呪いによって『悪役令嬢』と呼ばれる彼女を、俺のスキル『翻訳』によって正ヒロインにしてみせる。
高野 ケイ
第1話
ここはある貴族の屋敷である。一目で高価とわかる服を着飾り、黒い宝石のついたネックレスをした金髪の美少女が神妙そうな顔で、目の前の豪華な食事を作った者を呼び出して一言。
「全くこの程度しかできないなんて本当にあなたは無能ね、もっと修行したらどうかしら(確かにこの料理もすごくおいしいけど、あなたならもっとできるはずよ、がんばって)」
少女の美しい唇から怜悧な刃のような言葉が飛び出す。この少女は公爵令嬢であり、目の前の平民にすぎない料理人なんぞ気分一つでクビどころか、処刑にすることすらできるほどの立場の人間である。そんな彼女にきつい一言を言われたのだ。顔を真っ青にして土下座をしてもおかしくないだろう。少なくとも俺が来る前だったならばだ。
料理人は困った顔をしながら俺を見つめる、少女の方も助けを求めるような目で俺をみつめる。いやー、もてる男はつらいねぇ。などと言っている場合ではない。俺は俺の仕事をするとしよう。
「お嬢様は今のままでも十分美味しいけどあなたならばもっとがんばれるはずよとおっしゃってます」
俺の言葉に料理人は歓喜の笑みを浮かべ、お嬢様は満足そうに頷いた。
「ありがとうございます。これからも精進いたします」
「勝手にしなさい。その程度の腕前では満足するようなものはいりません、しばらくどこかへ行って頭を冷やしたらどうかしら?(ええ、もっとがんばればあなたは上へ行けるはずよ。あなたが望むのならば修行へ行くことも許可するわ)」
「お嬢様はもっと上達する才能があるだろうから修行に行きたいならばその援助もしますよとおっしゃってます」
「何から何まで本当にありがとうございます!!」
料理人は感激しながら部屋を出て行った。まあ、それはそうだろうさ、そもそも彼はうちのお嬢様には一生かけても返しきれないほどの借りがあるのだ。悪いやつに騙され店を失った彼に手を差し伸べたのはお嬢様だからな。お嬢様も満足そうに料理人を見送った。
「あれあれ、お嬢様ってば、今回は『私だけでがんばるー』っておっしゃってませんでしたっけ? やっぱり俺がいないとダメなんだから」
「うるさいわね、それがあなたの……イアソンの仕事でしょう!! まあ、感謝はしているけれど……(いつもありがとう!! イアソンには本当に感謝しているわ)」
そう言って俺をみつめてくる彼女は可愛らしい、感謝しているのは俺の方だよ、命を救われたしな。とは思うが言ってはやらない。いや、恥ずかしいじゃん。
「その……仕方ないからあなたも一緒に食べることを許可してあげるわ。 残飯こそあなたにふさわしいでしょう(せっかくの美味しいご飯だからあなたと一緒に食べたいのだけれどだめかしら)」
「お嬢様は大好きなあなたと食べたいの、一緒にご飯に付き合ってくれないと死んじゃうと申してます」
「申してないわよ、あなたは私の言いたい事がわかるでしょう、それさえなければとっくにクビにしてるわよ(私がいいたいことあなたならわかってるはずなのに……いじわる!!)」
そういうと彼女は……毒舌姫どくぜつきなどとかつて呼ばれていたアイギス様は頬を染めながら俺に行くなとばかりに服の裾をつかんできた。可愛いなぁと思うがこれ以上からかうと怒られそうだ。
「ええ、ご一緒させていただきますよ、アイギス様」
俺は可愛らしいご主人にわざとらしく大仰に頭を下げて隣の席についた。
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突然だが俺の名はイアソンという。誰にも信じてはもらえないが、未来から来た人間だ。
学校の授業で歴史博物館に訪れていたら突然飾られていた黒い宝石のついたネックレスが光り、その光に巻き込まれると、俺はこの過去の世界にいた訳だ。幸いにも俺の持つスキル『翻訳』によって動物などの声が聞こえるので、馬や家畜の世話をしてその日食べるには困らない程度には稼げたので、ぎりぎりだったが生きていけた。
そんな俺にある日転機が訪れた。貴族様が乗った馬車の馬が暴れていたので、暴れ馬と会話をしてその馬車の転倒を防いだのだ。そしてその馬車に乗っていたのが10歳の彼女『毒舌姫アイギス』様だったのだ。
