第08話「憩いの場というものは、社会人には必要不可欠な話。」
趣味のない人間はうつ病になりやすいと聞いたことがある。
数多い連勤を抜けた先、せっかくの休日なのだから何かしようと考えた矢先何も浮かばず、結局ずっと布団で横になって一日を過ごす、なんてことはよくある話。
気が付けば、心を休める暇はなく、精神的病に侵されるのは有名だ。
ここ数年、その被害率は顕著になりつつある。ゆとり世代とやらが多いこの時代、その被害者数のグラフはうなぎのぼりを辿る一方である。
宇納間工多は思う。ブラックな時代になったものだと。
働くのが好きだというのなら文句はないが、そんな人間何人いるものか。大体の人間が今の現状に愚痴をSNSで喚き散らすものか。
……工多はさほど、ブラックと言える環境ではないために言える事ではある。
うつ病にならないように、少しばかりのリラックスを行える休日。今日もそれを迎える。
「あっ」
工多の趣味は物書き以外もある。
「「おっ」」
それは、ゲームセンターだ。
彼の行きつけは、昔ながらのビデオゲームも置いてあったりと、ここらでは結構有名。主に格闘ゲーマーの憩いの場となっている。
今日も一人、ゲームセンターで退屈を潰そうと考えていた矢先。
「よっす、工多。今日もくたびれた顔してるじゃねーの」
「工多君、やっほー」
ジャケットのポケットに手を突っ込みながらニヤニヤと笑みを向けてくる上渡川。その横には、可愛い後輩とプライベートでも会えて嬉しそうな槙峰。
「……ど、ども、っす」
こんなところにまで仕事場の人間に会うことになるとは思わなかった。折角の傷の癒しに鞭打たれた気分になった彼は言霊を吐きそうになる。
「おいおい、女子二人を前にして、その顔はないだろ」
この世の終わりみたいな顔をされれば流石に腹は立つ。上渡川は彼に近づくなり、手加減の腹パンを数回送り込んでいた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
普段から交流があるという槙峰と上渡川。いつもは買い物や美味しそうなお店を巡ったりしているようだが、今日は気分転換にゲームセンターに来たのだという。
そこへ運悪くエンカウントしてしまったというわけだ。
「はいー、私の勝ち~」
「クッ……!」
んでもって、せっかくなので格闘ゲームで対戦しようという話に。当然、宇納間は嫌がってこそいたが、無理やり座らされてこのザマである。
宇納間はそれなりに格闘ゲームの経験者である。相手は先輩という事もあって、最初は接待プレイで手加減をしようとしていたが……向こうも経験者だったというオチだ。しかも、それなりに強くて八連敗を喫する結果に。
「おおっ! 辺ちゃん、強い!」
「どうした、どうした~? 自称常連さん? 女の子にボコボコにされて恥ずかしくないのかよ~?」
褒めまくる槙峰に、調子こいて対面から顔を出してニヤついてくる上渡川。
「(キッ!)」
思わず睨みつけてしまった。
「おいおい、ゲームごときでそんな顔すんなって」
「……今のハメだろ」
煽り耐性が低いのか、それとも特別あの人物に憎しみがあるのか。工多は一人ボソボソと何かつぶやいていた。
「さてと、これ以上は後輩が可哀想だからな。ここまでにしといてやるよ」
「ふんっ……!」
不機嫌に、大人げなく。あからさまにわざと大きく足音を立てながら工多はその場を去っていく。赤っ恥をかかされたこともあって、その顔は涙目だった。
「そう、怒るなって! 悪かったよ」
「うっせぇ、喋んなッ。マジでキレてるから声かけんなッ……!」
死体蹴りとはこの事か。しつこく付きまとう上渡川に毒を吐く。
「工多君も凄く上手かったよ! こう、ボタンを押すスピードが速くて……画面でもキャラクターがスッゴイ動かせてて……とにかくすごかったよ!」
不機嫌なのを悟っているのか槙峰の方は慌てていた。実際、工多もこのゲームは上手いほうである。有名プレイヤーかどうかは別として。
槇峰はこのゲームをわかっていない。だから、何かしら長いコンボをするだけでも凄く見えてしまう。彼女なりには最高な誉め言葉なのかもしれないが、工多には焼け石に水だ。
(休みの日くらい、一人でいたかったのに)
後ろでは、満足そうに笑っている上渡川に、申し訳なさそうな表情でショボンとしている槙峰。
別にこの二人が嫌いというわけではない。煽りが顕著過ぎてウザいという気持ちはあるが、構ってくれるのは嬉しいし、こうして後輩の事を可愛がってくれる先輩の存在も心悪くは思っていない。
だが、苦手ではある。こういったコミュニケーションは。
「およ?」
外に出ようとした矢先、槙峰が足を止める。
「むむむ……」
顎に手をやり、何かをじっと見つめている。
