4F ビーレジーナ 4
「あのぉ……もっとゆっくりお願いできますかな?」
ソロ姫様が凄い睨んでくる。魚の尾でパタパタと異世界式モールス信号でお話してくれるソロ姫だが、
チャロ姫達が異世界の話を他の姫様方に話し終えた後、一瞬で覚える事などできるはずもなく、モタモタ解読してる内に飽きたのかチャロ姫達に連れられてギャル氏達全員ゆかりん氏達の冒険者登録の為に世界都市の冒険者ギルド本部に行っちまう始末。
ようやくまた一つ解読できた結果、『遅い二本足』と大変ありがたくないお言葉でした。ダルちゃんみたいにせめて魔法文字で筆談してくれと訴えたところ、『声を誇る
じゃあ喋れやッ‼︎
「
パタパタパタと尾鰭が動く。空を掻き混ぜる尾鰭の音の長と短を聞き分け、椅子に座り膝の上に広げている紙に目を這わせながらの解読。会話しているというより最早問題を解いているに近い。口元を覆うガスマスクのようなもののおかげでソロ姫の表情すら読めず、呆れているのか怒っているのかも分かりづらい。
『機械神の眷属の騎士ということは、諸島連合の騎士も同じ。文句を言わずキビキビ覚えよとソロは思う。ソロを目にできる機会は多くはない。寧ろ泣いて感謝せよとソロは告げる』
告げてねえんだわ、問題解いてんだわさっきから。
「あのですなソロ姫様、そこまで言うならもっとタメになること言ってくれませんかな? 文句を一々解読している
『ならソロは小腹が減った。もうすぐ昼だし』
「はぁ……え? それで
『食事を用意せよとソロは命じる。諸島連合の騎士ならば、ソロの命に喜んで従うべし』
「クソ姫様って呼んでもいいですかな?」
尾鰭で頭を叩かれる。やだもうこの姫様。ギャル氏以上に我儘なんですけど? 初めて異世界に落ちた時でさえまだギャル氏の方がマシだったわ。諸島連合の盟主の姫だからって
とは言えご機嫌を損ねると仕事に支障も出かねない。諸島連合の王都同盟への参加を可決しろという話なのに、他でもない海上都市の姫様がこの有様で大丈夫なの?
ため息混じりに立ち上がり、談話室を見回せば隣接する部屋に台所が見え渋々と学ランの上着を脱いでソファーの背凭れに掛け袖を捲りながら足を寄せる。魔法式の冷蔵庫のような物を開けるが、相変わらず何の食材なのかさっぱり分からん。肉と魚、野菜という事だけは分かるのだが、何の肉なのか、なんて野菜なのかはさっぱりだ。
『おい二本足?』と聞こえてくるソロ姫からのモールス信号を手で払う。
「用意しろと言ったのはお主ですぞ姫様。嫌いなものとかありませんよな? というか嫌いなものとか言われても分かりませんけどな」
『…………いや、いい。ないとソロは答える』
台所から首を伸ばせば、ソファーの背凭れの上でそっぷ向くソロ姫がひらひらと手を泳がせた。返答の前の微妙な間が気にはなったが、突っついてまた文句を言われても
調味料の瓶を眺めながら野菜の端を千切って口に運び、
使用人が姫様達に料理提供する為か無駄に設備整ってるし、蒸気式のオーブンにフードプロセッサーみたいなのもあるしやれるだろ。好き嫌いないとか言ってたし、小さな反抗で魚介類中心で作ってくれる。共食いだ共食い。断面の綺麗さに目を見開くがいいわ!