彼女は俺の時代では悲劇の令嬢と呼ばれている。彼女はその毒舌から婚約者の第二王子アルケイデスに婚約破棄をされたあげく、国家を侮辱した悪役令嬢という、無実の罪を押し付けられ処刑されてしまうのだった。
無実の罪と言うのが分かったのは、彼女の毒舌を何とか治したいと思っていた両親の依頼で、調査していた聖女が、彼女は実は先祖の呪いによって本音を話せず、毒舌を吐いてしまうという状態だったという事を突き止めるのだが、残酷にもその時には彼女の処刑は済んでいたというわけだ。
彼女は呪いによって命を助けた俺にも毒舌を吐くのだが、どういうわけか、俺のスキル翻訳が彼女の呪いによって吐かれた毒舌を翻訳して本音を知る事ができた。確かあの時は『礼金目当てかしら、とりあえず命を救ってくれたことには感謝するわ、これを受け取ったらさっさと去りなさい(助けてくれてありがとうございます、これは少ないですが気持ちです。ただ、あんまり騒ぎになると礼金目当てにあなたを襲う不埒な輩がいるかもしれません、身を隠したほうが良いと思います)』だっけな。この呪いかなり悪質じゃないい? 俺を心配している言葉が、むちゃくちゃ悪意ある物言いになっているんだけど……
俺は彼女の本音を受け取り「ありがとうございます、お優しいですね」と言ったところ、不思議に思った彼女に呼び止められ翻訳の力の事を話したのだ、
そのことがきっかけで俺は彼女の専属使用人としてスカウトされたのだが、最初の一年かはひたすら礼儀作法を教えられて生きている気がしなかった。だってちょっとミスすると鞭が飛んでくるんだよ、ありえなくない?
とはいえ、あのまま、その日暮らしをしていたら俺はおそらくだが死んでいただろう。この世界は治安はそこまでよくないし、俺は喧嘩は強くないしな。俺の翻訳スキル目当てとは言え雇ってくれた彼女には感謝しかない。だから俺は彼女への恩を返すためにスキルを使って彼女を助ける事にしたのだ。聖女が呪いの正体に気づくまで、一緒にいてサポートを続ければ後は聖女がなんとかしてくれるはずだ。最初はそんな軽い気持ちだった気がする。
「今日はご友人のアナスタシア様がいらっしゃいますね、お嬢様が作ったお菓子にあう上質な紅茶の準備もしておきましたよ」
俺はアイギス様に呼び掛ける。この一年で敬語にも少しは慣れたと思いたい。今日は初めてアイギス様がお友達を招待したお茶会である。これまではパーティーなどもしゃべらずにニコニコしているだけだったからな。俺が通訳となる事でようやく同世代と最低限の会話ができるようになったのだ。
「ふん、珍しく気が利くわね、仕方なく呼んであげたんだけどいつくるかしらね(ありがとうございます。あなたも成長しましたね、喜ばしいです。それにしても、友人とのお茶会なんて初めて何で楽しみです)」
朝からそわそわしているようで可愛らしい。その時「キュー(嬢ちゃん落ち着つきな、俺は腹が減ったからキッチンでつまんでくるわ)」と彼女の肩に乘っているリスが鳴いた。このリスは狭いところを探すのが得意なので、家庭教師の授業をサボって、脱走しがちなアイギス様を探すときに力を借りていたのだが、俺と一緒に接していくうちに愛着が沸いたのか、彼女が欲しがったのでプレゼントしたリスのアルゴーだ。呪いのせいで人とまともに話せない悲しみを紛らわしているのだろう。待ってろよ、アイギス様、ちゃんと人間の友達もできるようにしてやるからな。その姿を見て俺は新たな決意をするのであった。
「本日はお招き下さりありがとうございます。大変光栄ですわ」
格式ばった挨拶と共に入ってきたのはアイギス様と同い年の少女だ。貴族にしては珍しい黒髪に緊張した顔をしている。そりゃあ、そうだろう。本家のアイギス様と分家のアナスタシア様は同じ貴族とはいえ親の立場は天と地ほどある。アナスタシア様もおそらく自分の父の立場を考えてアイギス様の招待を受けたのだろう。悲しい事だが最初はそれでいいのだ。アイギス様は口は悪いがいい子だという印象を植え付けられればいい。実際に無茶苦茶いい子だしな。
俺の能力の事も、彼女の呪いの事も誰にも言っていない。というかお嬢様が連れてきたよくわからない男が、そんな事を言っても誰も信用はしないだろうし、最悪、俺が頭のおかしいやつ扱いされるだけだからだ。彼女の呪いの話をするのは聖女様が現れてからだろう。今は口は悪いけど、優しいお嬢様というイメージを作るのが先だ。
「ふん、ずいぶん遅かったわね、どれだけ待たせる気だったのかしら(遅かったようですが道中は大丈夫でしたか?)
