5F ビーレジーナ 5

 『女王の冠ビーレジーナ』の談話室から繋がるバルコニーの手摺りに体を預け、ボコボコに殴られた体を摩る。


 ギャル氏達が世界都市の冒険者ギルドへおもむき、ゆかりん氏達の契約を終え戻って来てしばらく、袋叩きに合うとは思わなかったガチで。この心の傷を癒すには少しばかりの時間が必要だ。体の傷は治っても心の傷は……いや、体の傷さえちゃんと治ってなかったわ……。


「拗ねるのはもう満足しましてソレガシさん?」


 稲妻模様の古傷を想い舌を打っていれば、同時に開くテラス窓。天然の金髪を泳がせてバルコニーに足を伸ばして来るゆかりん氏を一瞥し、手摺りから身を起こす。


「別に拗ねてなんてないですぞ。ソロ姫様のお歌の所為だという事はもう聞きましたからな。ギャル氏達総出でボコらなくてもよくね? とか全く思っていませんぞ」

「思ってますのね」

「はい」


 ここぞとばかりにボコりやがってッ、絶対日頃の鬱憤晴らす的な意味やストレス解消の為に参列した奴いるだろッ。赤組だ間違いないッ。体育祭で負けた恨みを晴らす為に違いないッ。ブル氏が摘み上げてくれなきゃ今頃ミンチだよ。


「まぁ今まさにプリンセスソロ様にはレンレンさんとりなっちさんが説教しているので大丈夫だと思いますけれど」

「いやあの姫様絶対説教とか聞きませんぞ間違いない」

「まぁそれはそれとして、皆さんがプリンセスソロ様を気にされている間に少しソレガシさんのお時間を貰おうと思いまして」


 そう言いながら、ゆかりん氏は手摺りの前に立ちそれがしの横へと足を寄せ手摺りに肘をつくので、それがしも今一度手摺りに背を預ける。瞳を向けた先、髪の隙間からチラリと見えるゆかりん氏の首の付け根の後ろに刻まれている軍神ダガタガダの紋章。中心に矢を交差させたような紋章の数は七。初期段階の深度としては高過ぎて草である。


「ソレガシさん、レンレンさんから漠然とお話はお聞きしましたけれど、大分厳しいようですわねこの世界は」

「やはりそう思いますかな?」

「えぇかなり。第一次世界大戦前のバルカン半島の空気とはこのような感じなのかしらね。いつ弾けてもおかしくなさそうですわ」

「最初は違ったんですけどな」


 最初は訳も分からず異世界に落とされ、二度目は城塞都市の怪盗騒動に関わり、三度目はアリムレ大陸の盗賊祭り。関わった問題は別であるが、目的はどれも元の世界に無事帰る為だ。四度目もそれは同じ事。同じ事であるが、これまでと大分空気感が異なる。


 それを初めての異世界転移でもゆかりん氏は察しているのか、零す吐息の冷たさに目を細める。ゆかりん氏が見つめるのは世界都市の風景か、あるいは異世界の全貌か。それがしとは違う視点で眺めているであろう世界都市の風景をそれがしも肩越しに一度眺めすぐに顔を戻した。


わたくし様は初めてですけれど、ソレガシさんはこれまでの異世界渡航、どのようにお考えですの?」

「最初は偶然。二度目からは必然でしょうかな」

「かしらね? 最初にもなんらかの要因はあったかと思いますけれど、ソレガシさんの言う通り二度目からは必要に駆られてでしょうね。異世界に渡るタイミングがいずれも問題の手前はでき過ぎですもの」

「ですよねー」

「ただ今回は前回ともまた風向きが違うようですわね? この世界とわたくし様達の世界の繋がり、お聞きしましたけれど、それを思えばこそ、最初から全て一貫してると思いませんこと?」


 ゆかりん氏の言葉に顔を向けて首を傾げれば、世界都市の景色へと向けていた青っぽい双眸をゆかりん氏もそれがしに向けてくる。


「怪盗騒動、盗賊祭りと関わっているらしい財団とやら、ソレガシさんとレンレンさんが異世界に落とされた前に起きたという探求都市の消滅事件。それを始まりと考えれば、ある種の辻褄が合うのではなくて?」

「別天地へに新たな扉、あぁ、ラドフル=ヤンセン殿が神に邪魔されたなどと言っていましたが、それが?」

「そうですわね。異世界人がわたくし様達の世界に進出しないようにする為の布石だと考えられませんこと?」


 一理ある。ロド大陸にあったらしい探求都市が吹き飛び、ロド大陸に最初ギャル氏とそれがしが落ちた以上、何らかの関係があるのではないかと思っていた。だが、その理論には穴がある。それが分かっていると言うようにゆかりん氏も小さく頷く。