「そう言えばソロ姫様、深度二四て序列七位のブラン=サブロー殿と同じですよな? 同じ深度でも十冠の序列は被らないので?」
『……急になんだとソロは問う』
「食事ができるまでの暇潰しですぞ。ただ待つのも暇でしょう?」
えーはい、オーブンをセット予熱させておく間に、フードプロセッサーっぽい機械にサーモンっぽい魚と調味料、チーズを加えてすり身にしちゃいましょうね。できたら取って置き軽く茹でたほうれん草っぽい野菜もペースト状にしてしまいましょう。その間に茹でていた芋は擦り潰し、卵白、牛乳っぽいやつ、貝類、調味料を加えてこれまたよく
え? 手が足りない? その時は『
『……深度が同じ場合はその深度に到達した順だとソロは答える。そんなことも知らないの?』
「だって本に載ってないですしおすし。十冠内だけのルールを持ち出されましても。ついでにそろそろ仕事の話をしたいですな。諸島連合行ったことないですし」
はい、貝類のすり身ができたら二つに分け片方にはほうれん草っぽいペーストを混ぜましょう。三つの下地の固さは均等に。水っぽさが薄れてクリーム状になったら三色の下地は完成だぜやったね。容器にバターっぽい物体を塗り付け、完成図を思い描き容器に隙間なく三色のすり身を重ねます。アルミホイルっぽいもので蓋をしつつ、四〇〜五〇分ほど湯煎焼きしましょう。後はオーブンから出して冷ませば完成です。
『はぁ、諸島連合は一〇八の島々で構成された商業連合群だとソロは告げる。およそ半数が
「大戦で化けたのですな」
『そういうこととソロは頷く。とはいえ侵略の為ではなく自衛の為なのだけど。一応は島内最大の島である海上都市が王都とされているけど、戦力としては諸島連合の中でも三分の一しか占めてはいない。『
だからか。各王都から保持する騎士団の中で、諸島連合ドルドロの騎士団のみが水神の名を冠していない。アリムレ大陸で出会ったパシルガス殿も海上都市の出じゃない可能性あるどころか、海上都市とは別の思惑で動いていた可能性さえある。
ってか思ったけどパシルガス殿といいダキニ=パー=グレイシー殿といい諸島連合に属する奴らってまともに意思疎通もできないの多くね?
容器を湯煎しながらオーブンに突っ込み、片付けを終えて『
「ちなみにソロ姫様は連合会議を可決させ終える方法どうお考えで?」
『諸島連合内にも派閥がある。反対派の派閥のトップを寝返らせれば多くの票が一度に転がるはずだから、それが一番効率的かも? 二本足はどう考えるとソロは問う』
「投票日に反対派を闇討ちして票を削ればいいのでは? 無効票多数にして競り勝つはいかがですかな?」
『へー、悪くないとソロは微笑む』
マジかよ微笑まれた……。半分冗談だったのに闇討ちありなの? 怖っ。って事は他にも似た考えの奴らがいると思った方がいいな。だが、残念とばかりにソロ姫は左右に首を振った。
『無効票が三割を超えると再投票なの。それでは七割に至れない』
「投票管理委員的な相手へのアプローチは?」
『できなくはないだろうけれど、開票の際にバレるよ? 最悪それで内紛だねとソロは呆れる。武侠都市『コンゴウ』は敵に回したくない。それとも
あぁそうか……護衛の為に各都市から筆頭騎士来てるって事はよ、序列三位の武神の眷属筆頭まで来てるんだ。やばいな胃が痛くなってきた。ちょっと待って、ちょっと待ってよ? 周囲を見回してソロ姫に顔を寄せて小声で問う。
「あのぉですなぁソロ姫様? 連合会議に顔を見せるだろう十冠ってソロ姫様に武神の眷属筆頭殿の二人だけですよな?」
眉を
逆さにソファーに乗りながららも、天井に向いたソロ姫の尾鰭がパタパタ泳ぐ。笑ってるっぽいのにほとんど声出さないとかどうよこの姫様。それで? 『序列十位が投票管理委員』ね。うん。投票管理委員丸め込むの無理だわ。
「お主よくもまあできなくもないと言いましたなさっき」
『監獄都市の
「
『そう思う? 『
「……ソロ姫様って今おいくつ? 痛った⁉︎」
女性に年齢聞いた
『ちなみに『
「
『よく言うとソロは嘲笑する。蒸気都市は近年稀に見る急速発展都市。連合内でも評判悪い。金銭面では連合内トップクラスであるにも関わらず、全く貢献していない』