「たっ、たいへん申し訳ありません」
きつい口調に動揺しているアナスタシア様を見て、アイギス様が俺に助けを求める視線を送ってきた。ようやく俺の出番である。
「すいません、アイギス様は大変恥ずかしがり屋でして……今の意味は遅くなったけど何かに巻き込まれたのではないかと心配していたと言いたかったのです」
俺の言葉にアイギス様が必死に肯定するかのように首をぶんぶんと縦に振った。そのしぐさがおかしかったのかアナスタシア様はわずかに笑みをこぼし安心した表情を浮かべてくれた。
「その……アイギス様は想像していたのより愉快な方ですのね」
「そうなんですよ、それにとても可愛らしい方でして、お嬢様は今回のお茶会を大変楽しみにしておりまして、何回も料理の練習をしたりしていたのですよ。手を見てくださるとわかるのですが、お手製の料理を作るために怪我をしてまで……痛い!!」
「黙りなさい!!(しゃべりすぎです!!)」
懸命にフォローをしていたというのに顔を真っ赤にしたアイギス様になぜか蹴られてしまった。俺達のやりとりをみたせいかアナスタシア様は、口元を隠しているものの笑いをこらえるのに必死の様だ。その反応にアイギス様は恥ずかしそうに顔を赤らめるのであった。
そうしてお茶会は無事に終わり、アイギス様とアナスタシア様が親交を深め帰宅するのを見届け、俺が片づけをしていると満面の笑みのアイギス様が俺の元へやってきた。
「あなたもたまには役に立つのね、ただのごく潰しではないのね(今日はありがとう。すごい助かりました)」
「いえいえ、アイギス様が頑張ったからですよ。私は知っていますよ、今回のお茶会が決まってから何度もお菓子作りの練習していたことも、お誘いのお手紙の内容を何度も推敲していたことも、テーブルに飾る花を選ぶ時も一生懸命悩んでいたことも、だからこれはお嬢様の努力の結果です。私はお嬢様が本当は心優しい人間だという事を知っています。だから今日みたいに頑張っていきましょう。そうすれば俺みたいな力がなくてもお嬢様が優しい方だという事はみんなに伝わりますから」
俺の言葉を、黙って驚いた顔で聞いているアイギス様に、笑顔をうかべながら続ける。
「だから大丈夫です。毒舌悪役令嬢って呼ばれているアイギス様を、俺の翻訳スキルで誰もが羨むヒロインにしてみせますから」
俺は頑張った彼女の頭をポンポンと叩いて褒めて差し上げた。やっべえ咄嗟にやってしまったが、無茶苦茶失礼な事をしてしまった。現にアイギス様は顔をうつむかせてプルプルと体を震わせている。
「イアソンの馬鹿!! ちょっと褒めたからって調子に乗るんじゃないわよ(イアソンの馬鹿!! ちょっと褒めたからって調子に乗るんじゃないわよ)」
そう言い残すと顔を真っ赤にして彼女は走ってどこかに行ってしまった。てか今呪いと本当に言ったことが一緒だったんだけど……相当怒らせてしまったようだ。俺専属執事を首にならないよな……俺は本当は心優しい彼女と接していくうちに情がうつってしまったようだ。今では誰よりも彼女に幸せになってほしいなと思っているのだから……
