2F ビーレジーナ 2

 ギャル氏に蹴られた頭を摩りながら椅子に座り直し、今一度姫君達と向かい合う。ゆかりん氏達への細かな異世界の説明や冒険者ギルドでの契約がある為、蒸気都市への出立までの間に僅かな自由時間を勝ち取ったそれがしを誰か褒めろ。


 組み手を条件に会長殿にしばしの『待て』を納得させ、早速もう色々と面倒くさくなってきた今を吐き出すように、先にもうそれがしの方から聞きたい事を聞いてしまう。


「……取り敢えず仕事の概要は分かりましたからな。姫様方。各王都の王族である姫様方にこそ聞きたい事があるのですけれどな」

「ふむ、なんだソレガシ?」

それがし達の世界とこの世界の繋がりについて」


 そう言えば隣でギャル氏が目をまたたき、ずみー氏やクララ様が背筋を若干伸ばすので、話を聞くなら寄っておいでと手を招く。結局待合室の机を囲むように集結した面々を僅かに見回し、興味深そうに顎を摩るチャロ姫達に向き直った。


「ダルちゃんのおかげでそれがし達の世界側にあったこの世界の情報を不明瞭ながら拾えましてな。この世界の昔話に出てくるサブロー=コウガなる人物はそれがし達の世界でも著名なようで、甲賀三郎伝説として話が残っておりましてな。それ以外にもアリムレ大陸が伝説上の大陸としてそれがし達の世界では記されていたりと、どうやら大分古くから繋がりがあるようでして、それがし達の世界で最低でも五百年以上昔から」

「ソレガシきみ……本気で言ってる?」

「嘘付く必要ないですぞ。何より繋がりあるどころかもっと奇天烈な話ですけどな。それがし達の知る常識とは全くの別物。そもそもこの世界、地球と同じ星の形もしておらず平面ですし」

「ううぇ⁉︎ 亀の甲羅の背の上なのかよ同志⁉︎ 世界の果ては⁉︎」

「盆から水が溢れるかの如く海水は下に落ちてるそうですぞ」


 パタパタ手を泳がせて驚きを表現するずみー氏を筆頭に、それがし達の世界の者は一様に目を丸くし見開くが、目の前に座る姫君達は冷めたもので当たり前の顔をして座るばかり。それがし達との温度差の違いが嘘ではない証明のようなものだ。


 「マ? 海水もったいなくね?」や、「すっぽん鍋食いたいぞな」といった暴投気味の幾らか飛び交っている的外れな感想はガン無視し、話を前に押し進める。それがしも理解したわ。うちの女性陣の相手まともにしてたら話が進まねえわ。すぐ言いたい事言い出すんだもん。


「世界構造の話は一先ず傍に置いてですな、姫様達にお聞きしたいのは、それがし達の世界とこの世界、地続きの可能性が浮上しましてな。別世界に続く入り口などの話はご存知で?」

「ちょっとちょっとちょっとッ! なによそれ、地続きってっ、歩けば着くような場所にあるって言ってるのきみ⁉︎ 実はここは異世界じゃなくてご近所だって? 嘘でしょっ、いや、ないでしょそれはっ、ない」


 クララ様の言い分は最もで、それがしもそうは思いたくないが、甲賀三郎は地底に走る人穴を通りこの世界にやって来ているらしい。世界構造の違い、日数の進度差など、同じ世界にあるとしたらば説明がつかない事多数であるものの、行き来可能な道があるのはほぼ確定だ。


 友人達が各々のリアクションを取る中で、顔をしかめたまま無言でチャロ=ラビルシアは己が顎を撫で続け、同じく黙っていたトート姫だったが、一度唇を舌で舐めると可笑しそうに口を開く。


「似たような話ならボクも聞いたことあるわね。ねえチャロ? ロド大陸の幽霊騎士団の話よ。してあげたら?」

「なんで知ってるのよ貴女は……? 我が城塞都市の極秘事項の一つだぞ?」

「あら、驚きを奪っちゃった?」


 戯けるトート姫の視線を手で払うと、チャロ姫は大きなため息を一つ吐いた。トート姫が極秘事項とやらを知っているのが気に入らないのか、それともそれはブラフで情報を渡したくないからか、少しばかり沈黙をチャロ姫は挟んだが、それがし達を見回すと口端を緩めて口を開く。


「数百年前の話だ。大戦中突如として所属不明の部隊が城塞都市近辺に出現してな。見慣れぬ武器を持ち服を纏った人族のみで構成された騎士団。交戦の後生き残った数十名を捕縛し話を聞けば、ソレガシ、貴殿らと同じ異世界から来た者であると誰もが口にしたそうよ? 今でも城塞都市の交戦記録、尋問記録に残っている。曰く『我々は大英帝国陸軍のノーフォーク連隊である』とね」

「以来噂があるのよ、城塞都市には機械人形ゴーレムが使う射出兵器に似た武器で武装した、鉄飛礫つぶてを吐き出す少数精鋭の極秘特殊兵団が『鉄神騎士団トイ=オーダー』内にあるとかないとか。ねえ?」


