6F 我ら昇降機の不良達!

 陽が傾き夜となり、場所を移して『女王の冠ビーレジーナ』の倶楽部ハウスの談話室。古くからある派閥らしく、学院内に専用の超豪華な部屋を持ちながら、王女達八人専用の寮まであるとは流石と言うべきか。それ以外にも個人の寮があるらしく、それは最早寮なのではなく別荘なのではないかという有様だ。


 一先ず暫定的に『女王の冠ビーレジーナ』お抱えの冒険者パーティーとして、世界都市の中で仮拠点を得られたのはかなり大きい。冒険者ギルドに泊まるれば金が掛かるが、『女王の冠ビーレジーナ』共有の倶楽部ハウスに泊まる分には金が掛かる事もない。


 そんな倶楽部ハウスの談話室の暖炉の前で、新たな黒騎士タランチュラの改造案を思案するそれがしとは別にノートを手に転がっているギャル氏。


 それがし機械人形ゴーレムの図面を描くのと並行し、急遽開催されている冒険者パーティーの名称決めようぜ大会は難航しているらしく、不毛と言う名の氷山にぶち当たり終わりが全く見えない座礁期間に突入していた。だからもうダルちゃん案に決定しようって言ったのに。


「……ソレガシぃ、皆の意見纏めた第八八案どよこれ?」

「……『元の世界に帰り隊、柚子町ゆずまち勘助かんすけの愉快な仲間と桃源とうげん=U=花鈴かりんの華麗な仲間達。騎士と画伯と楽士とモデルと女優の異世界ダンス部バンド絵画教室劇団マジ卍、昇降機エレベーターで異世界に落とされたけどバイブス上げていい波乗っちゃう件について。そんな事より今日の晩飯なんぞね?』……これは草」


 最早パーティー名じゃなくて謎文章だわ。大分難航してますねこれは。まっちー氏とゆかりん氏の自己主張が強い事と会長殿がお腹空いてる事だけは分かった。真ん中にある異世界ダンス部バンド絵画教室劇団ってなんだよ。なにするのか逆に気になるわ。何でもかんでも足せばいいってもんじゃねえな、引き算の美学を学べ定期。


「ここまでくると逆にエモくね?」

「などとギャル氏は供述しており、クララ様はどう思われますかな?」

「エモいと思うわ」


 やべえ……普段冷静にツッコミをくれるクララ様まで座礁期間長過ぎて脳死状態だ。一々パーティー名催促された時これ言わなきゃならないんだぞ? 誰も覚えられんわ。会長殿に限っては今思ってる事だけだぞ。ほら今だって使用人として付いて来てくれたマロニー殿からお菓子貰って「肉がいいぞな」とか言ってんぞ? 第八九案の時はそれが入るな多分。


「全然決まんないわ、安定の迷宮入りなんだけど?」

「だからダルちゃん案でいいでしょうと」

「ふっ、閃いたぜ。柚子町ゆずまち勘助かんすけと異世界イレブンはどうだ?」

「前半の柚子町ゆずまち勘助かんすけが邪魔過ぎる案件ッ」

「ダルちぃ新しい案なんかない〜?」

「めんどくさー」

「ソレガシさん、眷属魔法の学術書などはないかしら? 魔法の基礎はもう読み終わりましたわ。大戦の歴史のような本もあると嬉しいですわね」

「眷属魔法のことは眷属だけの秘密な部分が多くて本になってないんですよなぁ、大戦の歴史も各大陸毎に都合よく書かれたどうなってんだこりゃ本しかないですぞ」

「構いませんわ。見比べて精査すれば本筋は見えましてよ」

「二人とも勉強してないで真面目にやってー」

「ギャル氏は寧ろゆかりん氏見習え常考」


 ずみー氏から一番異世界適性低いんじゃね? と言われていたゆかりん氏が逆に一番しっかりしてる問題。やっぱ色眼鏡はよくないな。それがし以外で初めて異世界の本読み漁ってくれる人が来てくれたわ。そんなだからギャル氏はまともに眷属魔法未だに使えんのやぞっ。


 暖炉前のソファーではサイドテーブルに積まれた本を眼鏡を掛けたゆかりん氏が読み漁っており、その隣では相変わらずずみー氏がスケッチブックにペンを走らせ、クララ様がファッション雑誌を読んでいる。まっちー氏も本を見ているがグラビア雑誌(異世界にもあるんだな……)だし……それを時折見させられているグレー氏は珍しくお疲れなのか椅子に深く沈み込んでいる始末。


 会長殿は空腹を紛わす為かうたた寝してるし、りなっち氏は新しい曲でも思いついたのかずっとギターを手に楽譜を書いている。ダルちゃんはマロニー殿とお話できて楽しそうだが、はっきり言ってもう真面目にパーティー名考えてるのギャル氏だけだぞ。


