第09話「名コンビという要素は熱さを感じる話。」
「かずきー、おめぇー、USBなくしたって本当かー、おい~?」
出社してすぐ、工多の目の前に面白い映像が広がっている。
「いたたたたっ!? やめて、悪かっ……しぬぅうう」
小柄ながら見事なテキサスクローバーホールドを決めている大淀奈津菜。そして、その技をかけられているのは真反対に大柄なはずの谷川。何の抵抗も出来ずに地面を殴り続けている。
「あっはっは! いいぞ、もっとやれ!」
「あわわわ、谷川さんが死んでしまう……!」
外野では更に威力を高めてしまえとエールを送る上渡川に、どうやってこの地獄絵図を止めようかと焦り続ける槙峰の姿。
あれは、説教なのだろうか。
ハタからみればタダのプロレスごっこに見えなくもない。涼しい顔をしながら技をかける大淀の姿がそう見せるが、その一方でただただ助けを求めるだけの谷川の死にかけの表情を見るあたり、洒落にはなってないことも伺える。
「とっとと、探して……こーい!」
姿勢を変え、床に転がっている谷川の体を背中から軽々と持ち上げる。
「すんませんでしたァーーーーーッ!!!」
そこから決まったのは、あまりにも綺麗なスープレックスホールド。
見事、ワザマエ。谷川和希の背骨が爆発四散。最早、谷川は悲鳴一つ上げることなく、そのまま気を失ってしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
……数時間後、事情を聴いてみれば、谷川がバックアップ用のUSBメモリをなくしてしまったとの事だそうだ。
持ち歩いているリュックのポケットに入れていたらしいが、開けてみれば無くなっていたのだという。取り出した記憶があるようでないような谷川、その日は夜も遅かったので探すのを断念したのだという。
そんでもって、それをすっかり忘れて入社したところ、大淀から雷を貰ってあのザマだったという事だ。今すぐに見つけて来いと緊急退社させられたわけである。
USBに関しては買いなおせばいい話だが、問題は中身だ。会社の機密情報が幾つか眠っているあのUSBが万が一にでも、谷川の家の外で放置されていたとすると……非常にまずい。
一刻も早く見つけて来いと、大淀に命令されて帰ったわけである。
「ひっひっひ……しかし、面白かったなぁ。谷川の奴の顔」
年齢が結構離れた上司であろうとこの言い分。上渡川は怖いモノ知らずなのだろうか。地獄に落ちて閻魔様を前にしようとも、『今更無精ひげとか趣味悪い』とか言いだしそうで恐ろしい。
「仕事の数に追いやられて少しイライラしてる大淀さんは何度か見たことあるが……やべぇわ、人は見た目によらずだわ」
見た目が見た目なだけに迫力はない。だが、あの特に変わり映えのない表情。そして静かに放たれる関節技。逆にその迫力のない無機質な感じが恐怖を覚えさせる。
一度、ここへ入る前に注意を受けたことがある。
生きていたければ、大淀奈津菜だけは怒らせてはならない。その言葉の意味を今日、思い知ったような気がした。
「しかし、容赦なかったですね」
「まぁ、ナヅナさんと谷川さんは付き合いが付き合い、だからね~」
槙峰は気まずそうにペンを握っている。
過去に、二人はこの会社を設立する前も同じ会社にいたと話を聞いていた。それ以前からも付き合いはあったらしいが、何処までの関係と言うのだろうか。
___実は、意外にも交際していたりするんだろうか?
「何せ、付き合って6年目だろ。あの二人」
ビンゴ。どうやら本当だったようだ。
結婚こそまだしてないが六年と十分に長い交際。ああやって、繰り広げられた説教も一種の夫婦喧嘩と言って過言ではない。いや、正確には妻が夫に説教をしていただけなのだが。
「あんな幼女と六年以上……谷川さんって、結構マニアックなご趣味が?」
「言いたいことは分かるけど、それ絶対本人の前で言わないでね。生きていたかったら」
槙峰から注意された。
特に大淀の耳には入らないように。たぶん、今日の谷川以上にひどい目に合う。
「ちなみにお前、彼女とかいるのかよ?」
「なんで僕に話が移る? いるように見える?」
「お前みたいな根暗なヤローは一生独り身だと思う」
「訴えるぞ」
正直に言ってもいいとは言ったが、こう真正面から正直に言われると殺意が湧く。
「なんだなんだ~? やっぱりお前も彼女が欲しいのか~? ずっと独り身だったら、私が拾ってやってもいいぜ?」
「DVの毎日が安易に予想できるんでパス」
「おいおい、女子に手を上げる気かよ」
「いや、アンタに何かされそう」
「お前は私がどのように映ってるんだよ」
冗談とはいえ、正直なカウンター。ここまでドストレートにモノを言えるのは工多もそう変わったものではないと言いたくなりそうだった。
「じゃあさ、このメンバーの中でなら、誰がタイプよ?」
「誰がタイプって……、」
その時だった。
無意識に工多は……槙峰の方を見てしまった。
「工多君? もしかして、今、私を見てくれた!?」
「えっ!? ああ、いやいやいや! 気のせいれすって!」
大慌てしながら、工多は両手を振り始める。
「なんだぁ? お前、槙峰みたいなお姉さんが好みかよ?」
両サイドから詰め寄られてくる。
目をキラキラさせながら寄ってくる槙峰。そして、ニヤつきながら寄ってくる上渡川。
「散歩言ってくるチクショォオオオーーッ!!」
上渡川にいい具合に嵌められた。
悔しさを胸に詰め込みながら、工多はその場を後にするのだった。
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