかった。正直、仕事が出来なかったら速攻でクビになっているレベルで性格悪い。断言できる。



「ちょっとずつでいいから距離を近づけてみろよ。槙峰に至ってはきっと喜ぶぜ。お前の事、気に入ってるみたいだからな」


「うーん……実は、」


 工多は困り気味に口にする。


「それも、気になるというか、何というか……」

 口ごもっているというか、戸惑っているというか。

「“優しすぎて”ですね……なんかあるんじゃないかなぁって……うーん」

「ハッハッハ、疑り深いな」

 谷川は笑いながら、工多の背をたたく。


「安心しろ。お前が思ってるほど悪い事じゃねえからよ」


 そう言い残し、お菓子の袋が大量に入ったカートを無人レジへ運びに行った。



(……その言い方、何かある?)


 槇峰に工多に対し、何か考えている。そんな言い方。



 悪い事ではないとは言っていた。

 ということはもしや……割とピンク色なイベントがあったりする?



(……う~ん)


 深まる謎に、工多はより不安になるばかりだった。

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