第9話 なんとなく新年会

新年を迎えて数日後。

野沢とかなで、そして矢島の三人は、浦和にあるモツ焼き専門店で酒を酌み交わしていた。

午前中、皆で凛子の墓に手を合わせた帰り道。

なんとなく入ったこの店で『なんとなく新年会』と銘打って焼酎を飲み続ける野沢は完全にできあがっていた。


「あんのさ、サイコー!」


野沢はスマートフォンの画像を見せながら、何度も「サイコー」と言っていた。

禁煙を決意した野沢の酒のベースは早まっているようにも思え、かなでは笑いながら野沢をからかった。


「いっそのことお酒もやめたらどうですか?」


「やんだよ! てかほら写真さ、見てちょんまげ」


「はいはい」


かなでと矢島は指紋だらけの野沢のスマートフォンを覗き込んだ。

ベッドの真ん中で、正博とおおきな熊のぬいぐるみに挟まれている翔太の表情は、とびきりの笑顔だった。

野沢は半ベソをかきながら。


「くっつきんー イヤ、くづっき、ん?」


と口を動かしてはいるが、感情が高ぶって言葉にならないでいる。

かなでと矢島は同時に答えていた。


「くっつき仮面!」


野沢は満足げに頷いて。


「そ、そ、そ、仮面ライダー! しゅわっち」


と笑った。



あの出来事があってから、かなでの中で何かが変わった。

その明確な答えは判らなくとも、些細なこだわりや小さなプライドに振り回される人生も、案外捨てたもんじゃないと考えられるようになっていた。


こうして笑って、時に泣いて、たまに怒り。

ある時は妬いて、次の日には愛して、忘れた頃に苦しんで。

寝る前に想い、夢で遊び、お日様と一緒に目覚める。ずっとそれの繰り返しー。


かなでと矢島は、テーブルの下で互いの手を握りしめながら平凡な日常に感謝した。

そして凛子や正博、翔太という永遠の家族にも『ありがとう』と言葉を投げた。



おしまい。

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声優 みつお真 @ikuraikura

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