それから数年は平和な時が過ぎた。幸いにも俺は専属執事としてアイギスお嬢様にと一緒にいることができ、アナスタシア様を筆頭に友人を増やし続けてきた。今ではお嬢様を見ても恐れるものはだいぶいなくなってきた。このまま行けば本来の歴史の様に悪徳令嬢として処刑される可能性は大分減るだろう。後の課題は婚約者である第二王子との交流だけである。
ただ気になるの事は二つある。一つ目はお嬢様の友人が俺とアイギスお嬢様のやりとりを見るたびになにやら微笑ましいものを見る目で眺めているの事と、二つ目はお嬢様の俺への態度だろう。
「イアソン何を暇そうにしているのかしら? とんだごくつぶしね(イアソン何をしているの? 暇だったら構ってほしいな)」
「ああ、お嬢様が最近友人が増えてきて楽しそうだなって思ってたんですよ」
「私の命令を忘れたのかしら。あなたの記憶力は鶏以下なのかしら?(イアソンの馬鹿、私のお願いを忘れたの?)」
俺がそういうとお嬢様は不機嫌そうに頬を膨らませてしまった。ああ、命令を忘れていた俺が悪いよな。でも、二人っきりの時は敬語を使わないでと言われたのだけれど、本当にいいんだろうか?
「すいません、癖が抜けないんですよ、アイギス様」
「もういいわ、それより新しい髪飾りを買ったのだけど似合うかしら、まあ、あなたのような物にはこの価値はわからないと思うけれど(この髪飾り似合うかしら? イアソンが好きな色の物を買ったのだけれど……)」
「とても似合うよ、アイギス」
「あなたなんかに褒められても嬉しくないわ(褒められたー!! しかも敬語じゃないから普段とのギャップが……)
顔を真っ赤にしてうつむく彼女をみて思う。アナスタシア様とのはじめてのお茶会からやたら懐かれた気がする。専属執事としては嬉しい限りなのだが、何か好感度上がりすぎじゃない? まあ、これも一時的なものだろう。アイギス様はいずれ第二王子と結ばれるのだ。
「明日は大事なアイギスの15歳の誕生日パーティーだね、今の君なら上手く行くと思うよ」
「ふん、当たり前でしょう、それよりあなたのほうこそ気をつけなさいね、仕方ないから私が粗相しないかみてあげるわ(あなたに言われたとおり、立派な淑女になるためにがんばったんだもの、でも……少し不安だから一緒にいてね)」
彼女の言葉の通りここ数年の努力は凄まじいものだった。サボりがちだった礼儀作法や教養の授業など別人のように意欲的に学んでいった。そして、それと同時にどんどん美しく成長していった。今の彼女ならば毒舌と言うハンデがあったとしても第二王子を陥落させることができるだろうと思う。恥ずかしながら俺も時々美しいなと見惚れるほどである。
「それでは明日は早いしもう寝るとしよう」
俺の一言で解散となった。明日だ、明日に彼女は第二王子と会って、それがきっかけで婚約するのだ。今の彼女なら大丈夫、これで彼女は幸せに近づくのだ。俺はこれで良いのだと、自分に言い聞かせる。思い通りに物事がすすんでいるのになぜか胸がずきりと痛んだ。
「どうかしら」
「とてもお似合いですよ、アイギス様」
「あなたごときに私の美しさがわかるはずがないでしょう、適当な事を言わないで(わーい、イアソンに褒められた!! 嬉しい!!)