「あー……そういう……へー」
『なに?』
いやいや、おかげで少しばかり方針が固まった。此度の連合会議、筆頭騎士達が集まり、敵にしたらヤバそうな十冠がソロ姫以外に二人もいるのなら戦闘行為はなるべく避けた方がいい。蒸気都市が連合に貢献しておらず不満があるという事は、逆を言えば貢献すれば助かる都市が多いという事。完全に外交ゲームだな今回は。
「蒸気都市、機械神の眷属らしく技術を売りますかな? 過剰な技術漏洩が眷属ルールで死刑なのが怖いですがなぁ、寝返らせる為の手札が見えましたぞ。一先ず海上都市と盟でも結べば信用は得られますかな? 商業連合なら売るは武器より生活用品の方が波風立たなそうですし、ロドス公にアイデア投げ付ければ形にするは容易いでしょうし』
『おい、聞いているのかとソロは告げる』
「あぁ、えぇそろそろ焼き上がるみたいですな」
台所へと戻りオーブンを開けて串を刺し、生地が着かないのを確認して冷蔵庫へ突っ込む。
『できたの?』
「あと三〇分程はお待ちを」
『長い。学院の厨房からなにか取って来るのかと思えば急に作り出すし。期待が外れたのだけど? とソロは不満』
「なんでや」
食事を用意しろってそういう事? 先に言え先に! 作り出す前に言っとけそれはッ‼︎
『まぁいい。四〇分近く待ったのに食べられないのも癪だし。不味かったら死刑。三〇分暇を埋めてとソロは命じる』
「罰が重くね? ちょっと待ってくだされよクソ姫様。痛えッ⁉︎」
『ソロは音楽が好き。なにかやれ。歌ってくれてもいいけど下手なら殺す』
「お主友達いないでしょ?」
どこに催促してくる癖に下手なら殺す宣言する奴がいるよ? 綺麗な顔して暴君過ぐるッ。なにかやれとか漠然とし過ぎッ。幸いに元の世界から三味線を持って来てはいるが、持って来てなかったらどうする気だったのやら。三味線のケースを開けて取り出し、弦を弾いて音を調律する。
『見たことのない楽器。夜間都市にある伝統楽器に似ているけど上手いの?』
「友人達は褒めてくれましたぞ? ただソロ姫様が気にいるかどうかはソロ姫様次第ですな」
ソファーから身を起こし背凭れを肘置き代わりに組んだ腕を乗せ見つめてくるソロ姫からそっぽを向いて咳払いを一つ。さてさてさてと、歌は歌声を誇る
べんべんッ! と三味線の弦を弾いてしばらく、『それって漁の曲? とソロは問う』と言われ
『構わない。続けて。ソロが嫌いな音色じゃない。ただもう少し柔らかな音を好む』
「あっ、はい」
気に入ってくれたようで何よりだが、演奏始めてから鳥肌がやばいんだけど? 目を瞑って音に浸るソロ姫からの無言の威圧感によって緊張がうなぎ上り。音一つでも外したら殺られそう……。こうなると時間が来るまで拷問タイムだ。己で三〇分と言った以上は逃れられない。
ゆっくりと雨上がりの雨だれのように弦を弾き続けタイムリミットまで後三分……二分……一分……はいお終いッ‼︎ と一度強く弦を弾いて三味線を置き、逃げるように台所へ向かう。容器からパテを取り出し、少しでも見た目がいいように切り分け、オーロラソースのようなソースを味見してから盛り付けた皿に添えた。
『ねえ二本足、お前の名前は?』
「……皆ソレガシと呼びますな。チャロ姫様達から聞いているのでは?」
『聞いている。ただ名とは本人の声で聞くべきとソロは決めている。ソレガシ、もうモールス信号覚えているでしょ』
「まぁ勉強でも暗記物は苦手でもないですし、機械的に決まってることならまぁ」
人は悪口の方が覚えやすいなんて話を聞いた事あるが、ソロ姫が文句ばっかり言うから無駄に刷り込まれたのではと思わなくもない。一度脳内で文字列並べられれば翻訳魔法が翻訳してくれるし。
料理を乗せた皿をソファー前のテーブルに置けば、テーブル側へとソロ姫は身を
『……お菓子のような見た目。名前は?』
「……テリーヌ=ド=パテ異世界風」
ガスマスク外しても結局喋らねえしッ。ナイフで切り分けたパテを口元に運んだソロ姫は、小さく目を見開くとナイフとフォークを一度置き口元を拭う。お口に合わなかった?