「レンレンこの服エモくない?」

「いいね! スリットエグたん過ぎっ、下着もろ見えっしょこれ!」


 別に真面目でもなかったわ……。パーティー名決まらな過ぎてギャル氏も目移りしてんじゃねえか普通にッ。


 そんな談話室を見回しため息を吐けば、それを散らすかのように倶楽部ハウスに玄関のドアベルの鳴らされる音が響く。誰が来たか見に動くマロニー殿の背を目で追いながら、それがしの肌に浮かぶ冷たい汗。諸島連合ドルドロに行くにあたり、ソロ姫様と行動を共にする為、時が来たら倶楽部ハウスに来るなどと言っていたが、ソロ姫様が来れば間違いなくそれがしが扱き使われるッ。


 顔から少し血の気が引く中、来訪者がソロ姫様でない事を祈ったが、そんな心配は杞憂に終わった。戻って来たマロニー殿の後から談話室に顔を覗かせたのは白銀の頭髪。短かな髪を振る小さな人影を目に口端が緩む。


「ソレガシ!」

「久し振りですなポポロ」

「うむ!元気そうな顔を見れて安心したぞ!トート姫から明日には蒸気都市に発つと聞いてな! 慌てて来たのだが会えて良かったぞ! どうじゃ? 学院のローブ似合っておるかの?」

「ええとても」


 これ見よがしに学院のローブをひるがえすポポロに笑みを向ければ、トテトテと暖炉前に座るそれがしの横へとポポロは寄って来る。魔法都市の幼王の登場に幾人かは目を丸くするも、事前に盗賊祭りに話はしていたからか、マロニー殿がキレスタール王の名を出せば、ゆかりん氏達は小さく頷いた。


「学院にもトート姫が口聞きを?」

「いや、ヒラール王様だ! 王とはどういうものか勉強になったぞ!とは言え学院に編入する試験は受けたがの、余にかかればそのくらい余裕ぞ! 褒めろソレガシ!」

「ポポロって頭良かったんですな、お見事」


 王族貴族のコネがなければ入学は難しいらしいのに、論文認められて招かれたダルちゃん宜しく、魔法使い族マジシャンは基本頭が良いのか知らないが、難しそうな編入試験受けて通るとは、傀儡かいらい王であったのも幼さ故の純粋さか。


「ソレガシも忙しいようでゆっくり話したいのだが残念だ」

「お互い様でしょう。魔法都市も内紛は終わったそうですが」

「うむ。今は四大貴族の当主達が整備しておる。魔神の眷属としてではなく、魔法使い族マジシャンとして出直す良き機会だ。故にトート姫同様に余も新たに眷属の契約は結んでおらんし、眷属の力なくとも己が力を磨くチャンスだの!魔法都市を完全に立て直し再建したあかつきには是非ともソレガシには魔法都市の騎士称号を」

「それは要らんて」


 手のひらを掲げポポロの言葉を遮れば「えー⁉︎」と叫ばれるが、そんなホイホイ駄菓子みたいな感覚でそれがしに騎士称号を寄越すんじゃない。別にそれがし騎士称号マニアじゃないんだわ。しかし予想外と言うべきか、奪われたものを奪う気満々のトート姫が新たに眷属の契約をしていない事こそ予想通りだが、ポポロまでとは少し驚いた。


 盗賊祭りは魔法都市以上にポポロ=キレスタールの契機であったらしい。魔神の眷属至上主義が打ち壊れ何を掴んだのか気になるが、それを聞くのは野暮であろうか。


「それでは余はなにもやれぬぞ……助けて貰ったのに……」

「別に見返りが欲しくてやったわけでもないですからな。ポポロが元気でより良い夢の為に進んでいるのならそれで十分。ポポロが悪人ではないと別にもう知ってますしな」

「む、むぅ……それは……余は……むぅ……ソレガシは今はなにをしておるのだ?」


 なんとも歯切れの悪いポポロに首を傾げながらも、新たな黒騎士タランチュラの改造案を書き連ねたノートをポポロの前に差し出す。それがしにとって足りぬものを埋める為の第一歩。毎回ここがスタート地点。


「前回連戦の中で腕が全て一度捥げてどうしようもなくなりましたからな。射撃兵装や鋼鉄の拳以外の腕をもう一組増やすのと、『カッ飛ぶ浪漫ロケットパンチ』の替えの手が収納できる部分を増やそうかと、ただ形状が歪になってしまうのと重量が増えるのをどうしたものかと思いましてな」

「おぉ! これはソレガシの機械人形ゴーレムなのか! 化物かと思ったぞ!」

「言い方よ」

「い、いやだが、うむっ、頭に体に尻尾があるしの……」

「それは草。頭に体に尻尾とか…………頭に体に尻尾とかッ⁉︎」

「ど、どうしたソレガシ⁉︎」

「頭に体に尻尾かッ‼︎ でかしたポポロッ‼︎ それでいきましょうぞそれでッ‼︎」


 頭に体に尻尾かなるほどね! わちゃわちゃとポポロに頭を撫でてノートに向き直る。腕六本収納して背負うのは大きさも増えるし厳しいが、一度自立して動ける機会人形ゴーレムを武器として改造したが、今一度自立して動く事を前提に改造し直せばできることが増える!