「おお。アイギス様だ……お美しいが、相変わらずお口が悪い」
今日は彼女の15歳の誕生日記念パーティーだ。かなりの人を呼んだ様で当然彼女の事を噂でしか聞いたこともない人も来ているため俺達のやり取りをみて眉をひそめる人もいる。確かにはたから見たら高圧的なお嬢様が、無能な執事である俺をいびっているだけにしか見えないだろう。全く人を見る目がないやつらだぜ。よくみると顔がにやけているし、うれしくてたまらないって感じで目を輝かせているというのに……反対にアイギス様を知っている友人の方々はまたやっているよという感じで、にやにやしている人が多い。
周囲の心無い視線に、一瞬怯んだ彼女だったがすぐに再び笑顔を浮かべる。申し訳程度だが俺は彼女の力になれたらいいなと思い笑いかける。目があった彼女は頬を赤らめてうなづいた。強くなったなと思う。
『おい、あっちをみな。王子が来たぜ』
いつの間にかリスのアルゴーが俺の肩に乗ってきて耳元でささやく。アイギス様がリスを愛している事は周知の事実なので回りも騒いだりはしない。アルゴーの言う方向にはきらびやかな衣装に身を包んだ金髪の少年がいた。彼がアイギス様の婚約者となる第二王子のアルケイデス様だ。確か、歴史だとこの時にアイギス様に一目ぼれをしてそこから婚約話が進むのだ。そのくせに婚約破棄をするんだからムカつくが、今のお嬢様には翻訳スキルを持つ俺と、アナスタシア様を筆頭にした友人たちがいる。歴史どおりにはならないだろう。
「あなたが、アイギス様ですね、お初にお目にかかります。噂どおりお美しい……」
「ふん、そうなの、どんな噂か気になりますわね(ありがとうございます。王子様こそ素敵ですわ)
「お嬢様は王子様こそ素敵ですとおっしゃってます」
彼女の元にやってきた王子だが、アイギス様の一言と俺の存在に一瞬呆気に取られた顔をしたが、すぐに笑顔を浮かべた。まあ、アイギス様の噂を聞いているということは毒舌姫としての噂も知っているわけで、多少は覚悟をしているのだろう。
「良かったら私と踊ってくださいませんか?」
「物事には順序があるというのがわからないのかしら、ねえイアソン(イアソンこんなこと言われちゃったけど、どうしよう)」
「お嬢様はもちろん、喜んでと申しております」
俺の言葉にアイギス様は信じられないものをみるような顔でこちらを睨んできた。まあ、今は乗り気じゃないかもしれないが、ダンスを踊っている間に仲良くなるんじゃないだろうかと思う。
「ありがとうございます。ではご一緒させてください」
「仕方ないからいってあげましょう(わかりました、よろしくお願いします)」
俺が手を振りながらアイギス様を見送ると、彼女は王子が目を放した隙にあっかんべーをしてきた。まったくもってはしたない。でも顔を見ると相当怒っているようなので後で説教されるんだろうな。
「アルゴー、俺はアナスタシア様に挨拶してくる。どこいるかわかるか?」
「キュー(おお、わかるぜ。向こうのほうにいたぞ)」
「ありがとう、あとでどんぐりやるからな。俺はアナスタシア様に話す事があるからお嬢様がなんかしでかしそうだったらすぐに呼べ」
俺がアナスタシア様を見つけるとちょうど同い年くらいの少年に絡まれていた。アナスタシア様の顔をみるかぎり、あきらかに引いているのに少年が離さないようだ。助けに入った方がいいだろう。
「アナスタシア様、探しましたよ、アイギス様がお呼びです」
「あら、本当ですの。武勇伝をお話中の所申し訳ありません。また機会がありましたら聞かせてくださいね」
そういうとアナスタシア様は上品にお辞儀をして、俺の元へとやってくる。絡んでいた少年も、主役であるアイギス様の名前を出されてしまってはこれ以上喰いつく事はできないのだろう。悔しそうな顔をしながらも去っていった。
「助けてくれたんですわね、イアソンありがとう。まったく、あの男は話がつまらない上にしつこいんですもの……なんで私にかまうのかしら」
「それはアナスタシア様がお美しいからですよ」
俺の言葉にアナスタシア様は一瞬驚いた顔をしたがすぐに意地の悪い笑みを浮かべた。
「あらあら、ずいぶんお世辞が上手ですわね、でもそんな事言ってるとアイギス様に怒られますわよ」
