第07話「ゲームはゲーム、リアルはリアルという話。」


 ただ、無心。完成品のゲームのテストプレイ用に用意されているデスクトップパソコンが置いてある別室にて、五時間近く何も考えずに例のゲームを進めていた。


 部屋にはキャラクターのボイスとBGM、そしてマウスのクリック音。それ以外は一切何も音はしない。彼は黙々と、ゲームのストーリーを確認していた。


「お仕事頑張ってるねー、工多君」

 部屋に槙峰が飲み物片手にやってくる。ついさっき買ってきたものなのかキンキンに冷えたコーラ缶。表面には水滴がじわじわと溢れている。


 既に映像はエンディングだ。とりあえず、一人のヒロインのルートを終えたようである。


「で、どうだった?」

 どうだったのか、感想を槇峰は聞く







「クソだわ。」


 四文字で答えた。


「頭痛薬と胃腸薬いるレベルでクソですわ」

「病院行くレベル」


 散々な言われようで槇峰は思わず無顔でそう返答した。


 だが、こういうのはハッキリと答えるべきである。このゲームの何がダメだったのか、そういった点をその目で確かめるためにプレイしたのだから。


「システムとかボリュームとかは確かに問題ありません。例のストーリーを見たのですが……バトル自体は面白いと思います。世界設定も結構練り込まれていて、もしやと期待はしたのですが」


 結果を口にする。


「ほとんど、動画の通りでした」

「でしょ?」

「だから、『でしょ?』じゃねぇんだよ!!」


 製作者側の発言じゃねぇと宇納間は激怒した。


「まぁ、とにかくプレイした感想ですが……“キャラ”が無理です。レビューとか動画でもキャラクターが無理と書いてあったんですが……僕も、正直、このゲームで好きになれるキャラクターがいません。無理です」

「三回言った」


 無理を三回述べる程に気に入らないらしい。


「主人公、の高橋ですけど」


 主人公は何処にでもいる冴えない男子学生。そんな彼は突然未知の力を手に入れて戦いに巻き込まれ、その経緯でヒロイン達と仲良くなっていく。その点は王道かつテンプレで分かりやすくて丁度いい。そこまで悪い点ではない。


「行動が意味不明過ぎて無理。理屈も通らないし、言ってることも筋が通ってないし……挙句の果てに力押しを繰り返すわで、自分が正義って面をし続けているのが気に入らない。何様だ、コイツ」


 だが、問題はその行動と人間性にあった。

 善意のある人間としてこの主人公が描かれているのは分かる。だが、肝心なところでの行動や発言などに問題がありすぎて、どうしても自分勝手なだけの少年に見えてしまう。所為、脚本の被害者と言うべきか。


「ヒロイン達も突拍子なく惚れすぎ。発情期のネコか。誰でもええんか」

 次の矛先はヒロインへ。


「こういった作品のヒロインは多少チョロいくらいが丁度いいのは確かなんですが……幾ら何でも、あんな主人公の行動を前にして、いきなり顔を赤らめるのが意味不明過ぎて無理。無暗に人傷つけてんだぞ」


 一番の問題は、こういったゲームの一番の売りであり、顔であるヒロイン達にある事だ。


「マジで気持ち悪い。好きになれない」


 完全に主人公を褒めたたえるだけのマシーンとなっている。


 彼が何か行動をするだけで凄いと賞賛し神のように崇め、主人公以外の人物の発言など異端者の戯言と片付けるのみ。何から何まで主人公だよりという点もあって、自分の意思すら持っていない“ゾンビ”のようで見ていて気持ちが悪い。


「主人公以外の男性キャラは殆どが噛ませ犬か主人公の存在を引き立たせるために間抜けやってるだけだし、強そうな敵キャラがいても『はいはい、チートチート』って言って一方的に潰されて展開的に燃えないし……駆け引きとギリギリのバトルこそがバトルの醍醐味でしょうが! こんな、一方的な展開が続くなら、フルボリュームが仇になるって言われる気持ちもわかるわ! 正直、途中から辛かったです。主人公とその派閥が気持ち悪すぎて」