 ねえ? じゃないわ。チャロ姫の話はまだしも後半のトート姫の話完全に蛇足だよね? 知らない方がよさそうな話だよね?トート姫ったら極秘事項掘り起こして、いざという時はそれがし達道連れにしようとしてない? お茶目じゃ済まされんぞ? 大英帝国の名前出てきた驚き盗まれて草。


「似たような話ならどの大陸にもあるわよ。ソレガシ、貴方の言う通り直結している出入り口がひょっとするとあるのかも知れないけれど、それを保有している都市があったとして、間違いなく極秘も極秘でしょうね。ボクでさえ御伽噺としてしかそんな話は聞いていないわ」


 トート姫はそう言うが、あるのかもどころか、まず間違いなく直結している出入り口は存在すると見ていい。元の世界に戻っても、眷属として神との繋がりが切れていないのがその証拠。もしもそうだとするのなら……。


「面白くなってきたわねソレガシ?」


 親指の爪を噛み頭を回す先でチャロ姫が微笑を浮かべる。好奇心のままに答えへ掘り進む。面白くはあるが怖くもある。


 秘密の抜け穴のようなものを古くから保有している都市があるなら、某達の世界に何らかの神の眷属や異種族が潜んでいてもおかしくない。どの程度の量で? どの程度の人数が? したらは何故目立たず潜伏できる?


 古来より書物などに記される錬金術師、陰陽師、シャーマン、UMAなどetc────それらの正体がもし想像の通りなら、現代で表立っていない事が不思議であるし、既にそれがし達の世界の国々と裏で通じていたりするのか、陰謀論を夢想してしまうが、グレー氏ではないがそれこそぞっとするというやつだ。

 

「チャロ姫様、ダルちゃんとも話したのですがこの話は」

「大衆へは秘匿した方がいいだろうな。それこそ下手に吹聴すればなにが湧き出て来るかも分からないわ。ただ、雇うにあたり条件を足そうか。その話、『王女の冠ビーレジーナ』の中では共有させて貰う」


 細められたチャロ姫の目尻を見据え、それがしが口元から親指の爪を離すのと同時、チャロ姫の隣でこれ見よがしにトート姫が口笛を吹く。


「大きな釣り針にする気ですかな? 餌はそれがし達で? 八大王都のどこかが裏切っているとでも?」

「そマ? ドチャクソヤバたん過ぎんじゃないのそれ?」

「可能性の話よサレン。生憎とボクはアリムレ大陸で世界を渡る抜け穴の話は聞いた事がないけれど、もし保有しているなら各王都が第一候補、心当たりある奴らは動くかもね? いいえ、動くならひょっとすると」

それがし達の世界で?」


 背中に冷たい汗が伝う。もし本当に王都が保有しているのなら、いや、異世界『エンジン』でのコウガ=サブローの伝承を聞く限り、それこそ夜間都市あたりが保有しているか知っている可能性は相当に高い。それがし達の世界で何やら暗躍しそれがし達の存在が不都合であるのなら、それこそ……。


「おい兄弟ブラザー、その話、それ以上踏み込まない方が良くないか? なんて言うかよ、違う意味でぞっとすると言うかさ、見ろ俺の手を、武者震いとは違う震えが……」

「あられくんに賛成。それこそパンドラの箱ってやつじゃないの? 異世界でのはちゃめちゃが元の世界でも起こるなんて言われたら流石に……でしょ?」

「ふふふっ、だがその可能性は低くはないぞ? アラレ、クララ、貴殿達も薄々察してはいるだろう?」


 チャロ姫の含み笑いにグレー氏もクララ様も口を引き結ぶ。笑うタイミングよ。絶対笑う必要なかったろ今の……。


「ウトピア財団の登場で、母体となっただろう探求都市ウトピアが別天地への新たな扉とやらを開ける実験の過程で吹き飛んだのは周知の事実だ。別天地が貴殿達の世界の事を指すのなら、侵略戦争と言っても過言ではないかも知れないわね?」

「ただ問題はウトピア財団といずれかの王都が裏で手を組んでいるかいないかが問題ということですよな?」


 それがしの問いに並んだ微笑みが答えを示す。元々別世界への抜け道を保有している都市からすれば、手を組む理由などないように思えるが、それを知り、保有していない王都がそれを欲しても不思議ではない。


 ただそれらの仮定を加味した場合気になるのは、それがし達の世界に潜んでいるかもしれない異世界の住人の思惑と動向であるが、現状それを知る手立ては存在しない。どこか重苦しく冷めた空気が蔓延する待合室の中で、その空気を踏み払うようにチャロ姫とトート姫はおもむろに立ち上がった。


「話すことに終わりはないけれど、予想を煮詰めてもなにも進まん。一手進めるとしようじゃない? 場所を移すぞ。これ以上は色々と危うい。まずは一人、敵か味方か貴殿達に依頼の中で判断を委ねるとしよう」

「と言いますと?」

「貴殿達が参加するのは諸島連合の会議だぞ? 『王女の冠ビーレジーナ』の談話室に案内しよう。我ら各王都の王族や騎士団は諸島連合の領内に踏み入れずとも、アレは別だ。海上都市ニアグラツの王族、バン王家のソロ=バンが此度の案内人だ」


 ん……え? なに? 算盤ソロバンがなんだって?

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