 応接室でチャロ姫達と話した通り、現状、既にそれがし達の世界に異世界『エンジン』の住人が潜伏している可能性が高い。そうなると、そもそも異世界人のそれがし太刀の世界への進出を阻むという話がおかしくなる。だからこそ、保険ではなくて?」とゆかりん氏は言葉を続けた。


「備えあれば憂いなしと。異世界からわたくし様達の世界に大胆にやって来ようとしている者がいると教える為では? ソレガシさんの眷属魔法を見せて貰いましたけれど、それ一つでも説明の付かない驚愕の術。わたくし様達の世界で知る者がいれば対策が取れると」

「来るとお思いですかな?」

「ほぼ間違いなく」


 ゆかりん氏の即答に、肌に冷や汗が浮かぶ。予想はしても、他人から言葉を聞けばまた違う。苦くなる口端を隠そうかとフェイスマスクに手を伸ばすが、フェイスマスクを掴む事なく途中で手を落とした。同じ世界から来た者同士、取り繕う必要はない。


「テストと同じですわ。事前にテスト勉強を入念にすれば問題なく、何もしなければ赤点を貰う。この世界では現状財団の動きに他の者達が完全に後手になっていますもの」

「出し抜かれると?」

「その可能性は高いかと。ですから財団とやらがわたくし様達の世界に擦り抜けて来た際に、事前にわたくし様達の世界で準備ができるわたくし様達が呼ばれているのではと」


 ゆかりん氏は考えている訳だ。かなり後ろ向きで消極的な意見であるが、困った事に否定できる材料がない。楽観的にそんな筈がない大丈夫などと言う事は簡単だが、もし本当にそうなった場合。元の世界はどのような動きをするのやら。


 もしかすると、潜伏している異世界の住人達が動いたりするのかもしれないが、目的も敵味方かも分からない者に期待する事程馬鹿な事はない。


 何故ゆかりん氏が今そんな話をするのだと思わなくもないが、多分今しか無理だ。こんな話、後に回せば回す程、本当にそうなった時には後悔が果てしなく大きく、手出し不能状態になっている可能性が高い。その危険性を理解しているからこそゆかりん氏は今話している。


 馬鹿馬鹿しいと一蹴するのは容易いが、それで切り捨てるには危険過ぎる。ある意味目を向けたくない話。


「ソレガシさん、盗賊祭りでは大分戦争紛いの事をしたとお聞きしていますけれど、そんなソレガシさんから見て似た事がもし元の世界で起きたとしてわたくし様達はどうかしら?」

「死ぬ」


 それこそ即答する。ウトピア財団を別としても、もし魔法都市の戦力だけでもそれがし達のみで真正面からぶつかった場合、それだけでも死ぬ可能性が遥かに高い。十冠とか多対一でも全滅が濃厚だ。


「現状異世界の中でさえ、個としてもパーティーとしても力量は下から数えた方が早いでしょうぞ。騎士団などと比べるには総数からして勝負にならない。それがし達は冒険者である以上役割がそもそも違いますけどな」


 正直な話、経験も知識も足りていない。これまでの事はそれがしなりに頭を回しはしたが、ビギナーズラックがいいところ。ブル氏ともブラン殿とも一対一では未だ相手にならず本気で勝負すれば瞬殺されるだろう。十冠どころか、各都市の筆頭騎士は誰もがそんな手合いだ。


 異世界でさえこの通り。これが元の世界で似たような闘争が起きたとなれば目も当てられない。


「ソレガシさん、この問題、レンレンさん達が元の世界での生活を大事にしたいという想いも分かりますけれど、もう少し真剣に考えた方が宜しいと思いましてよ。こんな世界が現実にある以上、なにが起きても不思議じゃありませんもの」

「それは思いますけどな。来る度に問題の規模が膨らんでいますからな。なぜ自分がなどと嘆く時間ももう今更。ここに来る前は力など必要ないと思っていたのですが、今はどうしようもなくそれが必要だとは皮肉なものですぞ」


 ダルちゃんを家に泊める為に口にした侍道への帰還だが、いよいよその話が現実味を帯びてくる。異世界でだけでなく、元の世界でさえ力が必要とされる時が近付いてきているかもしれない。馬鹿みたいな話だが、困った事に現実味がある。