気になった宇納間が足を止めると、それに合わせて上渡川も足を止める。
二人並んで視線を向けてみると……槙峰はUFOキャッチャーの中にいる、シュールな顔立ちをする猫のぬいぐるみを眺めている。そこから槙峰が動こうとしない。
「……それ、欲しいのか?」
上渡川が不細工な猫を眺めながら、人差し指で横腹を突いて来る。
「え? ああ、えっと……うん、私、このキャラクター大好きで」
どうやら、その猫のキャラクター。巷では有名なようである。話によれば、結構コアな知識をあたりに話して去っていくというシュールな黒猫なんだとか。あと、その顔立ちのまま“餌を寄越せ”を連呼するらしい。
そんな姿が、コアな人気を誇っている。
「よっしゃ! 私がとってやるよ!」
腕まくりをしながら、上渡川は財布を取り出した。
「ホント!? ありがとう、辺ちゃん! このお礼は、」
「あー、それ、辞めといたほうがいいっすよ」
ムードが上がった中、宇納間が口を開く。
「そこの奴、アームの設定かなり弱いし。一回でキャッチできるようなタイプじゃないです。少なくとも2000円は軽く吸われますよ。詐欺ゲーです、詐欺ゲー」
ここ最近、UFOキャッチャーは随分と小汚いものとなった。
槙峰が眺めるぬいぐるみの奴は、商品が山積みになってそこから掴むというタイプのものではなく……フックにアームをひっかけて、少しずつ下へ押していくというタイプのアレである。
少なくとも百円で取れるタイプの奴ではない。
「それで取るくらいなら、リサイクルショップに並ぶのを待った方がいいですよ。その方が安上がりで、」
「……お前さぁ~!?」
上渡川は呆れた表情で見つめてくる。
「こういうのってさ、男の方がカッコいいところを見せるためにやるもんじゃないのさ!? こういうシチュエーション、オタクが夢見る最高の瞬間だと思うんだけど? エロゲとかラノベであるだろ。メチャクチャさ。好きだろ?」
「あんなアニメやラノベのように一発で取れるわけないだろうに。それにアレは、好感度だとか人気の高いイケメンがやるから見映えがいいんだよ。僕みたいなやつがやっても、なんも起きないって」
なんと言われようが、宇納間は背を向ける。
「じゃあ、俺は帰りますんで」
今日は家で大人しくておくか。そう考えていた。
「う~ん……」
しかし、槙峰は物欲しそうにぬいぐるみを見続けている。
上渡川も、彼女のその様子さながら、財布を引っ込める様子を見せない。
「……ああ、もうッ!」
宇納間は頭を掻きまわしながら戻ってくる。
「これ使ってください! このポイント分なら、“無料で三十回”は出来るはずですから!」
すると、彼は財布からカードようなものを取り出した。
それは来店の際に押してもらえるスタンプカードだった。スタンプが十個たまるたび、1ゲーム一回無料の特典が貰えるらしい。
そのカードを何と三十枚。それを渡してきたのである。
「うおっ!? すげぇ!? お前、どれだけこのお店に来てんだよ!?」
「前のバイトの時、仕事終わりによく寄ってましたから」
「てか、こんだけあるなら自分で使えばいいのに」
「面倒くさいんですよ。一回一回店員呼ぶの」
「その割には毎日律儀にスタンプ貰うのな」
しかし、これだけの無料回数分。うまくいけば、タダでぬいぐるみをゲットできるチャンスがある。
「僕はこういうゲーム得意じゃないんで、上渡川に任せてください。じゃあ、俺は店員呼んでくるので」
「工多君!」
カウンターへ向かう最中、回り込まれて槙峰に手を掴まれる。
「ホンットに、ありがとうっ!」
目をキラキラさせながら、じっと見つめてくる。
「アレレ? 意味あるんじゃね? 意外にも~?」
「……ふんっ」
工多は上渡川のちょっかいから逃れるために、ゲーセンの奥へ消えてしまった。
「可愛げあるねぇ」
上渡川はそんな彼の背中を、面白そうに笑っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
____数時間後。
「おい! どうなってんだッ!! アーム細工してんじゃねぇのかッ!?」
「今の絶対場所良かったでしょ!? 揺れ強すぎませんかね、このアーム!? あと、箱に何か詰めてんだろッ!?!? 詐欺だ詐欺! しょーもなっ!」
二十一回目。いまだにぬいぐるみは取れず、発狂を始めた工多と上渡川。
それを遠くから眺めて楽しむガヤ。盗撮でツイッターに晒す奴まで現れる始末。
「あわわわわ……」
槙峰に至っては、自分のワガママのせいで怒り狂っていた二人をどう宥めるかで再び慌てていた。
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