「……」


「あっ」


 ベラベラと上から目線でモノを言い過ぎただろうか。キョトンとした表情で槙峰はじっと、熱弁を一方的に続けていた宇納間を眺めている。



「サーセン。新人が生意気に……」

「ううん、いいんだよ。ただ、ね」


 近くにあったゲームのパッケージを槙峰は手に取る。


「物書きを目指してるだけあって、ちゃんと物語を見てるんだなって」

「ま、まぁ……はい」


 褒められた、のだろうか。

 ノベル作家を目指している身として、そういった一面が褒められると当然喜びたくもなる。宇納間はそれ故の照れ隠しで、そんな返事をしてしまった。



「でも、そうだよね。キャラクターは大事だと思う」


「そうですよ。こういったゲームで重要なのは、世界設定が30パーセント、皆を引き込むストーリーが40パーセント、そして好意を寄せたくなるヒロインのキャラクターの可愛さが800パーセントを占めてるわけですから」


「最後だけ桁がおかしいの気のせいかな?」


 バランス。それが一番難しい。


 奥深い世界設定にストーリー、そしてそれぞれの物語を背負ったキャラクター達。これが合わさることで顧客を引き込む物語が完成する。その比率が非常に難しいのだ。


「……キャラ原画って、大淀さんと槙峰さんの名前が書いてあったんですが、こういうストーリーになるって聞かされていなかったんですか?」


「うーん、私、元は背景のイラストがメインで、主人公とその他の男性キャラのデザインをちょこっと任されるくらいなんだ。ナズナさん曰く、女性以外描きたくないみたいだから」


「ワガママだな、あの人」


 実際、男性キャラと女性キャラで少し個性が違う。

 男性キャラは比較的美形で描かれているのが大半。そして女性キャラは萌えを追求した感じのイラスト。方向性が違う、明らかにズレている。


違和感の正体に気づいて、ちょっとホッとする。


「可愛い女の子のエッチな姿を書くことに誇りがあるんだって。全日本の男性・十億五千万人に、夢と趣味と欲望で殴ってやりたいって」


「あの人は何処の世界線の日本の話をしてるんですか」


 ついさっきも同じようなボケをかました彼だが、細かいツッコミはなしとしよう。


 話を聞く限り、一部背景や男性キャラは槇峰が担当しているようである。


「最初の作品は、ただデザインしてほしいって頼まれていただけで、ストーリーの方はノータッチだったんだ。このような失敗がないように、二作品目はしっかりチェックを入れてデザインしたり頑張ったんだけど、結果が出なくて……それで、シナリオライターさんも何処かいなくなっちゃって」


「まぁ、こんなにネットでボロクソに叩かれたら、そこらの若者は鬱病になりかねませんよ」


 ちなみに、前のシナリオライターは鬱になったから辞めたわけではないらしい。ただ、生活を見直して、別の道を探そうと考えての退職だったようだ。


 ……そう”置手紙”残して消えたらしい。承諾もなしの逃亡。

 まぁ、本人なりに別の道を探し始めたのだろう。深追いはやめておく。



「でも、二作目は以前と比べて、時期が悪かっただけで、ストーリーは良くなってたんでしょう? ここでやめるの、勿体ないというか……」


「それは、同じ物書きとしてのシンパシー?」


「いや、戻ってきてくれたら俺、ここにいなくていいから」


「知ってた」


 想像通り1000%の解答に安心する。


「まぁ、冗談はともかく……俺、上からモノ語れる立場じゃないですけど、ここでやめるの勿体ないなってマジで思いますよ。ネットの評価見る限り、相当よくなってるらしいじゃないですか。二作目まだやってないから、そんなには言えないですけど」


「ついさっきまで、言いたい放題批評してたけどね」


「うっ……サーセン……」


 正論を叩きつけられ、宇納間は縮こまる。

 珍しく素直。変なところに律儀なのか、宇納間は反省していた。



「くすっ」


 そこまで離れた年齢ではないが、若い故に失態を犯した彼の姿に、槙峰は思わず笑いかけてしまっていた。



「……」


 宇納間は少しだけ、笑っている槇峰の表情を眺めた。

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