『……帽子被った二本足は水神の眷属、オスの金髪の二本足は美神の眷属、メスの金髪の二本足は軍神の眷属、猫背の二本足は剣神の眷属』
「えぇっと……なんですかな急に?」
『知りたいって最初言ってた。ソロの見立てに間違いはない。声を聞けば本質は分かる。ソロから褒美』
「お、おぅ……」
急になに? 新手のツンデレ? だいたい本当に合ってんの?
『……食前に漁の曲を奏で出すのは魚料理。悪くないコース。それに魚介類はソロの好物。口は悪いけど雇われ冒険者だから今は目を瞑る。ただし『
「え? そんな話でしたっけ⁉︎ ってか魚介類が好物とか……共食い乙」
『優れた者には敬意を払う。それが当然。異世界の料理に異世界の音楽。喜ぶといい、ソレガシはソロが名を覚えるだけの価値がある。褒美に一つ歌ってあげる』
そう言ってソロ姫はゆっくりと口を開き、大気を波打たせる綺麗を通り越したナニカが
「
「お帰りですぞギャル氏。なにとは?」
ソロ姫様の肩を揉んでるだけですけど? だって頼まれたし、ソロ姫様からの命を拒むなど畏れ多いし。だいたいりなっち氏達がなんの眷属になったとか、水神に美神に軍神に剣神の眷属でしょ? ソロ姫様が仰ったのだから間違いなんてあるはずない。なんですかソロ姫様? お紅茶をっぽいのを淹れろ? ただちにッ。
「はっはっは! 賭けは我の勝ちだなソロ‼︎ 貴女歌ったでしょう? ソレガシ、ソロの歌声に魅了されたな貴殿? 催眠魔法とは違う故に法の適用外である違法スレスレのソロの本気の歌声を直に聞くとああなる。何があったかは知らないけど気に入ったようだなソロ?」
「チャロ様、御戯れを。ソロ姫様は大変不快であると仰っております」
「いやソロりんなんも言ってないっしょ⁉︎ ソレガシがなんか鬼キモい感じになっちゃてんだけど⁉︎」
「もうモールス信号を覚えたのか! ふくくっ、どうだトート、そっちの賭けも我の勝ちだな!」
「ちぃ、流石に無理だと思ったのだけれど、持ってけ泥棒!」
「ダーリンが寝取られてしもうてるぅ〜ッ⁉︎ いややぁ〜ッ⁉︎」
寝取られとかなに言ってんの? 穏やかじゃねえな。はい? 気にするな? 畏まりました。
「お紅茶っぽいのができましたソロ姫様。他に入り用な物はございませんか?」
「ソレガシ正気に戻れし⁉︎ チャロンなんかないの⁉︎」
「強く叩けば治るぞ」
「行くよ皆ソレガシに
「帰って来い同志〜ッ‼︎」
……おかしいな。ソロ姫の歌を聞いていたはずなのに、気付けばギャル氏達から袋叩きにされていた。何を言ってるか分からないと思うが、
……ただアレだな。ソロ姫様のお歌はもう一度お聞きしたいわ。どんなお歌だったか何故か全く記憶にないけど、頑張ればご褒美にまた歌ってくれるらしいし頑張ろ。
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