「なんでそこにアイギス様が出てくるんですか……まあ、アナスタシア様もお美しいですが、アイギス様の方が美しいですからね」
俺の軽口にアナスタシア様は再びクスっと笑う。これがもっともマシな内容で笑ってくれているのなら魅力的なのにもったいない。しかし、俺の言葉に嘘はない。やはり本家と分家の違いこそあるが血がつながっているせいか二人とも顔立ちは大変整っている。口調のせいで激しい印象のあるアイギス様と外見が落ち着いた雰囲気のアナスタシア様は太陽と月に例えられるほどだ。まあ、内面は反対のような気がするが。
「ふふ、ちゃんとアイギス様にもそういってあげましたの? 女性は殿方に褒められると嬉しいんですのよ。特にアイギス様はあなたに言われたら喜ぶと思いますわ」
「そんなものですかねぇ、ご安心を。いつもお美しいとちゃんと言葉にしてますよ」
俺の言葉になぜかにやにやと笑いながらアナスタシア様は頷いた。そして気になったのかアイギス様の事を聞いてくる。
「そうなの……それは安心したわ。そういえば、アイギス様の近くにいなくていいんですの?」
「ええ、アイギス様は今頃、アルケイデス様とダンスをしてますよ、どうやら王子様は私の主に一目ぼれをしたようでして……そこであなたにお願いがあるのですが、二人が上手く行くようにサポートをしていただきたいのです。」
「え、なんでそんなことをするんですの?」
「お嬢様は毒舌ですからね、フォローをする人間が必要でしょう。私が一緒にいるわけにはいけない場合もありますからね」
俺の言葉に彼女は何かを考え込むように眉をひそめた。この提案は彼女にも悪い話でもないはずだ。本家のアイギス様が第二王子と結婚すれば分家である彼女の家の力も上がる。俺がいつでもいれればいいのだが。社交の場には使用人は席をはずせという場合もあるからな。
「なるほど……もちろん嫌ですわ。もう、馬鹿につける薬はありませんわね」
「え、一体なんでですか? アナスタシア様にも悪い話ではないと思うのですが……」
「あらあら、私の執事は仕事をほっぽりだして、人の親友を口説いているとはよっぽど死にたいらしいわね(ふーん、楽しそうね。私をアルケイデス様に押し付けたのはこういう事だったのかしら)」
すさまじい殺気を感じた俺が振り向くといつの間にか俺の後ろに笑顔のアイギス様がいた。え、なんで怒ってるの。笑顔なのにむちゃくちゃこわいんだけど……というかアルケイデス様とのダンスは上手く行かなかったのだろうか? 終わるの早くない? 踊った後に雑談とかするもんじゃないの?
というかアルゴー、アイギス様が来るなら言えよ!! アルゴーはお嬢様の肩の上で旨そうにクッキーを食ってやがった。こいつ買収されやがったな。
「アイギス様ー助けてくださいませ、あなたの執事にお美しいですねって口説かれてたんですの」
「アナスタシア様!?」
「へぇー詳しく聞かせてもらおうかしら、うちの執事は女性を口説くしか頭にないようね(イアソンの馬鹿……理由次第じゃ許さないんだから!!)」
アナスタシア様の言葉で更にアイギス様の顔が更に不機嫌になった。ついに笑顔の仮面すらなくなり睨みつけてくる。ひぇぇぇ、怖い。元が整っているせいからか、怒ったときの顔が怖いんだよ。てかアナスタシア様は何を考えているんだよ。嘘はついてないけどさぁ。俺は助けを求める様にアナスタシア様に視線を送る。
「ああ、でもその後こんな事いってましたわよ、私よりアイギス様のほうが美しいって」
「え……」
「では私は、馬に蹴られる前に退散いたしますわね。アイギス様お誕生日おめでとうございますわ。また改めてお祝いさせていただきますわね」
そういうとアナスタシア様は綺麗なお辞儀をして去っていった。さっきまでの不機嫌顔はどこに言ったのか、アナスタシア様の言葉にアイギス様は顔を真っ赤にしてあたふたしている。あの人最後に余計な事を言って行きやがったな……
「先ほどの戯言は本気かしら(さっき、言った事は本当なのイアソン)」
「え……いやまあ、本当ですね」
「ならばサボった罰として私の命令を聞きなさい。しょうがないから私とダンスを躍らせてあげるわ(私に寂しい思いをさせたんだからその分かまってよね、一緒にダンスを踊りたいな)」