「ソレガシさん、十冠でしたわね? わたくし様も目指しましてよ。必要であらずとも、この世に生まれたからには一番を目指すべし。必要ならば尚良しですわ。共に最強を目指しましょう。強さが必要とされるならば、強くなればできる事が増えますもの」

「ギャル氏やグレー氏だけでなくゆかりん氏まで十冠を目指すと? それはそれがしもウカウカしてられませんな。しししっ! 戦争を楽しむなど馬鹿な話ですが、ただ嘆くよりはマシですかな? それがし機械人形ゴーレムの新たな図面描くとしますかな。黒騎士タランチュラの完成には程遠い」


 差し出される問題に振り回されていては、いつまでも後手後手に回るばかりだ。異世界の真実、元の世界での不安要素。何処かで先んじなければ、何処かできっと詰む。そう詰む……すっぽかす羽目になった交流会マジどうしよう……異世界の話を汲み取る限りそれどころの話じゃないのだが、ある意味もう詰んでるんすよね……ヤバイ、思い出したら冷や汗が……。


「ゆかりん氏、一つ問題が……元の世界に戻ってからどうするかも問題ですけれど、すっぽかす羽目になっている交流会どうしたらいいと思いますかな?」

「あぁそれは……不在理由の提供は桃源グループの力を使えばどうにかなるかもしれませんけれど、問題の解決にはなりませんわね」

「ですよねー……まぁそれは後で考えるとして、兎に角今は再びソロ姫様のお歌を聞く為に頑張るとしま痛った⁉︎」


 ビンタされた頬を摩りゆかりん氏を見つめる。え? なに? それがしなんか変だった? 呆れたような困ったような顔でゆかりん氏に見つめられ目をまたたく。


「ソレガシさん? なんの為にお頑張りになると?」

「ふぁい? それはもう……ソロ姫様のお歌を再び、痛った⁉︎」

「なんの為にお頑張りになると? 元の世界に帰る為では?」

「なんで⁉︎ さっきからそう言ってますぞそれがし⁉︎」

「……自覚なしとは重症ですわね……依存度が半端ないですわ。一度監禁した方がいいかしら?」

「なんでや⁉︎ ゆかりん氏怖ッ⁉︎ ゆかりん氏の御乱心じゃぁぁぁぁッ‼︎」



 ──────バシンッ‼︎



「ブッフォ⁉︎」


 監禁宣言してくるゆかりんのから逃げようとテラス窓へと足を寄せた途端、開かれた窓がそれがしを追い払わんとぶち当たってくる。バルコニーの床に転がったそれがしを見下ろすのは窓を開け放った青髪の乙女。それがしの襟首を掴み上げると、ガクガク揺さぶってきて気分が……。


「緊急事態宣言! 緊急事態宣言発令だからソレガシ‼︎ ヤバ谷園ガチみ‼︎ いい加減あーしらのパーティー名決めなきゃ見ろしあのソロりんの馬鹿にした顔‼︎ おこだわ‼︎ ぷんぷん丸ヤバイ‼︎ ムカ着火ドメスティックバイオレンスだから‼︎」

「ドメスティックバイオレンス関係なくね⁉︎」


 バイオレンスなのはギャル氏だわ‼︎ 一時間ばかりの間にどんだけ友人達にボコられなきゃいけないんだよそれがし‼︎ ギャル氏の手を止め談話室へと顔を向ければ、ソファーの上でパタパタとソロ姫様が尾鰭を動かしている。『頭の緩い二本足とソロは失笑』だってよ……ギャル氏に伝えたらブチ転がされる……。頭を掻きながら立ち上がり、気にするなとギャル氏の肩を軽く小突いた。


「なにを言うかと思えばギャル氏、ソレガシ達のパーティー名はもう決まっているでしょうに」

「そマ? あーし全然知らないけど?」


 そんなはずはない。盗賊祭りを終えて元の世界に帰った際、一緒について来てしまったダルちゃんが確かにそれがし達の名を呼んだ。それがし達にはしっかりとダルちゃんがつけてくれた名前がある。


昇降機の不良達エレベータヤンキース


 談話室に踏み入り、伝言板のようなボードの前に歩き備え付けのペンを走らせる。書き終えた名を前にペンを置き、伝言板を手で叩き身をひるがえした。


「やだぁ! 可愛たんじゃなーいっ‼︎」


 パーティー名に可愛さ求めてんじゃねえッ‼︎ ダルちゃんに謝れッ‼︎



 

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