第05話「人生、山と谷の凹凸激しいという話。(2/2)」
彼がイージスプラントに入社する数か月前の話。
代表である大淀はプリンターのインクやコピー用紙の買い出しで外に出回っていた。その日はいつにも増して大荷物で、とにかくドタバタしていたという。三谷も別の買い出しで別行動だった。
「えっほえっほ」
早いところ仕事場に戻るため、電話をしながら早足で駆けていたという。
「早く行かなきゃ……」
そんな時、対面から走ってくる人影が。
その人物こそ宇納間工多本人。その日はアルバイトも休みで、書き上げた作品を出版社に持って行って評価してもらうために、街へ繰り出していた。
本気でデビューを考えていたという事もあって、その日は作品をどうアピールするかなどの脳内打ち合わせで頭がいっぱいだったのだ。
故に、頭がこんがらがっている状態の二人は出会ってしまう。
「うっ!?」
「おっとと!?」
ぶつかってしまったのだ。
宇納間と大淀。二人はその場に荷物を盛大にばらまいてしまう。
「すまない。急いでいたもので」
「いえ、こちらこそすみません」
二人は慌てて荷物を回収し、互いに頭を下げて謝罪をした後に、再び駆け足でそれぞれの目的地へと向かって行った。
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ついに出版社に到着した宇納間。面会の時間は今から十分後であったのだが、思ったよりも早い到着に出版社側も彼へ特別な対応をしてくれていた。
通される一室。そこで出版社の編集者に作品を見せる事になる。ストーリー構成の確認や、誤字の訂正など、やれることは全て昨晩で終わらせてきた。
「あの、お願いします!」
姿を現した編集者。どっしりとした構えでパイプ椅子に腰かけると、宇納間の手から作品の入った封筒を取り上げた。
第一印象はよかったはずだ。あとは、作品のアピールである。
一枚一枚。文章がコピーされた作文容姿を確認している。
その目つき、次第に険しいものになっていくのを前に、今回もなかなか良いパンチを与える事は出来なかったのかと、宇納間の顔色は次第に悪くなり始めていた。
「……君」
険しい顔の編集者が、用紙を封筒に戻して、つきかえしてきた。彼のアピールを聞く間もなく。
「え、あの、えっと……」
出来があまりよろしくなかったのか。それとも、この出版社の趣向に基づけない作品だったのか。どうであれ、失敗したのは確定だろうと、諦め気味に封筒を受け取ろうとしていた。
「嫌がらせはやめてもらえないかい」
……そこまで酷い出来だったというのか。
こんな作品のために時間を取らせた。大切なスケジュールを潰した結果、こんな駄作を見せられた。そこまで駄目だったのかと、ガッカリしながら宇納間は作品を取り出そうとした。
結構良い出来だと思っていた。そう思っていたからこそ、彼は再びその作品に目を通そうと思っていた。
「……ん?」
すると、どうだろうか。
そこから出てきたのは、よくある無双系ハーレムライトノベルの物語が描かれた作文容姿ではなく。
“裸のヒロインが、顔の見えない男性キャラとまぐわっているイラスト”だったのだ。
「え? え、……えぇ!?」
最初は目をこすった。その次は一回イラストを封筒の中に戻した。
彼が状況を理解し、とんでもない失態を犯してしまった事に気が付いたのは、実に三度目の確認をした後のことだった。
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数日後、宇納間はエッチなイラストの入った封筒を片手に、とある喫茶店へとやってきていた。
____後日、とある人物から電話がかかってきた。
その名は大淀奈津菜。出版社に顔を出す前にぶつかった人物である。
どうやら、ぶつかって荷物を落とした際にそれぞれの作品が入れ替わってしまったようだ。今、宇納間が作った作品は大淀の手に渡ったようである。
封筒に住所と電話番号が書いてあったため、連絡を取るのは実に簡単な事だった。互いに日にちを定め、それぞれの作品を返すという約束もした。
「お待たせした」
小柄な背丈の大淀が宇納間の作品を片手にやってくる。
(やっぱ、小さいなぁ……)
最初は中学生くらいの女性だと思っていた。しかし、そんな女性がこういったイラストを持ち歩いているものだから、不安になって二度見してしまう。
「おいコラ、私は未成年じゃないぞ」
「まだ何も言ってないでしょ」
「目が言ってたし、“まだ”と口にしたな。ほれ、見たまえ。敬え」
ここにやってきてから、証拠に運転免許も見せられた。サバは一切よんでいない。その年齢は真実であった。
「すまなかったな」
「いえ、こちらこそ。すみませんでした」
互いに作品を返し、謝罪する。
これで用件も終わり、宇納間はさっさと自宅に戻ろうとしていた。
「待ちたまえ、君」
その時だった。彼女が宇納間を呼び止めたのだ。
「……すまない。君の作品、読ませてもらったんだ」
プライバシーの侵害。その点においての謝罪だろうか。
別にその点に関しては何も思っていない。元より人に見せるためにつくっている作品だ。とやかく言うつもりはないと、彼は振り返ろうとした。
「宇納間工多君」
振り返ったその先、そこには手を伸ばす大淀の姿。
「物書きの仕事を探しているのなら、少し、話を聞いて行かないか?」
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こうして、彼はイージスプラントに入った。
彼は活動地にやってきてから『騙された』と口にしていたが、大淀は物書きの仕事をしてほしいと口にしただけで、作家になれるとは一言も言っていない。
話をしっかり聞かず、確認も入れなかった宇納間が悪いわけだが、そういう大事な部分を曇らせた大淀にも問題がある。どうやって断ったものか、そもそも断れるのかとグチグチ呟きながらの初期シーズン。随分と戸惑い続けたわけである。
気が付けば、この会社から抜け出そうと最悪の作品を書いて大ヒット。アリジゴクに引き込まれたまま、抜け出せなくなったのだった。
「お前もお前で自業自得だったってわけだ」
既に注文の品がテーブルに並んでいる。
それぞれ大盛、並のラーメン。あとは付け合わせで頼んだ餃子が少々だ。
「まぁ、頑張れよ。期待の新人さんよ」
他人事のように上渡川はラーメンをすすりはじめた。
「宇納間君! 分からないことがあったら、お姉さんを頼るといいよ! 後輩の頼みなら何でも力になって……あつっ!?」
彼を励ましながら餃子に箸を伸ばす。タレをつけて口の中に放り込むも、想像以上に熱かったのか、猫のように奇声をあげた。
「そりゃそうだろ。焼きたてなんだから」
「うへぇ……舌が痛いよぉ……」
間抜けな先輩の姿。見ていて思わず、気が抜ける。
「そ、そういうわけだから。困ったら頼りなさいな……いたた」
「あ、ありがとう、ございます」
面倒見の良い先輩・槙峰に、生意気な同期である上渡川。
徹底した作品作りにこだわる姫城。マイペースに仕事を続ける代表・大淀に、先輩兄貴の谷川。
「……あつっ」
一体これからどうなってしまうのだろうか。
先の見えぬ未来を前に、宇納間は溜息を吐きながらラーメンのスープをすすった。
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