「え、ですが……」
執事が主役と踊るなんて聞いたことないぞ、普通に考えて礼儀に反するだろ。俺の顔に否定の色を見抜いたのか、アイギスお嬢様は拗ねたように頬をふくらませた。
「うるさいわね、今日は私の誕生日なのよ、言う事を聞きなさい(今日のためにがんばってきたんだから少しくらいわがまま聞いてよ)」
結局俺にこの可愛らしいお嬢様の命令を断るという選択肢はなく一緒にダンスを踊る事になった。可愛らしい彼女と踊るのはとても楽しくて時間がすぎるのを忘れてしまいそうになった。でもこれ、お嬢様にアルキメデス様じゃなくて俺が陥落されそうになってない? 気のせいじゃないよな……
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私の初恋は専属執事のイアソンだ。決定的なきっかけがあったというわけではなかった。日々の積み重ねでいつの間にか好きになっていたのだ。最初に、彼を雇ったのは本当にきまぐれのようなものだった。私の本当に言いたい事をわかる。ただそれが嬉しかった。
でも私は知っていた。人は簡単に去っていくのだという事を……最初の専属メイドは二ヶ月で辞めていった。だから最初に彼も長く続くなんて思わなかった。そもそも私はめんどくさい性格なのだろう。呪いのせいで性根が曲がったのかもしれないし、元々こういう性格だったのかももはやわからない。だから本音がわかるとはいえすぐに去っていくのだろうと思っていた。でも彼は違った。彼は私をちゃんと見てくれたのだ。
例えば彼は私が礼儀作法や教養の授業をさぼったときに何度も探しにきてくれた。私がどうせこの毒舌のせいで誰もちゃんと本当の私をみてくれないのだから、こんな授業をしても意味がないと泣いたときも彼は黙って私の愚痴を聞いてくれた。
例えば彼は私が初めてアナスタシアを招待するときにも力を貸してくれた。私がまずい料理を作ったときも、変な顔をしながら全部食べてくれ、一緒に改善点を話し合ってくれたし、どうすればアナスタシアが喜んでくれるか相談したときも色々と付き合ってくれた。そして私のがんばりを見て褒めてくれた。
例えば彼は私の言葉を翻訳するだけでなく、友人たちへのフォローもしてくれた。アナスタシア達とこれだけ仲良くなれたのは彼の力がなければだめだっただろう。
彼が私のそばにいれるのは本音を知れるからという人もいるかもしれない。でもそれだけではないのだ。それだけであそこまで力になれはしないだろう。彼は本当に優しい人なのだ。
そうして私は当然のように恋をした。両親を除いてはじめての理解者であり、はじめて真剣に私を見てくれた人である彼に恋をしたのだ。この想いを自覚したのはアナスタシアとの初めての食事の後、彼が私をちゃんと見てくれていたのだという事を知った時だったけれど、あれがなくとも遅かれ早くてこの想いを自覚しただろうと思う。
私は彼とダンスをしながら思う。この人は好きなのだなと思ってしまう。力強く意外と大きい手から彼の暖かさを感じる。アルケイデス様の方がダンスは上手だが、彼と踊っていると楽しくて時間があっという間にすぎてしまう。
身分違いだという事はわかっている。だから本当はこの気持ちは抑えておこうと思っていた。でも彼が私のことを美しいと言っていたことを知ってしまったのだ、ならば私にも可能性があるのではないだろうか?そう思ってしまったらもう抑えることなんてできやしない。
彼は私をヒロインにしてみせるといった。私がヒロインになったというならヒーローが必要だと思う、そしてそれは彼しか考えられないのだ。だから私は彼を攻略しようと思う。
「私をヒロインにしてくれてありがとう、だから今度は私があなたをヒーローにするわね」
彼の耳元に囁いた。私のこの言葉だけはなぜか、素直に言葉に出た。驚いた顔の彼を私は愛おしいなと思いながらみつめ続けるのだった。
呪いによって『悪役令嬢』と呼ばれる彼女を、俺のスキル『翻訳』によって正ヒロインにしてみせる。 高野 ケイ @zerosaki1011
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