 カメラ機能搭載の兜を頭部に、盾としての機能も持つ胴体の下に尻尾のような収納庫を付ければいい。魔法筒の腕も鋼鉄の腕もデザインし直しだな。規格は揃え同じような形にしなければ歩かせづらい。腕一組毎に『カッ飛ぶ浪漫ロケットパンチ』や射撃兵装の機能を足せばいい。


 自立稼働と背負い武器化する機能を携えた自立可変機会人形ゴーレムが新たな形。デザインの元は────。


「ずみー氏! タランチュラっぽい蜘蛛の絵とか描けますかな? その絵を元に図面に起こしますぞ! 折角蒸気都市に行くのですから、少しばかり無理してみましょうぞ!」

「任せろ同志〜! めちゃんこ怖くてかっこいいの描いちゃうぜ〜! ね! ね! この背中の円い部分にさ、あちきが絵描いてもいい? あちき達冒険者パーティーの紋章とかさ、あってもいいと思っちゃうんだよね!」

「いいじゃんそれ! 眷属の紋章でもなくあーしらの紋章ってわけね! ずみーったらサスガダファミリア! ありよりのありだって!」


 それがしもありよりのありだとは思うが、パーティー名も決まってないのに勢いのままにパーティーの紋章の方が先に決まりそうな件。紋章のデザインとか完全にずみー氏の独壇場だろうし、パーティー名より全然早くできちゃいそう。


 ずみー氏が素早くスケッチブックにリアルな蜘蛛の絵を描きクララ様やギャル氏が引いているのを他所に、壁の掛け時計をポポロは見上げると「あっ」と声を上げてパタパタと身をひるがえした。あわただしく帰る素振りを見せるポポロに「夕食は食べて行かないのですかな?」と聞くが、「寮の門限があるのだ! 会えてよかったぞ!」と言ってポポロは去って行ってしまう。まだ来てからそんなに時間が経っていないのにまるで銀色に辻風だ。


「もう少しゆっくり話したかったですけどなぁ、門限なら仕方ないですかな?」


 名残惜しくポポロの去って行った玄関に繋がる扉を見つめ呟けば、「門限まではまだ時間あるよ」とダルちゃんに言われ目をまたたく。なんて? じゃあ何ポポロ嘘吐いて早めに帰ったってこと? それがし超ショックなんだけど……。


それがしポポロに嫌われてる可能性が微レ存?」

「なぜそうなるのですか? ソレガシ卿は自信があるんだかないんだか分かりづらい方ですね。学院に来てキレスタール王にご友人ができるとお思いですか? ウトピア財団が目立ってはおりますが、魔神の眷属の力が奪われた責任が都市を治めている王族に向くのは仕方なきことです。久し振りの唯一のご友人との再会に舞い上がったはいいものの、意地悪してこられる者に対して盗賊祭りの勝者で結果として炎冠ヒートクラウンを倒したとある界隈では有名なソレガシ卿と友人であるということを盾に身を守っているご自分の無力さと浅ましさが悔しくお帰りになられただけでございますよ」

「……マロニー殿は使用人なのに口軽過ぎませんかな? お主それがしのこと嫌いでしょう?」

「嫌いではないですよ? 好きでもないですが」


 一言余計だわ。魔法都市でもダルちゃんのこと勝手に喋るわ、ポポロの事も勝手に喋るわ、猫は気紛れと言いはするが、ちょっとこの使用人自由過ぎやしませんかダルちゃん? どこの界隈で有名なのか知らないが、いじめっ子に対してそれがしの名が盾になるなら使ってくれてもいいのだが、なんとも水臭い。


 魔法都市のした事は許される事ではないかもしれないが、その責任を王であろうとまだ幼いポポロに全責任を取れというのはあまりに無慈悲。何より魔神の眷属消失したのはポポロの所為じゃないし、炎冠ヒートクラウンに勝てたのもポポロが協力してくれたからだ。


「マロニー殿、それがしの名を盾になんて言ってますが、それがしが今日までこの世界にいなかった以上、ポポロとそれがしが友人だと信じられてはいないのでは?」

「えぇ、その通りです」

「ギャル氏、アリムレ大陸で使っていたケープってありましたかな? なければ簡単でいいので作って欲しいのですがな」

「ん?それはオケだけど、どうすんの?」

「黒騎士来訪ですぞ。蒸気都市に発つ前にポポロの為に一肌脱ぐとしましょうぞ!」


 友人が虐められているなんて聞かされて黙っているそれがしではない。マロニー殿め、知ってしまったら無視はできない。何やら微笑んでいるマロニー殿に苦い顔を向ければ、目を丸くしたりなっち氏がギターの弦を弾いていた手を止めて口を開く。


「嘘やんね? ダーリンてショタコンなん?」

「お主はそれがしをどうしたいんですかなマジで?」


 りなっち氏、一度じっくりお話ししよ? りなっち氏のそれがしへの偏見がすげえんだわ。

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