第05話「人生、山と谷の凹凸激しいという話。(1/2)」


「あっはっは! お前、またレイカにどやされたみたいだな!」


 打ち合わせが終わったその日の夜。宇納間は仕事場の仲間二人を連れて、近所のラーメン屋へとやってきていた。


「めっちゃ笑うじゃん」

「あはは……」


 晩御飯。畳の座席のテーブルを陣取って、飲み会がてらに駄弁っている。


 その場にいるのは氷水の入ったコップをずっと握りしめている宇納間に、何を注文するかメニュー表片手に迷っている槙峰。


 そして、もう一人。

 茶髪のポニーテール。黒い革ジャケットの下はキャミソールとホットパンツ。アグレッシブな格好でありながら、胡坐をかいて座るだなんて、女性らしさゼロの仕草で大笑いをしている人物。


「しっかし、レイカも容赦ねぇな!」


 この女性の名前は上渡川辺。

 宇納間と同じく、つい最近、イージスプラントに就職した女性社員。見ての通り、女性っぽい仕草は一切しないボーイッシュな性格。


「お前が趣味悪いのは今に始まった事じゃないって言うのにさ!」


 それともう一つ、とにかくデリカシーがないし、可愛げがない。クソだ。


 年齢が近いということもあり、その上距離感を図らずドカドカと人の庭に土足で踏み込むような性根である。この一件もあってか、宇納間はこの人物が苦手である。つか嫌い。



「面白いとは思ったけどさ……でも実在する企業を出すのはやりすぎだって」


「お前も俺を否定するのか……!」


 涙を流すほど大笑いをしている上渡川に対して、宇納間はコップを持つ手を震わせる。ドイツもコイツも同じ意見を連続で口にされると、そろそろ応えるものがあるのだろう。


「ウサギの着ぐるみが斧をもって、ステージ会場で大暴れするシーンとか圧巻だったけどさ」

「そんなシーンねぇだろ……!!」


 ドロドロの人間ドラマを作った記憶はあるが、視聴者を恐怖に陥れるスプラッターホラーを書いた覚えはない。そこまでバイオレンスなワンシーンは一度も書いた覚えがない。


「あと、マネージャーの正体が実は人造人間のところとか!」

「お前、ぜってぇ読んでねぇだろ……!!」


 この人は本当に作品を読んだのか。それとも、汚点をつけられた場所のみの話を聞いたのか。どちらであれ、彼は苛立っていた。



「はぁ……」


 宇納間はコップの水面に映る自分の顔を眺める。



 ___いったい自分はこんなところで何をしているのだろうか。


 都会に出てきてから一年間、必死にアルバイトを続けて、同時に執筆活動も続けてきた。ウェブ小説でのグランプリ受賞を目指したり、実際に書いた作品を出版社に持って行ったり……努力をしていたはずなのに、気が付いたら、エロゲのシナリオライターになっていた。


 自身が望んだ形とは違うところで賞賛され、それ以外の作品を書くことを許されないような空気になっている。そして、不発を起こして、雑言を叩かれる。



 複雑な気分であった。



「もう、辺ちゃん。笑いすぎ!」


 対面の席に座っている上渡川の頭に槙峰が軽くチョップを入れる。


「あはは、悪い悪い。レイカと工多の言い合いが相変わらずだったからな」


 実際、そうかもしれない。


 作品の方向性、展開。そういった部分で一時間近く論争になるのならともかく、そこで起きたのは“実在する企業の人に失礼だろうが”的な話。


 作品全く関係のない話で二時間戦争になった件を考えれば、この人たちは一体何をしているんだと笑いたくもなる。


 いや、会社の命運がかかってる分、実際重要なことなのだが。


「作品自体は面白かったよ。本当にな」

「あぁ、そう」


 興味なさげに宇納間は水を飲んでいく。


「なんか、静まり返ってるな? やっぱ、怒ってるか?」

「いや、別に」


 貶されることにイラついてこそいるが、同時に“褒められること”もあまり快く思っていないようである。


「ただ、ホント。なんで僕はここにいるんだろうなって」


 自分の望む形での開花が出来ない。今の立場に対しても不満を正直に漏らした。


「……そりゃぁ、まあ」


 上渡川はビールを手に取る。



「大淀さんに作品を拾われたのが失敗だっただろうな」

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