第6話

 時は二〇六一年。夏。

 人間社会がもたらすこうがいはなおも改善のめどが立っていない。

 都市部ともなれば肉眼や望遠鏡などによる天体観測はままならず、今日ではセブンG通信とVR技術を駆使した的な観測方法が市民権を得ているほどだ。

 もっとも、光害の影響が小さい地方においては昔ながらのやり方も通用する。

 ゆえに表示装置でなく、己が瞳に輝ける星を映したいと望むロマンチスト――すなわち青年の祖父は、都市部からほど遠い丘につい棲家すみかを定めた。

 愛しきハリーとまみえたいがために。

「今となっては叶わぬ夢……なのかな」

 青年は古びた木枠のガラス窓を開く。しかしていまの祖父が眠るベッドの横に丸椅子を置き、そこへしめやかに腰を下ろした。

 星降る夜に明かりもつけず、祖父との記憶をいちに辿る。

 そんな彼の目にふと、てんこうとは別の光が留まる。消し忘れていたテレビだ。

 そのねっきょうぶりたるや年越し特番のようだった。司会のタレントも『もうまもなくです!』とやっになって視聴者の期待をあおろうとしている。

 それはかの彗星がこの地域に現れるまでのカウントダウン。

 重たいまぶたを閉ざしたきりの祖父にはもう、ほんのいっこくさえ数えられないだろう。

 かく考えながら、本当に、いともたわいなく声をかけたつもりだった。

「ハリー彗星が見られるまで、あと五分だって」

 さすればこそ、青年がと胸を突かされるのもひつじようだったに違いない。

 うっすらとまぶたを持ち上げ。

 つぶやくように返答する祖父の姿がそこにあったのだから。

「――――ああ、やっと会えるよ」

 夜空に浮かぶ箒星。

 シングルベッドのせまき世界からなたを見やるは、君を恋い慕う男なり。

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マイハリー2061 水白 建人 @misirowo

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